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第五皇子はどこへいく!  作者: 太白
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新産業の進捗(しんちょく)

 それから、時間は足早に過ぎていった。

 屯田兵たちはまず、軍人としての基礎訓練を叩き込まれた。そこで「規律」の重要性を知らしめたのは、やはり大司馬・紫苑しおんだった。


 ある日、ただの老人に扮して視察に訪れた紫苑に対し、一人の元貴族の若者が「ボケた爺さんの来るところじゃねえよ」と軽口を叩いた。刹那、紫苑の眼光が鋭く光り、若者の襟首を掴み上げた。

「小僧、誰に向かって口を利いておるか分かっておらぬようじゃの……」

 四十年間、北狄ほくてきの猛攻を退けてきた歴戦の勇士が放つ殺気。若者は腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。紫苑は容赦なく、軍律に従い自ら棒を振るって「打擲ちょうちゃく二十発」を執行した。

 若者が一週間も尻の痛みで立てなくなったこの一件は、屯田兵全員に「規律こそが生命線である」という教訓を骨の髄まで刻み込ませた。


 やがて農作業が始まると、当初懸念された不満は出なかった。厳しい訓練に比べれば、土を耕す方がまだ楽だったからだ。

 脱落者も出たが、脩璃しゅりは彼らに「三年の免税と農地」を与えて定住を促し、貴重な農民として確保した。こうして屯田兵は三千人強まで絞り込まれたが、その精鋭たちは水路を築き、橋を架け、着々と「工兵」としての地力を蓄えていった。


 ◇


 他方、李志りしが指揮する硝子ガラス製作も佳境を迎えていた。

 玄河げんがの砂から珪砂けいさを選別し、大量の木炭を注ぎ込む。しかし、単に燃やすだけでは砂は溶けない。脩璃のアドバイスで「ふいご」による送風機構を取り入れたことで、ようやく炉の温度は千度を超え、珪砂は真っ赤な液体へと姿を変えた。


 職人が鉄の棒で溶けた硝子を巻き取り、息を吹き入れる。風船のように膨らみ、形を成していく。数千に及ぶ実験と失敗を繰り返し、ついに一応の製品が出来上がった。

 朝議で披露されたその緑色の透明な輝きに、重臣たちは目を奪われた。だが、脩璃だけは満足していなかった。

「気泡が多すぎる。それに、これではただの緑の硝子だ。李志、鉄や銅を混ぜて色を変え、さらには『切子きりこ』を試してほしい」

 表面に彫りを入れて光を屈折させる切子の技法。李志はその高い要求に圧倒されながらも、王の描く理想の美を求めて再び作業所へと駆け戻った。


 ◇


 季節が巡り、収穫の時期が訪れた。

 屯田兵による徹底した水利管理により、米や麦の収穫量は二割も増加した。そして畑を埋め尽くしたのは、溢れんばかりの白い綿わた――綿花である。

 李志はこれを糸に紡ぎ、農閑期の副業として農民たちに機織りをさせた。一方、寒冷な北部では「亜麻あま」が育てられ、その実から採れる油を原料とした「墨」の生産が始まった。


 うるしを使う従来の墨と違い、脩璃の考案した固形墨は紙の上で驚くほど滑らかに伸び、保存性にも優れていた。筆の生産も軌道に乗り、ここに鵬国の特産となる「文房具」の生産体制が確立されたのである。


 ◇


 そして、脩璃が鵬国に来て二年目の正月。

 十二歳となった脩璃と、十五歳になった明玉めいぎょくが玉座に並び、年賀の朝議が始まった。

 祝辞が一通り終わった頃、列から進み出たのは撫育祭酒ぶいくさいしゅ・李志だった。

「王様。拝命しておりました新産業の品々、本日ここに揃い踏みいたしました!」


 扉が開かれ、並べられたのは木綿の白布、香り高き墨、そして――前回とは似ても似つかぬ輝きを放つ硝子製品だった。

 そこには、精緻な彫り込みによって万華鏡のように光を乱反射させる「切子」の器があった。気泡一つない透明な硝子に、赤や青の色彩が重なり、息を呑むような美しさを放っている。


 その輝きに、並み居る重臣たちは言葉を失った。脩璃は玉座から降り、その冷たくも温かい美しさを手に取り、満足げに微笑んだ。

「……見事です、李志。これで、鵬国の新しい力が目覚めました」


 鵬国が「貧しい辺境の国」から「美と技術の国」へと変貌を遂げる。その確かな手応えが、少年のてのひらの中にあった。

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