月下の戦い
残酷な描写があります。
燃え盛る小屋の周囲には、剣と剣がぶつかり合う鈍い金属音が絶え間なく響いていた。破玉の四隊、総勢五十人が影から一斉に襲いかかり、頭巾の男の手下たちを一人残らず刈り取っていく。
乱戦の最中、華鳳と頭巾の男の視線が交差した。それを合図に、燈、黄、青、藍の四名が猛然と刺客の首領へ肉薄する。
燈と黄が左右から放った苦無を、男は後方へ跳んで回避した。そこを狙い澄ました青が、双剣の連撃を浴びせる。男は初めて抜剣し、後退しながら火花を散らしてそれを受けた。
「仕留めた!」
藍がその背後から、身の丈ほどもある大刀を振り下ろす。空気を切り裂く轟音と共に刀身が大地を割り、土煙が舞い上がった。
だが、風が土埃を流した後に残っていたのは、裂けた地面と、点々と続く血の跡だけだった。
「――チッ、逃げたか!」
藍が悔しげに毒づいた瞬間、静観していた華鳳が目にも留まらぬ速さで背後へ剣を振り下ろした。
キィィィン!
鼓膜を刺す甲高い衝撃音。そこには、背後から華鳳を狙った頭巾の男が、一本の剣でようやくそれを受け止めている姿があった。
男の左肩からは鮮血が滴り落ちている。驚くべきことに、切り落とされた自らの左腕を、男は口に咥えたまま、鬼気迫る形相で睨みつけていた。
「んぬぅ……」
華鳳がさらに力を込め、剣を押し込む。四人が援護に動こうとした刹那、男は右足のつま先から仕込み刃を繰り出した。華鳳は反射的に後方へ飛び退く。
その隙に男が懐から投げつけた小袋が弾け、周囲は濃密な白い靄に包まれた。四人が靄に飛び込んだ時には、もう男の気配は消えていた。
「深追いするな。初手はこんなものだ。まずは周囲の雑魚を掃除しろ!」
華鳳の指示により、十分も経たぬうちに街道は静寂を取り戻した。
◇
左腕を失いながらも、頭巾の男は尋常ならざる速さで銀盤宮を目指していた。囮に明玉がいなかった以上、標的はただ一つ、銀盤宮に現れるであろう本物の王女だ。
しかし、その行く手には「紫」の部隊が網を張っていた。
(……こちらの退路まで読まれていたか)
男は口角に悔しさを滲ませ、手下の一人に冷酷な命を下した。
「……貴様の腕を、もらうぞ」
男は自ら手下の左腕を一刀で切り落とし、その手下を「影武者」として紫の部隊へ突っ込ませた。
遠くで手下が切り殺される断末魔を聞きながら、男は伏せてやり過ごす。
「脩璃様はここまで予想されていたのか……」
紫は仕留めた「頭巾の男」のあまりの呆気なさに違和感を覚え、しばらくその場を離れなかった。
夜明け頃、合流した華鳳が遺体を確認し、それが替え玉であることを見抜く。
「狡猾な野郎だ。各員、銀盤宮への全街道に部隊を展開せよ! ネズミ一匹通すな!」
◇
その頃、陽明と信は暁から早馬で一日の距離にある、鵬国国境警備の城へと辿り着いていた。
「あれが……城ですか?」
陽明の目に映ったのは、丸太を組んだだけの粗末な砦だった。だが、ここには二千の精鋭が駐留している。
「王命である、開門せよ!」
陽明の一喝に、城門が開き、鎧を纏った将軍が姿を現した。
「貴殿の名は? 王命と言うが、それを示す証拠は?」
陽明は脩璃から預かった命令書を突きつけた。国璽が押されたそれを見た将軍は、顔色を変える。
「脩璃とは誰だ!? すでに銀盤宮からは、明鵠様の名で別の王命が届いているのだぞ!」
「……やはり、偽の璽か」
陽明は脩璃の予測の正確さに感嘆しながら、懐からもう一通の書状を取り出した。
それは、麟国皇帝・秀邦が認めた**『封国親書』**。
「落ち着きなさい。この瑞獣の紋章を見よ!」
鳳凰、霊亀、応龍、麒麟が描かれた「四瑞獣顕出図」。王の交代を宗主国が認めるこの最高位の国書は、いかなる地方の璽よりも重い。
将軍は言葉を失い、その場で膝を突き、抱拳礼を捧げた。
「……御命、謹んでお受けいたします!」
「直ちに騎馬千騎の準備を。指揮権はこの晏陽明が預かる。向かう先は――銀盤宮!」
朝日を浴びて、千の蹄の音が轟き始めた。脩璃の指し示した「勝利の方程式」が、今、盤上で動き出した。




