白い玉璧
すみません玉璧の漢字を間違えていました。修正しています。
歓談スペースで茶を啜る脩璃の視界に、一際けばけばしい一団が飛び込んできた。
先頭を歩くのは、見るも鮮やかな意匠を凝らした衣装を纏う青年。その後ろを、いかにも「お付き」といった風情の苦労人そうな男が従っている。
青年は自由奔放な振る舞いを見せつつも、その一挙手一投足には隠しきれない気品が漂っていた。
(……商人には見えないな。どこかの貴族か、あるいは)
脩璃が観察を続けていると、青年が不意にこちらを向いた。
(あっ、目が合った……)
脩璃は慌てて視線を茶器へ落としたが、時すでに遅し。青年は扇子をパタパタと鳴らしながら近づくと、隣の椅子にストンと腰を下ろした。
「ねえ君、さっき僕を見ていたよね?」
「あ……はい。素敵な衣装だと思いまして」
「ほう! 君はなかなか見る目があるねえ。あそこにいる示現などは小言ばかりで、私の感性を一向に理解しようとしないのだよ。まったく、君を弟子にしたいぐらいだね!」
「光栄です……」
「で、君は何者だい?」
「……ここの店主が姉でして。商売の修行をしろと言われているんです」
斉賢と名乗った青年は、扇子で口元を隠し、細めた瞳でじっと脩璃を見つめた。
「私は崑国から来た商人でね。噂の瑠璃を買い占めに来たのだよ。……お金なら心配いらない」
示現が差し出した大箱には、目も眩むような黄金が詰まっていた。東夷との交易で財を成したという。
斉賢は身振り手振りを交え、異国の風習や荒波を越える過酷さを喜々として語り始めた。脩璃はその型破りな語り口に、不思議と好感を抱き始めていた。
「坊ちゃん、支払いが済みました。……随分とお話が弾んでいるようで」
近づいてきた番頭・示現に対し、斉賢は胸を張った。
「示現、この修君はお前よりよっぽど商売の才能があるぞ! しかも私の衣装を褒めてくれた!」
「坊ちゃん……その衣装のどこが素晴らしいと? 目がチカチカします。修君、どうか悪い影響を受けないでくださいね」
そんな軽妙なやり取りの後、示現が探るような視線を脩璃に向けた。
「ところで修君。鵬国はここ数年で劇的な発展を遂げたと聞くが……一体何があったのですかな?」
脩璃は「姉から聞いた話」として、新王の親政と産業の興隆を説明した。示現は感銘を受けたように額に汗を浮かべて聞き入っていたが、斉賢だけは余裕の表情で問いを投げた。
「王によって政がコロコロ変わる。……それは、本当に良いことなのかな?」
示現が「なんて不敬な!」と慌てふためく中、斉賢の視線が鋭さを増す。
「君はどう思う? 修君」
「……確かに、王にすべてを委ねる形は不安定かもしれません。例えば、民が自ら政を行うという形もあるでしょう」
「なに!? 詳しく聞かせたまえ!」
斉賢の食いつきに、脩璃は前世の歴史――フランス革命をモデルにした民主主義への移行を、一つの「寓話」として語った。
「君は舟なり、庶人は水なり。水すなわち舟を載せ、水すなわち舟を覆す……か」
斉賢は目を閉じ、数秒の沈黙ののち、晴れやかな顔で立ち上がった。
「修君、君の話は実に面白い。こんなに心を揺さぶられたのは初めてだよ。礼をさせてくれ」
斉賢は懐から掌サイズの白い玉璧を取り出し、強引に脩璃の手に握らせた。
「高価すぎて受け取れません!」
「気にするな。ここにある瑠璃は、元はすべて君の物だろう? それに比べれば石ころのようなものさ。では、また会おう!」
颯爽と去りゆく一団を見送りながら、脩璃は呆然と立ち尽くした。
店を出た示現が、低い声で斉賢に尋ねる。
「あの玉璧を渡してもよろしかったので? あれは崑国の……」
「構わんよ。それより示現、あの少年……いや、『鵬国王』は格別だったな」
示現が足を止める。「若、まさか気づいて……?」
「ああ。王権そのものを否定する考え。あれは王族の端くれが持つ発想ではない。私と同じ、狂った魂の持ち主だよ」
斉賢は不敵な笑みを浮かべ、太原の大通りを闊歩した。
「面白い。あのバカ親父と戦えば、どちらが勝つか見ものだ……」




