露見と自供
少しだけ残酷な描写があります。
「姫様、ここにいては追手が来ます。紹からすぐに出ましょう。さあ、早く!」
貫に手を引かれ、明玉は信を失った悲しみに浸る暇もなく、人混みに紛れて紹を脱出した。二人はひたすら龍台を目指して街道を歩き続けた。決して振り返らず、ただ前だけを見据えて。
四日ほど過ぎた頃、ついに路銀が尽きた。二人は川魚を捕らえ、道端の祠に供えられた食べ物を盗んで飢えを凌いだ。浮浪者のような汚れ果てた姿に、声をかける者など誰もいない。
あと少しで次の街に着く――というところで、ついに限界が訪れた。
視界が白く霞み、足がもつれる。ふと明玉が振り返ると、数歩後ろで貫が力なく倒れていた。
(ああ、もう……一歩も、動けない……)
明玉もまた、糸が切れた人形のように地面に崩れ落ち、意識を失った。
◇
同じ頃、麟国の王都。陽明は、ある「違和感」を拭えずにいた。
なぜ脩璃は、この国に存在すらしない「木綿」を知っていたのか。なぜあのような革新的な「紙」を考案できたのか。
陽明は華鳳を呼び出し、胸の内を明かした。すると華鳳もまた、苦い顔で頷いた。
「……陽明殿もか。実は俺も、あの坊が何者なのか分からんのだ。賊を斬った時のあの気迫、あれは十歳の子供のそれじゃねえ」
ある日、応明の私塾。二人はついに脩璃に詰め寄った。
「脩璃様。私は、貴方がどのようなお方であってもお仕えする覚悟です。ですが、あまりにも不自然なのです。その知識、その剣気……貴方は一体、何者なのですか?」
陽明の決死の問いに、華鳳の鋭い視線が重なる。逃げ場を失った脩璃は、深いため息をついた。
「……やっぱりバレたか。二人とも聡すぎるよ」
脩璃は観念し、自らの秘密を語り始めた。かつて異世界で「大人」として生きていたこと。別の文明の記憶を持っていること――。
話し終えた時、陽明はこめかみを押さえて固まり、華鳳は口をポカーンと開けて、魂が抜けたような顔をさらしていた。
「……内密にね?」
あどけない笑顔で小首をかしげる脩璃に、華鳳が猛然と突っ込んだ。
「なぁ坊! それ、四十を過ぎた男がやるポーズじゃねえだろうが!」
「テヘッ」
「テヘッ、じゃありませんよ脩璃様!」
陽明も頭を抱えた。だが、二人の顔からは険しさが消えていた。あまりに荒唐無稽な話だが、そうでも考えなければ「怪物・麟脩璃」の説明がつかないのだ。
「信じられない話だけど……二人とも、僕のそばにいてくれる?」
脩璃の真剣な問いに、陽明は微笑んだ。
「もちろんです。我々は、貴方という『魂』に惚れているのですから」
◇
明玉は、悪夢を見ていた。
血まみれの剣を持つ明鵠が、奉師の首を投げつけ、父・紫明の首を撥ねる地獄の光景。
「いやあああ!」
絶叫とともに飛び起きると、そこは清潔な寝所だった。傍らには、泥を落とした貫が心配そうに控えている。
「……悪い夢を見ていたようだね」
声をかけてきたのは、三十代半ばの気品ある男性だった。貫が小声で説明する。
「姫様……いえ、お嬢様。このお方が、倒れていた我々を助けてくださったのです」
「気にしなくていいよ。麟国では一年以上前、脩璃様の発案で、困窮する民を救う施策が始まっている。君たちを助けるのは当然のことだ」
「しゅう、り……様?」
「ああ。我が麟国の第五皇子であらせられる。私はこの州を治める州牧、晏慈明だ」
その名を聞いた瞬間、安堵と驚きが混ざり合い、明玉は再び深い眠りへと落ちていった。
◇
その頃、国境の紹の牢獄。
血塗れの信が、冷たい床に転がされていた。だがその拳は固く握られ、瞳には未だ衰えぬ闘志が宿っている。
「(姫様……どうか、ご無事で……)」
一方で、紹の責任者である部郡従事は、商人から没収した「翡翠の櫛」を、うっとりとした表情で眺めていた。その欲望の火が、後に自らの首を絞めることになるとも知らずに。




