魔人を狩る者
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『気づいていたか。』
(精霊さんたちが騒いでたので。)
『ああ。あいつらも異変に気付いている。』
当然ながら、キュミラスさんの周囲の精霊さんもいち早く異変に気付き、知らせてくれたらしい。
精霊さん達は魔力の乱れや変質には誰よりも敏感だ。
(魔王じゃないけど、魔人ですか。マジで。)
『…ほぼ間違いないだろう。全く…私も久しぶりだ。』
その言葉に込められた感情を感じ取った私は返す言葉がなくなる。だって前の話を聞いてれば……ねえ。
『安心しろ。学生ではなさそうだ。目撃者の情報を総合すると、30代くらいの男らしいからな。』
私の不安を感じとったのかキュミラスさんがそうフォローする。い、いや、私も別に友達がそうなったとかそういうのを心配してたわけではないのですが。
しかし、こういうところに器の大きさが現れるよな。
自分の平穏生活プランが怪しくなったことに動揺する自己中な私と、国にとって最後の砦というような立場でありながら、たまたま知り合った一学生の私の心まで心配してくれるキュミラスさん……自分の(いろいろな)意味での小ささを思い知り地味にへこむ。
『私たちが出ることはなさそうだが……まだ、犯人を確保できていないのが気がかりだな。』
(魔物は討伐されたって聞きました。)
『ああ。雷光の連中が始末した。さすがの手際だ。こう言っては何だが、そこらの冒険者を同じ数集めても彼らほど頼りにはならなかっただろう。』
そういえば、彼らは国の要請で滞在してるんだっけ。決めた人達グッジョブである。
『とにかく、気をつけろ。奴らは普段は市井に紛れて普通に生活していることが多い。特に完全に魔人化してしまうとむしろ魔力が安定してくるせいか、狂化した状態より見つけづらくなるのだ。』
(え、なんか、すごいお城とか、アジトとか作って世界征服とか…)
『?お前は何の話をしているんだ?』
(え、じゃあ、何が目的で?)
『それはそれぞれ違うだろう。だが……私の知り合いの場合は、本当に誰にでも起こりそうなことがきっかけだったようだ。』
(…。)
『上官に人の目の前で馬鹿にされたことや、恋人と理不尽に引き離されたことや。』
(え。)
思った以上に俗っぽい話だった。
人の心はそれほどにデリケートで、弱いものと言うことだろうか。
ていうか、どの程度の魔力の乱れとか心の乱れで魔人化するのやら。それも人それぞれなのかな?
『まあ、今は時間がないからその話はまた今度だな。しかし…やっぱりお前もそういった類の話は好きか。』
妻や娘も隠してはいたが、興味深げだったとつぶやくキュミラスさん。
娘さんがいるのか。まさかキュミラスさんみたいじゃないよね。
『まあ、今回は警告だけだ。私ももう行かねばならない。……ああ、そうだ、言い忘れるところだった。』
(?)
『魔人は、「出る」ものだ。「なる」ものではない。』
(!!!)
そう念を押してからキュミラスさんとの念話が途切れる。
はい。一応私も前世から合わせるともう30年は生きているから気付きましたよ。
(そう。魔人は、なるんじゃないくて、出るもの。出る出る出る。)
頭の中で言い聞かせるように繰り返す。
私とキュミラスさんは魔人は魔力暴走の結果、変異した普通の人だということを知っている。だが、一般的には魔人は魔人という別の種族という認識である。
そう言えば、宮廷魔術師団にもかつて魔人化した人がいたって言ってたけど、その場合どうしたんだろう。人のふりをした魔人が紛れ込んでいたということにしたのかな?
家族だって、いるよね?
そう考えると、一気に心拍数が早くなる。
(ひ、秘密裏に処理?げー、闇の部分を知ってしまったか?)
引っ越しさせて名前を変えさせるとか、せめて国外追放くらいに留めてほしいものである。
「ああ、ヒューリー、パウェル、ディアンヌ…。」
不自然なほどに静まり返った町の石畳に、一人の足音が響き渡る。
王都に、夜間の外出禁止令が出たため、いつもなら人通りのあるこの通りも、他の人間の姿は無い。
だからこそ、ゆっくりとふらつくようにあるくこの男の姿は異様だった。
だらだらと歩く男の足元に、深い影が落ちる。
いや、影どころではない。闇だ。
男の歩いた後にはまるでびしょぬれの人間が歩いた後のように、黒い足跡が残っているのだ。
そして、王都で魔術を学んだ者なら容易に気づくであろう。男の通った後は、濃厚な闇の魔力が残っていた。
しかも、男はただだらだらと、めちゃくちゃに歩いているわけではない。
それは彼の通った後を見ればすぐに分かった。
彼は、町の噴水を囲むように歩いていたのだ。
小さな公園の、光の魔力を含んだ小さな噴水。
普段なら町の人の憩いの場として親しまれているその場所は、今、闇の魔力に取りつかれた男によって恐怖の舞台と化してしまっている。
そして男は、のろのろと噴水の前まで来ると、躊躇うことなくその両手を溜まった水の中に突っ込んだ。
目を異様な形相でカッと見開いた男は、小声でつぶやきながら、今度は自らの魔力を腕にまとわりつかせる。
「ジネット、レン、……。」
噴水の水は、微弱ではあるが光の魔力を含んでいる。
対して、男が纏うのは闇の魔力。
相反する属性の魔力同士のため、そこにはせめぎあいが生まれるが、男は更に体中の力を両腕に集中させ、魔力を放出する。
やがて噴水の水は、光の魔力を失ってゆき、徐々に闇の魔力が広がっていく。
「!」
だが、そんな男の行動は突如中断させられることとなる。彼は突如その場から勢いよく飛び退いた。
先ほどまで立っていた場所には、ぼんやりと輝く矢が一本突き刺さっている。
「うわ、こいつかよ。」
「…魔人だな。」
あまり緊張した様子もなく現れたのは、三人の男。
雷光傭兵団の面々である。
「こいつが魔物を召喚したんですかね?」
「魔力の質からしてそうだろうな。カナハ、アルフェ、油断するなよ。特にアルフェ。」
「ギースさんには言われたくないッスね!」
まるで子供のように、アルフェは隣に立つ銀髪の男に反発する。
カナハより少し背の低いその男は、年齢は30台半ばぐらいだろうか。暗闇で白く輝く銀髪と、冷たそうな青い目が印象的だ。
「あらあら、もうほとんど完全に魔人化しちゃって…。」
カナハの頭にしがみついたルダがため息とともに男を眺める。
精霊である彼女には、男の魔力がよーく見えるのだろう。
「……噴水の魔力を喰ったつもりか?」
「あの状態じゃ、きついでしょうに。」
この噴水、引いている水脈自体が魔力を含んでいる。
光の魔力を含んだ水だが、魔力には違いない。精霊や自分の力で魔力の変換を行えば、異なる属性の魔力に変えることも可能である。
だが、無属性状態と言われるまっさらな魔力を変換するより、別の属性の魔力を変換する場合、どうしても術者の消耗が大きくなる。場合によっては逆に損をしてしまうくらいだ。
事前に噴水を闇の魔力で囲ったのは、その辺の消耗を少しでも抑えるためだろう。
「ふん、魔力の供給ですかね。」
「あれだけの魔物を召喚したんだ。消耗もするだろ。多少の無茶はするさ。」
そう吐き捨てるように言いながら、ギースは自分の剣に魔力を纏わせる。
聖属性でも闇属性でもなく、強化魔法のみだ。その制御は見事、の一言である。
「なぜ邪魔をする!!」
男が吠えた。
と、同時に口からは闇の魔力が漏れ出してくる。黒い靄のように見えるそれは、彼が既に普通の人間とは異なる存在となりかけていることを現わしていた。
「うわー、言葉に魔力乗せちゃうとか。もう、あれだと呪詛ね。」
「……。」
ルダが眉間にしわを寄せてカナハに注意を促す。
カナハも承知しているらしく、自分と他の二人の体に光の魔力で防壁を纏わせる。
「お、気が利くな。」
「アルフェ、右は頼む。」
「わかりましたよ。」
「カナハもいけるか。」
「はい。」
普段、集団で戦う時はそれぞれの隊を率いる彼らではあるが、三人で行動するときはやはり年上のギースがリーダー役となる。
そのあたりの序列がしっかりしているのも、この傭兵団が他とは違う点の一つであった。
「ふんっ!」
「うおぉぉぉおぁああああっ!」
言葉にならない叫び声を上げながら魔力をまき散らす男の足跡からは、どろどろとした生物……黒いゲル状の魔物が次々と生まれていた。
それは噴水の周りに付けられた足跡も同様である。しかし、彼らはそれをわかっていたのか、うろたえる様子はない。
「…。」
まるでボールを転がすように光と炎の魔法をカナハが放てば、魔物はあっさりと燃え尽き、消滅していく。
光の精霊から直接指導を受けているカナハである。このくらいの術は朝飯前だ。
「くそぉぉぉぉおおお!!!お、お前らのせいだ!!!」
ガキンッと鋭い音が、ギースと男の剣から放たれる。
魔力を纏わせた激しい戦いは、剣から火花だけでなく、魔力も激しく散らしていた。
「お前らがいなければ、ディアンヌも!!レンも!!オスカーも!!」
既に平静をすっかり失っている男は、めちゃくちゃに剣を振り回し、力いっぱいそれを叩きつけた。
苛烈なその攻撃に、流石のギースの眉間にも皺が寄る。型も何もないため、逆に軌道が読みづらいのだ。
だが、それが長引く前に、男の腹に矢が突き刺さる。
先ほどと同じように光の魔力を纏ったそれは、物陰に隠れたアルフェが放ったものだ。
よろめいた男の左太ももに、間髪入れずもう一本矢が突き刺さる。
魔人の動きはそこで止まった。




