おせっかいな初対面
慈明は馬車を急がせた。通常一週間を要する行程を、切迫した情勢を反映してか、わずか五日で駆け抜けたのである。
王都・龍台にある応明の屋敷に到着したとき、三人は強行軍による腰や尻の痛みに耐えかね、家宰に支えられながらようやく大地に足を下ろした。明玉と貫はすぐさま奥の客間へと導かれ、泥のように深い休息を許された。
自室で書を嗜んでいた応明のもとに、慈明が駆け込んだ。
「父上、火急の要件につき、急ぎ参りました!」
慈明は額に汗を浮かべ、身振り手振りを交えて明玉から聞いた鵬国の窮状をすべて語り終えた。
「……ふむ。事態は一刻を争うな。だが、どう動くべきか……」
髭をなでながら思案に暮れる応明に、慈明が「まずは陛下にお知らせを」と進言した。
「それはもちろんだが……実はこの後、脩璃様がここへ見えることになっておる。そ・こ・で・じゃ……」
応明が真顔で語り始めた「悪だくみ」に、慈明は「我が父ながら、なんと……」と呆れ顔を見せたが、その瞳にはどこか楽しげな色が宿っていた。
◇
昼過ぎ、脩璃は陽明と華鳳を伴って訪れた。
「脩様、ようこそ。今日は先客がおりましてな。失礼ながら、いつものように『脩』の名で通していただきますぞ」
応明の言葉に、脩璃は「承知いたしました」と素直に頷いた。
間もなく、書斎に町娘の装いをした少女――明玉が案内されてきた。
「こちらは我が長男の慈明。そして、彼を訪ねてきた鵬国の者だ」
応明の紹介を受け、脩璃は少女を食い入るように見つめてしまった。慌てて陽明に袖を引かれ、自己紹介をする。
「さて、では鈴とやら。鵬国の様子を聞かせてもらえるかの?」
鈴こと明玉は、自らの正体を隠しつつ、鵬国の凄惨な現状を冷静かつ的確に語り始めた。その話を聞くうちに、脩璃の拳は白くなるほど強く握りしめられていった。
「さて、脩君。君ならこの事態を、どう解決に導く?」
応明に問われるまま、脩璃は「もし自分が施政者であれば」と、前世の知識とこの国で学んだ知恵を総動員して方策を述べた。陽明も加わり、議論は白熱していく。
その光景に、明玉は衝撃を受けていた。師である奉師以外の視点、しかもこれほどまでに鋭く、かつ民に寄り添った施策を語る少年に、彼女は旅の疲れも忘れて見入っていた。
夜になり、脩璃が王城へ帰った後。客間に残った明玉がポツリと独り言を漏らした。
「……あの脩という少年。鵬国に、迎え入れたい……」
応明は知らぬ顔で茶を啜り、慈明は噴き出しそうになるのを必死でこらえていた。
◇
翌日、秀邦のもとへ参内した応明と慈明は、事の次第を上奏した。秀邦は直ちに明玉との面会を決定し、同時に「脩璃も待機させておけ」と命じた。
そして翌々日。朝議の場。
明玉は王女にふさわしい正装を纏い、凛とした佇まいで秀邦の登壇を待っていた。
「鵬明玉殿、よく参られた。楽になされよ」
秀邦の優しい言葉に、明玉は「陛下に拝謁でき、恐悦至極に存じます」と恭しく応じた。
慈明による鵬国の現状報告が始まると、明鵠の悪行の数々に官吏たちから怒号や驚嘆の声が漏れた。明玉はいたたまれなさに顔を伏せるが、秀邦は静かに問いかけた。
「さて明玉殿。貴女がこの麟国を訪れた、真の意図を伺おう」
明玉は瞳を赤くしながらも、真っ直ぐに秀邦を見据えた。
「……もはや私と玄相国だけでは、鵬国を救うことは叶いません。麟国より皇子を『王』としてお迎えしたく、参上いたしました!」
その宣言に朝議は騒然となった。皇子入婿の件は秘中の秘だったからだ。応明が一喝して静寂を取り戻すと、秀邦が言った。
「だが、問題の皇子がどう考えるか、だな。……脩璃を呼べ!」
別室で待機していた脩璃は、突然の参内命令にいぶかしみながらも、豪華な皇子服を纏って朝議の場へと足を踏み入れた。居並ぶ百官の視線に威圧されつつ歩み寄ると、前方に一人の女性が立っている。
「その方の隣に立て、脩璃」
命じられるまま、脩璃は彼女の隣に並び、揖礼をした。
「仰せにより、皇子脩璃、参上いたしました!」
その声を間近で聞いた明玉が、弾かれたように隣を見た。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
王女らしからぬ大絶叫を上げた明玉に驚き、脩璃もまた彼女の顔を凝視した。
「おっ、おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
昨日議論を戦わせた「鈴」と「脩」。
その正体が「王女」と「皇子」であったことを知った瞬間、二人は指を差し合ったまま固まった。
応明一人が満足げにニタニタと笑い、慈明は「あーあ、やっちゃった」と言わぬばかりに額を押さえていた。




