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第五皇子はどこへいく!  作者: 太白
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矍鑠(かくしゃく)たる老人

 騒然とする室内で紫苑がコホンと一つ咳払いをすると、ざわつく諸将は一転して静まり返った。

「ふむ。お主はそこに居合わせたのじゃろ? お主の口から状況を話せ」

 促された相俊そうしゅんは、薛城せつじょうでの戦いを話し始めた。派兵の速さ、徹底した情報収集、敵の心理を突く兵の運用。節目節目で諸将が唸り声を上げ、紫苑もまた身を乗り出して聞き入っていた。


 一通りの説明が終わると、紫苑は再び手紙に目を落とした。

「なるほどのぉ。じゃが……それは事実かのう?」

「え? 俺が嘘を言っていると?」

「あるいは、明鵠めいこくが仕組んだ計略かもしれぬ。国璽こくじとて、その小僮わっぱが既に抱き込まれておれば本物が出てきて当然じゃ」

 紫苑の冷徹な指摘に、場に緊張が走る。相俊は返答に窮した。


「人を騙すときはもっともらしいことを言うもんじゃ。この手紙も、国璽も、お主を信じるには足りんわ!」

 紫苑が手紙を振り、相俊を横目で睨みつけたその時だった。

「急報――! 太原より急報にございます!」

 兵士が飛び込み、紫苑に一通の筒を差し出した。厳重な封を解き、中の布に目を走らせる紫苑。読み終えた彼は、ふぅ、と長い吐息をついた。

「……本当か。本当に、明鵠めが死によった……」

 

 椅子に深く座り込む紫苑に、相俊は安堵して言い返した。

「これでようやく、俺を信じてもらえますか?」

「……まあ、そうなるな。小僧、名は?」

「相俊と申します」

「相俊か。危うく牢に放り込まれるところじゃったな、ハッハッハ!」

 紫苑が豪快に笑うと、諸将もつられて笑い出した。


「しかし、その脩璃とかいう小僮、只者ただものではないな。お主にはどう見えた?」

 鋭い眼光を向ける紫苑に、相俊は素直に語った。陽動に乗らない冷静さ、貴族らの疑心を煽って自滅させた智謀、そして稜厳りょうげんへの厳しい処置。紫苑はじっと聞き入り、最後に呟いた。

「……会わねばならんな」

「?」

「察しの悪い奴じゃ。おうを餌に、儂を太原へ呼びつけておるのよ。なかなかやりおるわい」


 ◇


 二週間後。銀盤宮ぎんばんきゅうの廊下を歩く老人の前に、奉師ほうしが立っていた。

「これはこれは、大司馬の岳紫苑がくしおん様ぁ~。ようやくお会いできましたぁ~」

「相変わらず気持ち悪いしゃべり方よの、小僧。まあ、明鵠を処断するまでよく耐えたな」

 紫苑の言葉に奉師はわざとらしく涙を拭うフリをしたが、紫苑はそれを一蹴し、王の元へ急がせた。


 部屋には陽明ようめい華鳳かほう、稜厳、李志りしが揃っていた。紫苑は形式的な挨拶を済ませると、脩璃は労いの言葉をかけた。

「大司馬。今回呼んだのは、明鵠の乱が収まり、あなたが北に逃れる必要もなくなったからです。……それと、稜厳の処遇について」

「新設の兵団『屯田兵とんでんへい』に彼を据える、という話ですな?」


 陽明が説明を加えようと一歩前に出たが、紫苑がそれを手で遮った。

「小僧! 儂は王と話しておる。しゃしゃり出るな!」

 その気迫に、あの陽明が「えっ」と気圧けおされた顔をする。脩璃は「陽明でもあんな顔をするんだ」と少し面白くなった。


「大司馬、まあ落ち着いて。僕から説明します。屯田兵とは、平時は耕作し、有事には兵となる者たちです。没落した貴族の兵たちの再就職先であり、玄李志げんりしに命じた新産業の労働力でもあります」

「予算はいかがなさる?」

「そこはご心配なくぅ~」と奉師が割り込む。「明鵠たちが溜め込んだ隠し財産が、山ほどありましてぇ……」

 父の李志はまた頭を抱えたが、紫苑は食い下がる。

「そんなものは一時凌ぎに過ぎんじゃろうが」

「ええ、ですから四年のうちに新産業を軌道に乗せるのです。……ね、李志殿」

 促された李志は、自らの官服を紫苑に見せた。

「大司馬様、この木綿もめんという布をご覧ください。必ずや世を変えるものになります」

 李志の顔を見た紫苑は、明らかに驚いた表情を見せた。

「お、お主。玄李志か? お主までここにおるのか……。ふん、ならば儂も、この小僮を試してみるかの!」


 王を「小僮」呼ばわりする不敬に、周囲は凍りついた。だが、脩璃一人だけがクスクスと笑っていた。

(この頑固で素直じゃない感じ……日本にいた頃の『じいちゃん』にそっくりだ)

 懐かしい思い出が込み上げ、脩璃は屈託のない笑顔で言った。

「じゃあ、よろしくお願いしますね、じぃじ」


「………………は?」

 紫苑は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、他の面々も「うわっ、言っちゃった!」と戦慄した。しかし、脩璃は気にせず、屯田兵に関する詳細な書類を「じぃじ」に手渡した。


 ◇


 退出した奉師と紫苑が廊下を歩く。紫苑はふと立ち止まり、中庭を眺めた。

「……この先が、楽しみじゃのぅ、奉師よ」

 そうポツリと漏らした直後。奉師は、紫苑がほとんど聞き取れない声で「じぃじ……か……」と呟き、耳まで真っ赤にしているのを見てしまった。

ようやく50話。ゆっくり書いていくつもりでしたが、なんだかんだで毎日更新できておりますのも御覧くださっている皆さまのおかげです。

 貴重な時間を割いていただきましてありがとうございます。

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