明鵠の最後
残酷な描写があります。
戦闘は四時間ほどで終了した。夕日に染まったのか、あるいは流された血のせいか、戦場は赤く不気味な屍の山と化していた。
この時、脩璃の心身には異変が起きていた。凄惨な光景を前に、激しい吐き気に襲われたのだ。平和な日本で育った宇都宮隆にとって、これほど大量の死体、それも自分の指図によって生み出された「死」を受け止めるのは、あまりにも酷な現実だった。
脩璃は兵士たちの前で気を失うのをかろうじて堪えると、本陣へと引きこもり、それから六日間、泥のような眠りと自己嫌悪の中に沈んだ。
主が不在の間、軍を統括したのは陽明と華鳳だった。二人は、優しすぎる脩璃であれば決して選ばないであろう、冷徹な策を実行に移した。
陽明は戦場に放置された数多の屍を、薛城から見える位置に集めさせた。そして、それを五十箇所に分けて焼き始めたのだ。
六国において、死者は土葬されるのが一般的である。遺体を焼くという行為は「魂まで消滅させる」という強烈な脅威となり、城内の反乱軍に「王に背く者は存在そのものを消される」という恐怖を植え付けた。
さらに、三日三晩絶え間なく続く遺体を焼く悪臭が、風に乗って城内を支配した。精神を削るその臭いと恐怖に、城内の貴族たちは、もはやこの反乱に未来がないことを悟り始めた。
◇
ある夜、薛城の城門から数名の貴族が密かに脱出した。
「やれやれ、明鵠らと心中するのは御免だ。領地へ戻り、王への帰順を申し出るぞ!」
だが、その目論見は甘かった。街道の闇から無数の矢が降り注ぎ、森に潜んでいた伏兵が彼らを包囲する。
「抵抗は無駄だ! 命が惜しければ投降しろ!」
陽明が放った網に掛かった逃亡者は、一人残らず拘束されていった。
城内では、「誰かが逃げた」「王軍はすべてを把握している」という憶測が不都合な噂となり、さらなる逃亡者を呼ぶ悪循環に陥った。
脩璃が体調を回復し、天幕の外へ出る頃には、反乱に参加した貴族のほとんどが陽明の手中に収まっていたのである。
◇
薛城内。かつての賑わいは消え、広い部屋には明鵠と圭角の二人だけが取り残されていた。
一方、城門を守備する欧稜厳の軍のもとへ、一本の矢文が届く。相俊がそれを開き、中身を確認するとニヤリと笑った。
「待ってましたよ、王様……」
それは国璽が押された脩璃からの密命。――『鵬明鵠を誅すべし』。
相俊はすぐさま牢へ向かい、愚直に収監され続けていた稜厳を解放した。
「兄貴、いよいよ出番ですよ。これを見てくだせぇ」
命令書を見た稜厳の眼光が鋭くなる。相俊から、脩璃がわずか十歳でこの戦況を作り出したことを聞かされた稜厳は、己が仕えるべき「真の王」を悟り、決断した。
廊下を激しい足音が埋め、明鵠の部屋の扉が蹴破られた。
仁王立ちする稜厳の威圧に、明鵠と圭角は凍りつく。
「お、おのれ稜厳! 反逆か!」
圭角が叫んだ瞬間、相俊の一閃がその首を撥ねた。鮮血が明鵠の顔を赤く染める。
「王命により、謀反人・鵬明鵠を誅する!」
稜厳はゆっくりと抜刀した。死の恐怖を十分に味わせるほどの一拍をおいて、その刃は明鵠の首を断ち割った。
権勢をほしいままにした男の、呆気ない終焉だった。
◇
脩璃が薛城に入城した際、城門の前では稜厳を筆頭に兵たちが平伏していた。
馬から降りた脩璃の前に、明鵠の首が差し出される。
「あなたが欧稜厳ですね。良い部下をお持ちで」
脩璃が相俊へ視線を送ると、稜厳はわずかに表情を緩めたが、すぐに引き締めて額を地面に擦りつけた。
「この反逆に加わった罪、万死に値します。いかなる裁可も受け入れます!」
沈黙が広場を支配する。脩璃は静かに、だが重みのある声で告げた。
「欧稜厳。そなたには――全領地の没収を命じる」
「……っ、王様! それでは!」
相俊が思わず食ってかかるが、稜厳がそれを制した。
「控えろ相俊。……命があっただけで十分だ。またお前たちと出直すとしよう」
代々守ってきた土地を失う。それは貴族にとって死より重い屈辱だ。しかし、稜厳の横顔には、どこか憑き物が落ちたような清々しさがあった。




