ご褒美は特別
翌日。脩璃は母・鶯妃を通じて、甘味が完成した旨を伝えた。
皇后へ直接使いを出すのは越権行為にあたる。前世で部長を飛び越えて役員に直談判すれば、その後の仕事が立ち行かなくなるのと同じだ。そんな「組織の筋書き」も、中身が社会人の脩璃には当然の作法として理解できていた。
驚いたことに、翌日には謁見の知らせが届いた。
「これは皇后様の本気がうかがえますね、脩璃様」
「期待値が高すぎて胃が痛いよ……。もし口に合わなかったら、不敬罪で島流しかな?」
「フフ、まさか。でも、あのカステラとシュークリームを一口食べれば、そんな心配も消し飛びますわ」
天井を仰ぎ、恍惚とした表情で味を思い出す梅花。
「……皇后様より先に食べたこと、バラしちゃおうかな」
「ひえっ! そればかりはご勘弁を!」
そんな軽口を叩きながらも、当日の脩璃はこれまでにない緊張感とともに、皇后の部屋の扉をくぐった。
入室して頭を上げると、そこには豪華絢爛な光景が広がっていた。
実母の鶯妃、皇后・桃氏に加え、もう一人の美姫――第三夫人の翠夫人がいたのだ。当代随一の舞手と謳われる彼女の瞳は笑っているようでいて、その奥には脩璃を試すような鋭い光が宿っている。
(……なるほど。これは単なるお茶会じゃない。「最終役員面接」だな)
「いらっしゃい、脩璃君。翠夫人も、あなたの神童ぶりに興味があって同席したのよ」
「光栄に存じます。……皆様の口に合うか分かりませんが、どうぞご賞味ください」
脩璃の合図で、梅花たちが手際よく皿を並べる。
黄金色の「カステラ」と、雪のような粉糖をまとった「シュークリーム」。
まずは皇后がカステラを小さく切り、口へ運ぶ。咀嚼する間の沈黙。そのわずか数秒が、脩璃には数時間にも感じられた。
「……鶯妃、翠夫人。あなたたちも食べてみて」
促された二人が口にした瞬間、空気が一変した。
「まぁ! なんて優しい口溶け……。噛むほどに卵の滋味が広がりますわ!」
「この丸い方はどうかしら。――っ!? 中からとろりと甘い蜜が……! こんなの、初めてですわ!」
三者三様の、しかし共通した「驚愕」と「恍惚」。
勝った。脩璃は心の中で小さくガッツポーズを作った。
「大変素晴らしい出来でした。脩璃君、あなたに頼んで正解だったわ」
皇后の満足げな笑みに、ようやく部屋全体の緊張が解ける。
「さて、約束通りご褒美をあげなくてはね。何が望みかしら? 宝飾品? それとも新しい屋敷?」
脩璃は居住まいを正し、まっすぐに皇后を見つめた。
「……竹簡が保管されている『四書房』への、自由な出入りをお許しいただきたいのです」
(宝石はいつか奪われるが、得た知識は誰にも奪えない。情報の格差こそが、商談……いや、この世界を制する鍵になる)
「……知識を、得たいのです。この国の成り立ち、そして先人の知恵を。それこそが私にとって、何よりの宝となります」
「……ふふ、やはり面白い子ね。陛下にお取次ぎしましょう。約束するわ」
こうして脩璃は、皇后牌を返却し、満足感とともに部屋を後にした。
◇
脩璃が去った後、三人の夫人は声を潜めて笑い合った。
「皇后牌を私物化せず、見事に役所を動かし、最後には物欲ではなく知識を求めた……。鶯妃、あなたの息子さんは合格よ」
「ええ。単なる遊び人ではないか、その資質を試させていただきましたが……想像以上でしたわ」
数日後。脩璃の手元には、皇帝の御璽が鮮やかに押された一巻の勅書が届けられた。
それは、少年の姿をした元・課長が、この世界の「情報の中枢」へ一歩踏み込むための通行証であった。




