新たなる発見と陰謀の胎動
一日空けてしまい申し訳ありません。また本編の続きです。
脩璃と陽明の施策が各地で本格的に動き始めた頃。脩璃は陽明と華鳳を伴い、久々に西市の雑踏を歩いていた。一年前と変わらぬ活気、並ぶ異国の物産。懐かしさを覚えながら歩を進めるうちに、三人は朱全の質屋の前へと辿り着いた。
ふと見ると、店の軒先を丁寧に掃いている少女がいる。
「坊、覚えているか?」
華鳳の問いに、脩璃は小首を傾げた。
「あの時の、孤児の娘だ。……コウだよ」
その名を聞いた瞬間、あの忌まわしい記憶とともに、ボロ小屋で自分をキラキラとした目で見つめていた少女の顔が重なった。
「コウ……! あれから、どうしていたの?」
華鳳によれば、彼女は医師のもとで養生し、心の傷を癒やすために「働くこと」を勧められたという。朱全が快く彼女を引き受け、今は店の手伝いをしているのだ。
「僕は……会いに行ってもいいのかな」
脩璃が呟いたその時、少女が顔を上げた。視線が合う。彼女は驚きに目を見開き、手に持っていた箒を投げ捨てると、弾かれたようにこちらへ駆け寄ってきた。
「シュー! やっと、やっと会えた……!」
人目も憚らず抱きついてきた彼女を、脩璃は優しく受け止めた。陽明は目のやり場に困って空を仰ぎ、華鳳はニヤニヤとそれを見守っている。
騒ぎに気づいた朱全が店から飛び出してきた。皇子に抱きつく少女の姿に、朱全は泡を食って平伏しようとしたが、華鳳に素早く支えられる。
「朱全さん、今日はお忍びだ。仰々しいのはナシだぜ」
「は、はあ……。これ、黄花! 脩様に抱きつくなど、はしたない!」
「黄花……?」
脩璃が問いかけると、少女は満面の笑みで答えた。
「あたい、旦那様に新しい名前をもらったんだ! 今は黄花っていうの!」
その無邪気な笑顔に、脩璃は救われたような気がした。
それから一時間ほど、脩璃は店内で朱全からこの一年の話を聞いた。最初は失敗ばかりだったが、今では商売の基礎を覚え始めているという。
「ねぇ、黄花。それなら、僕から依頼を受けてくれるかな?」
脩璃は幾ばくかの銀貨を彼女の手に握らせた。
「僕は頻繁に市へは来られない。だから、黄花が『面白い』と思ったものを、僕の代わりに買っておいてほしいんだ」
朱全は「まだ早い」と難色を示したが、脩璃の強い希望に折れ、黄花も「あたい、やってみる!」と力強く頷いた。
それから月に一度、脩璃は黄花の「仕入れ」を確認し、代金を渡すのが習慣となった。
最初の買い物は、今も語り草になるほどの大失敗だった。露天商に「火を噴く鳳凰の雛だ」と騙され、赤く染められたヒヨコを掴まされたのだ。雨が降ればただの黄色いヒヨコに戻ってしまう代物に、脩璃は腹を抱えて涙を流しながら大笑いした。黄花が真っ赤になって怒り出し、最後は脩璃が必死になだめる羽目になった。
そんな穏やかな日々が八ヶ月ほど過ぎた頃。
帝都・龍台では、かつての貧民窟が整理され、新しい長屋や「紙の作業所」が建ち始めていた。そんなある日、黄花が店の奥から一鉢の植物を持ってきた。
「これはね、西の瑯国のさらに西、西戎のずっと先から来たものよ!」
一メートルほどの茎に、いくつかの白い「綿」が弾けている。黄花は恍惚とした表情でその綿を触っていたが、それを見た脩璃は、
「あぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!」
と、陽明が飛び上がるほどの絶叫を上げた。
「黄花! これは綿花だよ! とんでもないものを見つけてくれた!」
脩璃は黄花の手を握り、狂喜乱舞した。
「脩君、その綿花というのは?」
「陽明さん、これは『木綿』という繊維になるんだ! 絹より安く、麻より暖かい。これがあれば、民の衣服が劇的に変わるんだよ!」
麟国はおろか、六国でもまだ生産されていない未知の農産物。脩璃は綿から種を取り出し、その場で手際よく撚りをかけて糸にしてみせた。
「黄花、残りの綿花もすべて買い占めてほしい。その商人が持っている種も全部だ!」
◇
時を同じくして、北方の銀盤宮。
一人の侍女が、水差しを手に国王・紫明の寝室へと向かっていた。彼女は周囲をうかがうと、懐から小さな壷を取り出し、無色の雫を水差しの中に落とした。
何事もなかったかのように、彼女は寝室へと消えていく。
その頃。屋敷で盃を傾けていた明鵠の口元に、不敵な笑みが浮かんでいた。
「……いよいよ、時が来たな」




