婚儀と宣伝
「母上まで来られるとは思いませんでした」
「だって、かわいいうちの子の婚儀ですもの。陛下に無理を言って付いてきたわよ!」
胸を張る鶯妃の傍らで、梅花がフフと微笑む。その背後から、黄花が歩み出て脩璃の前に平伏した。
「この度のご婚儀、心よりお慶び申し上げます、鵬国王様」
「き、君はあの時の……黄花かい?」
「左様でございますとも。……旦那様が王になられたと伺った時は腰を抜かしましたが、商人としてはこれ以上ない好機。早速、お祝いの品を持参いたしました」
黄花の合図で運び込まれたのは、綿花の種、絹布、そして――漆黒の光沢を放つ不気味な石だった。
「……石炭! これを、どこで?」
「鵬国の冠山の麓で見つけました。燃やせば木炭より遥かに火力が強いと聞き、いつか脩璃様にお渡ししたいと」
脩璃は歓喜した。瑠璃製造に不可欠な木炭の枯渇に悩んでいた矢先、エネルギー革命の鍵が手に入ったのだ。
脩璃はお返しにと、新産業の「瑠璃、木綿、墨、筆」を披露した。黄花はうっすらと汗を流し、瑠璃の切子を食い入るように見つめた。
「……これを、私に扱わせていただけますか!」
「さすがは商人だね。いいだろう。だが、条件がある」
脩璃はあえて「悪い顔」をして見せた。
「一つ、鵬国内に店を構え、民を雇用すること。二つ、こちらの依頼品を優先すること。三つ、売上の五割を税として納めること」
「五割! それはあまりに……三割が妥当では?」
「これは六国どこにもない独占商品だ。五割払っても、君には莫大な利益が残るはずだよ?」
しばし沈黙した黄花は、不敵に微笑んだ。
「承知いたしました。……その代わり、この瑠璃の扱いは私だけにする『独占権』をいただけますね?」
(ほぅ、流通量を操って高値を維持するつもりか。やるな)
脩璃はニヤリと笑い、その手を取った。こうして鵬国の経済を支える巨大な販路が確立されたのである。
◇
崑、瑯、鍾、桂の各国使節が揃い、ついに婚儀の幕が上がった。
伝説に則り、黒の衣装を纏った脩璃と、赤い衣装の明玉が並び立つ。
祭壇の前で盃を交換し、互いの上衣を敷物にして座る。古式ゆかしい儀式を経て、二人は正式に夫婦となった。
続く披露宴。万福が腕を振るった鵬国の幸あふれる料理が並び、各国の使節を圧倒した。そして何より彼らの目を引いたのは、卓上に輝く「瑠璃の盃」だった。
「この盃は、皆様への返礼品としてお持ち帰りください」
奉師の言葉に、会場から驚嘆の嵐が起きる。使節たちは初めて見る宝石のような硝子細工を手に取り、夢中で眺めた。
「これは木綿という新素材です。絹より丈夫で肌触りが良いのですよ」
明玉が自らの衣を差し出し、その質感をアピールする。使節たちはその「技術力」と「財力」に、鵬国の復活を確信した。
さらに、陽明による書道パフォーマンスが追い打ちをかける。
『在天願作比翼鳥 在地願為連理枝』
麟国から届いた「紙」の上を、鵬国の「墨」と「筆」が滑らかに躍る。その鮮やかな筆致と文房具の質に、使節たちは酔いも忘れて見入った。
◇
宴が終わり、使節たちが宿所へ向かう夜道。
鍾国の使者は、ふと城門の外で警備の指揮を執る一人の青年に目を止めた。
月夜に照らされたその端正な横顔。
(ま、まさか……あのお方は……!)
脳裏に浮かんだのは、かつて祖国を揺るがし、歴史の闇に消えたはずの貴人の姿。
使者は青年に気づかれぬよう、慌てて馬車の窓を閉めた。震える手で膝を叩き、急ぎ太原を後にする。
幸福な婚儀の裏で、新たな歴史の波乱が静かに胎動し始めていた。




