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爪痕

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「すみません。」

「はい。なんでしょう。」



王都のゴタゴタが収まって3日目。

王城に一人の女性が訪れていた。

そんな女性に門番も通常通りの対応をとる。


一般市民や学生には、まだ警戒は続いていると伝えてはあるが、軍や国に仕える者たちはすでに脅威が去っていることを知っている。

そのため、外部から訪ねてきた人間に対しても、さほど警戒はしていないのだ。


「キュミラス・ロウ・ダーマに会いたいのですが。」

「師団長にですか?」


それでも流石に守りの要となる宮廷魔術師団長に会いたい、と言われれば、はいそうですか、と言うわけにはいかない。

一瞬にして固まった門番に女性は、懐から一枚のカードのような物を取り出し、にっこりと微笑む。


「申し遅れました。私、国立古代魔術研究所所属の、ヒューナ・ロウ・ダーマと申します。」

「!!!失礼いたしました!!少々お待ちください。」


女性の名乗りに、一気に緊張が増した門番。

バタバタと遠ざかる足音を聞いて、女性……ヒューナはふぅ、とため息を吐いた。



「だから、面倒なんだよね…。」


通常時なら、魔道具……それこそ、電話のような通信用の魔道具で連絡を取るのだが、一応解決したとはいえ王都ではゴタゴタが続いているのだ。それは宮廷魔術師団でも同じこと。仕事の迷惑になりかねない。

そんな中でも父であるキュミラスを訪ねてきたのは、早めに報告したいことがあったからだ。だからこうやって休み時間を狙って訪れたのだが。



「ヒューナ。」

「お忙しい所、申し訳ございません。」

「いや、休憩中だから大丈夫だ。こちらこそ済まない。」


そろそろ50歳に手が届くというのに、全く衰えを感じさせない父。そのやたらと逞しい背中を見つめながら歩く。

ちなみに同じく宮廷魔術師団に所属している母は、本日別の場所で仕事をしているらしく、残念ながら不在である。



さて、小さな談話室のような部屋に娘を通した後、扉の施錠を確認するとキュミラスは無言のまま扉に術をかける。念のため、といったところだろうか。



「例の噴水の調査が終わりました。結果がこちらです。」

「ああ。」


ヒューナが差し出した紙の束を受け取ると、キュミラスは無言のままそれを読み始めたが、半分くらい読んだところで眉間の皺が増える。


「やはり水質が戻らないか…。」

「はい。」


そのまま最後まで書類を読んだキュミラスだったが、表情は晴れない。どうやらいい報告は無かったようだ。


「あの噴水は、自然の湧き水を利用しているのだが……それ自体が光の魔力を帯びているんだったな。」

「はい。なので例の魔人が自分の魔力を送り込んだことにより、その源泉が病んでしまった可能性が高いです。」


二人が話しているのは、先日魔人が討伐された場所にあった噴水の事である。

強いものではないが光の魔力を纏っているため、あそこは聖水の噴水と呼ばれていた。しかし、魔人が魔力補給のために水に自らの魔力を流し込んでしまったせいか、今では光の魔力がすっかり失われてしまっているのだ。

そのため、魔道具や古代魔術のエキスパートである国立古代魔術研究所の出番となったのだが、自然にあるものを利用している噴水だったため、なかなか原因の究明とまではいかないのであった。


「…その源泉がどこにあるかだな。それに、魔石なのか、精霊なのか。」

「はい。なので、協力をお願いしたいと思いまして。」


娘の言葉に、今度はキュミラスがふぅーっと息を吐く。

その表情は暗いままだ。


「一応聞いてみるが………あまりあてにはならないな。あいつらに事細かな説明をして、さらに指示を出すというのは結構骨が折れる。」

「そうなんですか?」

「目の前にあるならともかく、町中だからな……。」


私が調査に行くならともかく、という父の言葉にヒューナもうーんと唸る。

父に直接会い、しかも人に話を聞かれないようにしたのはこのためだ。


精霊に直接聞く、という力業を行える人間など、ヒューナは他に聞いたことがない。


しかし、国の中枢を担う大役を仰せつかっている父である。そう簡単に王城を開けるわけにはいかない。

それに、この見た目だ。町中を歩くと単純に目立つ。極秘調査などもってのほかである。


それは父もわかっているらしく、二人してどうしたものかと考え込んでしまったのだ。

しかし、そこでキュミラスが「あ、」と声を上げたことにより、ヒューナもはじかれた様に父の顔を見上げた。


「どうしました?」

「一つ案が浮かんだ。」

「はい?」

「私の代わりに調査できそうな者がいる。」


にやり、と笑う父の顔を見て、ヒューナは驚愕に目を見開いた。











「と、いうわけだ。」

「ええ……。」


はい、私は今、キュミラスさんに呼び出しを喰らい、学校の応接室にいます。

いつもの通り図書室で本に夢中になってたらいきなり声が聞こえて、正直ビビりましたよ。


そして来るように言われた部屋では何故かカナハさんと、知らないお姉さんがいて更にビビりました。



「こうやって、直接会うのは初めてですな。」

「ええ。ほんと。いつか話してみたいと思っていたわ。」


にこやかに挨拶を交わすキュミラスさんとルダ様。いつか話してみたいってお互いに言ってたからね。いい機会ができてよかったですね。



「あらためてお願いしたい。ここから動けない私に代わって調査をしてほしいのだ。」

「で、でも、外出禁止令は?」

「あれは明後日には解除される予定だ。調査はその後でいい。」

「はあ。」


おお、やっと解除か。正直校内の授業ばっかりで少々退屈してたから、これは地味にうれしい。


「あの噴水の水は、学校の授業で使われる聖水などにも使われているんです。」

「そうなんですか!」


説明してくれるのは、キュミラスさんの長女、ヒューナさんだ。

先日娘さんがいるとは聞いたけど、まさかこんな形でお会いするとは……。


「あ、でもカナハさんがいるなら私いらないんじゃ……。」


光の魔力の事なら、ルダ様いれば解決じゃね?他の精霊さんよりずっと話通じるし。

しかし、それを否定したのは当のルダ様だった。


「うーん、たぶんサラが呼ばれたのは、私とそこのお嬢さんの通訳の為じゃないかしら。」

「え。」

「ああ、ヒューナには説明済みだ。」

「おおう……。」


キュミラスさん……まあ、キュミラスさんの娘さんはお父さんの能力知ってるみたいだし、私の能力がバレても特に問題はない、か?


「はは、すまんな。緊急事態と言うことで勘弁してくれ。」

「ごめんなさい。こういうところ結構いい加減な人で。」


代わりにヒューナさんに謝られ、私はブンブンと頭を振る。

ヒューナさんは、クールな目元がキュミラスさんに似てないわけじゃないんだけど……スラっと背が高く、金色のストレートロングヘアの美人さんだ。当然マッチョではない。

そしてそんな美人さんに謝られたら、それ以上何も言えまい。


しかし…そうか……通訳か……。


「つまり、カナハさんの声がちっさいのが原因と。」

「………すまん。」

「ごめんね。しかもこの子人見知りで。」


ルダ様がカナハさんの額を叩きながらそうおっしゃる。

カナハさん、完全に子ども扱いだね。



「まあ、後はお前に色々見ておいてほしいというのもある。」


キュミラスさん曰く、例の噴水は例の魔人(例ばっかだな!)の終焉の地……つまり、騎士団の人が首を落として止めを刺した場所とのこと…そんな場所に子供を行かすなよ!!!


「うっ、そんな場所に。」

「そんな場所だからこそだ。お前にも実際に見て確かめてほしい。魔人がどうやって術を張るかを。」

「術?」

「調査が完全に終われば、噴水の周りの痕跡も浄化して無くなる。その前に見ておいてほしい……今後の為にも。」

「痕跡……。」


この場合の痕跡っていうのは、たぶん血痕とかそういう生生しいものの事ではなくて、魔人の術の痕跡を言っているのだと思う。

そうか、今後魔人が発生した時の対処に繋がる可能性があるってことか。

しゃあねえ、そういうことなら行くとしますか。気は乗らないけど。


「まあ、血痕や戦いの後も残っているだろうがな!!!」


はっはっはっ、と笑うキュミラスさんはいつもよりテンションが高い。娘さんがいるから張り切ってるのかな?

何とも言えない表情で黙り込んだ私に気づいたヒューナさんが、大樹のようにぶっといキュミラスさんの背中をばん、といい音をさせて叩く。



「ごめんなさい。でも父は自分がそうだったように、貴方にも知っていてほしいんだと思うの。他の人にはできないことだから。」



かつてガラドゥール老師がそうしてくれたように。

そう言って微笑むヒューナさんの笑顔はきれいだけど、ちょっぴり悲しいものだった。



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