所信の表明
「「あのじじい……謀ったな!」」
脩璃と明玉のジト目が同時に突き刺さるが、応明は「はて、何のことやら」と惚けた顔で茶を啜っている。その横で慈明だけが「父上も大概になさいませ……」と額を押さえていた。
「ゴホン!」
秀邦のわざとらしい咳払いが広間に響く。二人は即座に居住まいを正し、皇帝へ深く頭を下げた。
「脩璃。そなたを呼んだのは他でもない。鵬国へ入婿し、かの地を統べる王となる。受けるか?」
「――脩璃、謹んでお受けいたします」
迷いのない返答に、事情を知らぬ百官からどよめきが上がった。
その言葉を聞いた瞬間、明玉の肩から目に見えぬ重荷がすとんと落ちた。極限の緊張から解放された彼女の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。脩璃はそっと懐から絹の布を取り出し、彼女に差し出した。
「明玉様。戦いはこれからです。ですが、これからは僕が隣にいます。だから、もう泣かないで」
その優しさに、明玉の耳が日焼けした肌の上からでも分かるほど赤く染まる。それを見た陽明は、なぜか自分まで顔が熱くなるのを感じていた。
明玉は涙を拭うと、英明な王女の顔を取り戻し、脩璃の前で膝を突いた。
「私は麟国を、そして脩璃様を信じます。その証として、我が父より託された国璽を貴方へ」
差し出された璽を、脩璃は両手で厳かに受け取った。
「鵬国の民を裏切らず、歴代の王の名を汚さぬよう、一生懸命努力することをここに誓います」
若き二人の誓いに、朝議の場は万雷の拍手に包まれた。拍手を制した秀邦が、鋭い眼光で問う。
「では脩璃、そなたの所信を述べよ!」
「――政は正なり。我、師いるに正をもってすれば、孰か敢えて正しからざらん!」
(政とは正義である。私が正道をもって政を行えば、誰が不正を働けましょうか)
「その言や良し! 直ちに鵬国入りを許す!!」
皇帝の号令一下、入婿の時期は当初の予定を二年も早め、即座に決行されることとなった。
◇
朝議の後、明玉は客間でお茶を口に運んでは「はぁ……」とため息をつくばかりの、いわゆる「放心状態」に陥っていた。
そこへ、二人の高貴な女性が姿を現した。麟国の母・桃氏皇后と、脩璃の実母・鶯妃である。
「あらあら、可愛いこと。さすが私の息子が選んだ子ね!」
鶯妃はそう言うなり、驚いて固まる明玉を豊かな胸元へと抱き寄せた。
「これからは、私のことをお母様と呼んでいいのよ。ね、明玉ちゃん!」
戸惑いながらも、亡き母の温もりを思い出した明玉は、その抱擁に身を委ねた。
「……それで明玉ちゃん。正直なところ、うちの脩璃をどう思っているの? ほら、政略結婚とはいえ、嫌いな男と一生一緒っていうのはねぇ……」
鶯妃の直球すぎる問いに、明玉は顔を真っ赤にして俯いた。
「……その、素敵なお方だと……思いました……」
「合格ね!」
皇后と鶯妃の笑い声が響く中、慈明は苦笑いしながらそっと席を外した。そこはもはや、男が立ち入る隙のない「女子会」の場となっていた。
◇
その夜、脩璃の私室。昼間の和やかな空気は微塵もなかった。
「破玉の者!」
脩璃が短く呼ぶと、暗がりに一人の影が跪いた。
「ここに。主」
「これを『破玉の赤』へ。急ぎ先行して鵬国に入り、玄奉師の身の安全を確保せよ。状況次第では、この書面をもって独断専行を認める。他の者も街へ潜入し、明鵠の動向を監視せよ。これは経費だ。報告なしに自由に使え」
秀邦から預かった軍資金を渡すと、影は無言で会釈し、風のように消えた。
(……待っていてください、奉師。そして信)
翌朝、龍台の城門。
旅装を整えた脩璃、陽明、華鳳、そして明玉と貫。
五人の若き勇士たちは馬に跨り、昇る朝日を背に、動乱の鵬国へと向けて力強く駆け出した。




