鵬国内の異変
朝日が城門を照らす中、脩璃はこれから運命を共にする仲間たちを振り返った。
「じゃあ、みんな行こう!」
駒を進めるその背に、迷いはない。本来なら千人規模の軍勢を率いて向かうべき入婿の儀だが、今の脩璃には一刻の猶予もなかった。電光石火で鵬国へ入り、腐りきった乱麻を断つ。
長く伸びた五人の影が、龍台の街を疾風のごとく駆け抜けていった。
◇
脩璃の出発から二日後。鵬国の銀盤宮では、奉師の執務室が騒然となっていた。
「玄相国! 王女失踪を教唆した疑いにより、拘束いたします!」
十名ほどの衛士が踏み込んできた。奉師は抵抗せず、いつもの飄々とした態度を崩さない。
「おやおやぁ、私は何も知りませんけどねぇ?」
「申し開きは牢内で聞こう!」
不敵な笑みを浮かべる隊長に連れられ、奉師は地下の牢獄へと消えていった。
一時間後、自邸で酒宴に興じていた明鵠のもとに、朗報が届く。
「逆臣・玄奉師を捕らえたか! ハッハッハ、皆の衆、喜べ! 鵬国はついに儂のものだ!」
媚びへつらう側近たちを前に、明鵠は偽造した国璽を握りしめ、歪んだ笑みを浮かべた。
宴が終わり、独りになった明鵠の背後に、黒頭巾の男が音もなく現れる。
「手はずは整っているか?」
「……はい」
「明玉の行方は」
「未だ。……されど、間もなく」
「見つけ次第、始末せよ」
「御意」
その頃、牢獄の奉師は静かに端座していた。すると、向かいの牢から掠れた声が響く。
「奉師殿……奉師殿……」
そこにいたのは、かつて明鵠に官職を追われ、幽閉されていた清廉な官吏であった。やせ細り、見る影もない姿。
「おぉ、貴殿もここへ……。もはやこの国に希望はないのか……」
「いいえ、まだです。明玉様が麟国へ向かわれました。今頃は、頼もしい助っ人を連れて戻っておられるはずです」
奉師の言葉に、男の瞳が一瞬だけ輝いた。だが直後、獄吏がやってきてその男を強引に連れ出していった。
地上へと引きずり出された男の前に立っていたのは、あの黒頭巾の男だった。
「……話せ」
獄中生活で精神を病んでいた元官吏は、恐怖に抗えず、震える声で奉師の言葉を漏らした。
「……麟国、だと?」
黒頭巾の男は冷酷に頷くと、懐から苦無を放った。喉を貫かれた男は、絶叫すら許されず息絶えた。
「後の始末をしておけ」
獄吏に金を握らせ、刺客は再び影へと溶けた。
◇
その夜、奉師は違和感に襲われていた。連れ出された男が一向に戻らない。
「おい、さっきの男はどうした」
見回りの獄吏に問うと、鼻で笑われた。
「あのジジイか? くたばったぜ。とっくにゴミ捨て場だ」
奉師の眉間に深い皺が刻まれる。……嵌められた。
自らの甘さが招いた過ちに、奉師は拳を血が滲むほど握りしめた。これ以後、彼は誰が問いかけても、二度と口を開くことはなかった。
◇
一方、先行していた「破玉の赤」の一隊。
馬車で五日の道を二日で駆け抜け、国境の紹に到着した。赤はここに「緑」を待機させ、自らは「青」「藍」「紫」を連れてさらに先、鵬国の暁へと向かった。
紹に残った緑は、部郡従事の官舎を監視していた。
深夜、官舎に一人の黒ずくめの男が訪れる。緑は壁に張り付き、その会話を盗み聞きした。
「……商人に紛れた少女を探している」
「知らんな。だが少し前、密入国しようとした男(信)を捕らえ、州牧へ送ったが……」
「そうか、手間をかけた」
男が官舎を去る。緑はすぐさま追跡を開始したが、その男の足は異常に速かった。一瞬、夜の闇が揺れたかと思うと、そこにはもう誰の姿もなかった。
「……ただの刺客じゃない」
緑は冷や汗を拭い、主(脩璃)にこの異常事態を伝えるべく、闇に紛れて駆け出した。




