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第五皇子はどこへいく!  作者: 太白
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梅花の想い

 時は、秀史しゅうしが鵬国への使者に決定された直後まで遡る。

 麟国りんこくの後宮、皇后・桃氏とうしの部屋に、鶯妃おうひの宣言が響いた。

「というわけで、母として私も鵬国に参りますわ!」

「気持ちは分かるけれど……陛下がなんとおっしゃるか」

「分かりましたわ皇后様! 陛下がお許しになれば行ってもよいのですね!」

 言うが早いか、鶯妃は衣の裾を翻して走り去った。その後、彼女が半ば強引に秀邦しゅうほうの承諾を取り付けたのは言うまでもない。


 麟国の宮中が使節団の準備で活気づく中、侍女の梅花ばいかはどこか上の空だった。

「梅花、この衣装はどうかしら? あの二人より目立ちすぎるかしらね」

 悩む鶯妃の問いかけに、梅花は「そうでございますわね……」と心ここにあらずな返事。いよいよ痺れを切らした鶯妃が目の前でパン!と手を鳴らした。

「ハッ! ……申し訳ございません、鶯妃様」

「ここ数日、様子が変ですよ。……急にどうしたの?」

 梅花は意を決したように俯き、声を絞り出した。

「あの……鶯妃様! どうか私も、鵬国へ連れて行ってはいただけないでしょうか」

「理由を聞かせて頂戴。脩璃しゅりに会いたいだけ?」

「いえ、その……」

 言葉を濁す梅花。だが、鶯妃の鋭い女の勘を誤魔化すことはできなかった。

「ねえ、梅花……ひょっとして、あの方?」

 梅花の顔が、見る間に耳まで真っ赤に染まる。それを見た鶯妃は、優しく彼女を抱き寄せた。

「幸せになってほしいのよ。ようやく心を寄せる人ができたのだから、私が味方になってあげるわ」

 梅花は涙をこらえ、その懐で正直な想いを打ち明けたのである。


 ◇


 婚礼の儀が滞りなく終わり、使節たちが宿舎へと引き上げた夜。明玉めいぎょくの部屋では、梅花が甲斐甲斐しく衣装の片付けをしていた。

「梅花さん、本当に助かったわ。あなたの手際の良さは、うちの侍女たちも見習わなくてはね」

「恐れ多いことです、明玉様」

 落ち着いた様子の梅花に、明玉はそっと問いかけた。

「……本当は、このままここに残りたいのでしょう?」

 梅花の手が止まった。勢いよく向き直り、「よろしければ、私を置いてくださいませ!」と迫る梅花に、明玉は苦笑した。

「麟国で何かあったの?」

「……いえ。ただ、自分の手に負えないことが起きた時、不思議とあの方のことが頭に浮かんだのです」


 それはかつて、脩璃が独断で行方不明になった時のこと。独りで何でもこなしてきた梅花が、初めて他人に頼らざるを得なかった時、真っ先に駆け込んだのが華鳳かほうの元だった。

「無事に帰ってきた脩璃様よりも先に……その後ろで手綱を握る華鳳様の姿を見てしまったのです」

 俯く梅花に、明玉はウィンクをして言った。

「なら、今すぐ行ってきなさい。夜食を届けるという体裁でね!」


 ◇


 城門付近では、篝火かがりびを掲げた兵たちが夜警にあたっていた。

「将軍、異常ありません!」

「よし、通常警備に移行せよ」

 馬上から指示を出す華鳳に、一人の侍女が近づいた。

「おや、梅花の嬢ちゃんか。こんな夜更けにどうした」

「あ、あの……夜食をお持ちしました」

「おっ、助かる! 腹が減ってたんだ」

 下馬した華鳳は、手渡された包みを頬張った。「うめえ! さすが万福だな」

「……私が作りました」

「えっ、あ、ああ! そうか、いやあ旨いぜ!」


 照れ隠しのように、華鳳は懐から古びた絹の小袋を取り出した。かつて謹慎中の脩璃の世話をした際、梅花が贈った守り袋だ。

「この小袋、まだ大事にしてるぜ」

「……まだ、お持ちだったのですか?」

「当然だろ。……ん、なんだ、俺の顔に何かついてるか?」

 梅花の指が、華鳳の頬に伸びた。そっと食べかすを取りながら、彼女は震える声で尋ねた。

「華鳳様……私はこの鵬国にいても、構いませんでしょうか。……あなた様は、困りませんか?」

「俺? 別に困らんぞ。坊や鶯妃様がいいって言えば、好きにすりゃあいい」

 百戦錬磨の直感も、恋心という領域においては完全に「圏外」らしい。

「そうか。もう遅い、早く休めよ! 飯、ご馳走さん!」

 颯爽と夜の闇へ消えていく背中を見送りながら、梅花の指先には、まだ彼の頬の熱が残っていた。


 ◇


 数日後、秀史と鶯妃の帰国の日。

 馬車の中から梅花を見つめていた鶯妃は、小さく頷いた。梅花もまた、贈られた玉のかんざしを握りしめて頷き返す。

 馬車が城門を出る直前、鶯妃が華鳳を手招きした。

「華鳳。……梅花を泣かせたら、承知しないわよ!」

 窓をピシャリと閉め、走り去る馬車。残された華鳳は、頭を掻きながらキョトンと立ち尽くすばかりであった。


 その夜、銀盤宮の屋根裏では、破玉はぎょくの忍たちが密談を交わしていた。

「……あの二人、見てて焦れったいぜ」

「華鳳殿、察しが悪すぎだろ」

「これ、脩璃様に報告すべきか?」

「一大事といえば、一大事だよなぁ……」

 彼らにとっても、主君の婚礼以上に悩ましい「戦い」が始まろうとしていた。

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