冬の王国の妹王女様 と のろい と ろうば のおはなし
冬童話2020、テーマ「おくりもの」参加作です。興味がわいたらよんでくだしい。
誤字脱字等はきづいたときに修正予定。
*誤字脱字報告ありがとうございました!修正しました! ……というかこの修正機能すごい初めて使ったけどすげえよこれ……。
あるところに冬の王国といわれる国がありました。
冬の王国はその名前のとおりずっと冬がつづいている場所でした。
国のどこをみまわしてもゆきでまっしろになっていて、人が住める土地も食べるものも少ないところでした。
ですが、すぐれた王様がよく国をおさめていたため、人々は足りないものはあってもえがおでくらすことができていました。
そんな冬の王国には、冬のきゅうでんという名前がついたおしろがありました。
毎日ふる雪の重みに負けないようにせをひくくして作られたおしろには、王様とその家族、めしつかいたちが住んでいました。
おしろの生活はぜいたくなものではありませんでしたが、げんかんやろうか、部屋にはりっぱなげいじゅつ品が飾られ、狭い中庭にはきれいに切り出された大きなかざり石や石ぞうがならべられていました。
とくに中庭は雪がつもればつもるほど白とはい色がきれいにまざり合うけしきとなり、雪を見なれた人々であっても見ほれるほどのものでした。
ときおり王様もながめに来た中庭には毎日小さなあしあとがたくさんできていました。
雪の上にかかれた小さなあしあとは、今の王様のかみが雪のごとく白くそまり、森の木々のようにこしが曲がり始めるころになれば新しき冬の王国の王様になることを期待されている王様とおきさき様との間に生まれた三人のこどもたちのものでした。
体を動かすことがだいすきで少しらんぼう者なのは、一番上のお兄さん王子様。
絵やがっきがだいすきでみえっぱりなのは、二番目の王子様。
そして、こがらでもほこり高い三番目の妹王女様。
雪が小ぶりのまま昼すぎになってもくずれることがなければ、中庭からは毎日三人の楽し気な声がおしろにとどいていました。
三人のわらい声はいつもおひるねの時間までつづくのでした。
大病にかかることもなく、こどもたちは冬の王国ですくすくとせいちょうしていきました。
一番上のお兄さん王子様は上の学院でせんぱいたちにきびしくしどうされ、二番目のお兄さん王子さまは下の学院で知らないちしきに目をかがやかせ勉強するようになっています。
十さいのたんじょうびをむかえたばかりでどの学院にも通えない三番目の王女様は兄たちをうらやましく思っていました。
せめて自分もまちへ出てまちの様子や人々の生活などの見分を広めたいとおつきのメイドさんに強くうったえたところ、さいしょこそ反対していたメイドさんもとうとうおれ、メイドさんの言うことを聞くというやくそくをすることでまちを見回って歩くことをゆるされたのでした。
昼食後におつきのメイドさんとともにまちを回った妹王女様は、まちの人々がきゅうでんのかぞくやめしつかいたちとちがい、口が悪く人をあざけることがすきで、相手を悪しきざまにののしってけんかばかりしていることを知りました。
「どうして皆お父様のようになれないのかしら」
「王女様、それが下々というものでございます。そしてそういう者たちに根も葉もないことでけなされようとも、分けへだてないやさしさを持ちつづけられることこそがすばらしい名君である王様なのでございます」
「お父様がすばらしい方なのは十分知っているわ。でも、それは人々のふけいふそんに目をつぶれというのかしら。上に立つものが軽んじられてしまうことになるのではないの?」
「王としてたつ方々のとうとき心はわたくしごときがかんがえていいものではございません。ですが、わが王はかんようをむねとし、しもじものものにはいつくしみをわすれないようにしているようにみうけられました」
おつきのメイドさんのいうことは王女様にはとてもむずかしいものでした。
そんなある日のことでした。
王女様がいつものようにおとものメイドさんとまちなかを歩いていると、屋台やお店がならぶ大通りに人だかりができていました。
王女様はふしぎに思って人々に声を掛けました。
王女様の声にふきげんそうにふりむいた人相の悪い男は王女様におどろき、あわててりょううでをひろげました。
「王女様、近づいてはいけません。呪われた人間です。北の海のまじょが氷南のまじょ、はたまたべつの場所に住むまじょの仕業かはわかりませんが、いつのまにかまちなかをふらふらと歩いていました」
のろいとはまじょが使うまほうのどくのことをいいました。
いちどまじょからのろわれてしまえば、その呪いをお医者様にもなおせません。
のろわれた人はどれだけてあつくかんびょうしてもどんどん弱っていき、さいごには死んでしまいました。
左右にわれた人々の間にいたのは冬の王国の人々にしては薄着をしたろうばでした。
くすんだはいいろのかみでこしは曲がり、手には何も持っていません。
皆に囲まれながら朗らかな微笑みをたたえ、小雪がふるくもり空をみあげていました。
「きょうのそらはあおあおとしただいちにおさかなさまがでていいてんきねえ」
まわりがわからなくなること、それがまじょのかけるのろいのとくちょうでした。
いっけんすればひんのいいろうばからとびだした奇妙な言葉に王女様は一歩あとずさりしてしまいます。
王女様がのろわれたにんげんを見たのははじめてだったためでした。
のろいはどのくにでもおそれられていました。
それはのろいが人から人へ広がっていくものだったからです。
のろいがうつればそれまでまともだった人もいきなりきみょうなことを口にしはじめました。
だからこそ、人々は呪われた人をひっしに遠ざけようとしているのでした。
そんな王女様の様子を見て、集まっていた一人がいいました。
「今えいへいをよんでおります。王女様はそのままで」
その言葉を聞いた王女様はわれに返りました。
「えいへいの皆様が来たら、この方はどうなるのですか?」
「その、それは……そうですね。おそらくまちの外につれだされるのではないでしょうか」
王女様は体をかたくしました。
おさない王女様にもその言葉の意味はさっせられたからです。
なにももたないうすぎのろうばがこのまちから追い出されたとき、どうなるか。
よほどの幸運に恵まれないかぎりいきてはいけないでしょう。
「このかたはわたしがほごいたします」
王女様の口からとっさに言葉が出ていました。
「え?」
まちの人々が驚いた顔で王女様を見ました。
おつきのメイドさんも彼らに交じってその大きく目と口を見開いて王女様を見ていました。
王女様はほんの少しちゅうちょしましたが、みなを見返しながらもう一度同じことを繰り返しました。
「たった一人も守れなくてなにが冬の王国の王族なのでしょう。そのようなものが今後、国を守り、大切にできるとはとうてい思えません」
王女様の頭の中に浮かんでいたのはみなを大切にする王様のすがたでした。
おしろへとのろわれたろうばをつれかえった王女様は、王女様いがいのものからすればとうぜんのようにおしろの門の前で止められました。
冬のきゅうでんの中でひとびとがうおうさおうしています。
冬の王国おつきのろうまほう使いもよびだされ、大さわぎになっていました。
門の外では、王女様が中にいれろとめいれいしていましたが、門のえいへいはずっと首を横にふりつづけています。
しばらくすると門が開き、中から一番上のお兄さん王子様と二番目のお兄さん王子様がすがたを見せました。
「妹王女、お前は自分が何をしているのかわかっているのか!もしかしてお前ものろわれてしまったのか!?」
一番上のお兄さん王子様が大声でいいました。
「妹王女。お前はおしろにのろいを持ち込むつもりなのか。そんなにおろかだったなんて知らなかったぞ!」
二番目のお兄さん王子様もつづけていいました。
妹王女様はちからのかぎりいいました。
「強きいちの兄さま、かしこきにの兄さまの言葉とは思えません。この方はわたくしがきゅうでんにつれなければこのまちから追放され、明日の日の出を見ることもかなわなかったかもしれなかったのです。ひとびとを守るのはわたくしたち王族のつとめではなかったのですか!」
「やさしき妹よ。われらがのろわれればこの冬の王国のみらいがとざされる。そうなればこの国のひとびとはどうなると思っているんだ。お前はとてもあぶないまねをしているんだぞ」
「やさしき妹よ、おまえはそのろうばにどうじょうしているだけだ。王族にもどうしても助けられないものはいる。助けられないものに重くなさけをかけ、国をあやうくするのはぐのこっちょうだ。そういったはんだんも王族としての大切なことなんだぞ。そんなこともわかっていなかったのか、わが妹ながらなんてなさけない」
「ではのろわれているからみすてろというのですか」
「ばばはまえはまじょだったんですよ。いまはむすめにだいがわりしましてねえ。三百年ほど前にねえ」
二人が答えようとしたその後ろから声がしました。
「そうだ」
妹王女がその声に驚きました。
その声は二人の王子の背後からあらわれた父親である王様からのものだったからです。
王冠をかぶり、厚手のマントを羽織った王様はろうばに目をやって顔をしかめるといいました。
「二人の兄の言うことは間違ってはいない。今からでもその哀れなろうばをえいへいにひきたしなさい」
妹王女は王様の言うことが信じられませんでした。
「のろわれたものをきゅうでんの中にいれることはできない。妹王女、お前がつれてきたのだからそののろわれたろうばをせきにんをもってしょしなさい。それも王族として生まれたものの役目だ」
妹王女は父親にはじめて言い返しました。
「いやです!」
王様は娘の言葉に顔を曇らせました。
ですが、それだけでした。
王様は二人の息子にきゅうでんの中に入るように促しました。
「そうか。それでは娘よ。それができない間は冬のきゅうでんに入ることをきんずる。とはいえ、お前のおさない年齢を考えればわたしはむずかしいことをいっているのかもしれない。ゆえに王族として役目をはたすまではまちはずれにあるはなれのやしきに住むとよい」
二人のお兄さん王子様はおどろきました。
まちがったまねをしているとはいえ、妹王女様はまだじゅっさいです。よるにはおうひさまといっしょにねていることもあるぐらいです。王様の言葉は妹王女様にはきびしすぎるのではないかと思ったのです。
王様は年おいたメイドさん数人を妹王女様がはなれでくらす間の世話係として決めると二人のお兄さん王子様をつれてきゅうでんの中へともどっていきました。
「おとうさま……!」
妹王女様の前で冬のきゅうでんの門がしずかな音を立ててしまりました。
はなれの屋敷についた妹王女様を待っていたのは、もうすでに妹王女様が住むことができるようになった屋敷と妹王女をげんかんでならんで待つとしおいたメイドたちでした。
その日から妹王女様とのろわれたろうばのせいかつがはじまりました。
のろわれたろうばがいうことはわけがわからないことばかりで、としおいたメイドたちもおはなしはおろか近づいてきてくれません。
おうひさまのぬくもりもないベッドのなか、妹王女様はねむれない夜がつづきました。
妹王女様はひとりベッドの中でぎゅっと目をつぶります。
さみしい。
はなれにうつり生活するようになって妹王女様の心をしめるようになったのはそのきもちでした。
そんな生活がつづいたある夜のこと。
すこしでも気をまぎらわせようとろうかを歩いていた妹王女様はちいさなおどりばのソファーに座っていたのろわれたろうばとはちあわせしました。
寒くないようにあつめのはおりをはおっていたろうばは楽しそうにこくうを見上げていました。
妹王女様はこちらの気をまったくしらないろうばのようすに思わず口を開いていました。
「守ろうとしなければよかった……」
つい自分の口からとび出した言葉に妹王女様はショックを受けました。
みなの反対をおしきり、けいあいする父親には反抗してまでまもろうとしたのに、ここにきてさみしいからと放り出したいと思っている自分に気づいたからでした。
「あ……ちが、そうじゃなくて……」
ろうばはふしぎそうな顔をしながら首をかしげ、妹王女様を見つめました。
「どうしたんだい、ぼうや? こわいゆめでもみたのかい?」
ろうばが妹王女様をとなりに座らせると、自分のひざの上に王女様の頭をのせました。
ろうばは妹王女様にほほえみをうかべると小さな声で歌を歌い始めます。
ろうばのおだやかな歌声がおどりばに広がっていきます。
それは冬の王国の母親ならばだれもが知る子守歌。
一番目のお兄さん王子様のうたがいの言葉。
二番目のお兄さん王子様のいかりの言葉。
そして今のじぶんかってなひどい言葉。
それにくらべ、ろうばの歌う歌は妹王女様のためを思って歌われたもの。
妹王女様のさみしさでいっぱいだった心にろうばの穏やかで優しい歌声が深くしみこんでいきました。
妹王女様がろうばの服をぎゅっとつかみました。
「……ごめんなさい……」
そのまま、妹王女様のまぶたがゆっくりととじていきました。
数年後、まちでちいさなそうぎがとり行われました。
雪がちらつくくもり空のもと、少ないさんれつしゃがこじんのねむるおはかの前にならんでいます。
その中には美しくせいちょうした妹王女様のすがたがありました。
妹王女様がさいごのわかれに歌うのは子守歌。
誰もが首をかしげるなか、妹王女様のおくりものは、まっすぐ空へと吸い込まれていきました。
「それで。わが娘になにようですかな?」
「おしょくじはまだですかねえ、おじいさん」
「はぁ……。ごじょうだんはおやめください。あなたがのろわれるはずがないでしょう」
おうさまははっきりといいました。
「冬のまじょどの」
「……あいかわらず冗談が通じないわねえ、ぼうや」
「まったくあなたという人も変わりませんな。私が子供のころ会ったままだ。父上がまだ生きていたころからおおやけに訪問してくださいといっていたではありませんか」
「まじょは引退したからね。今のまじょはわたしのひいひいひい孫よ。そのだいがわりをつたえにきたのだけど、あの子を見てここがついのばしょになってもいいかと思ってね。わたしはかわいいこがせのびするすがたをみるのが大すきなのよ」
「本当にこのまじょ……元まじょどのは騒動ばかり……」