初めて感じる感覚
いつも冷静な彼女がひどく取り乱した様子だったから、私は有無を言わさず部屋に引っ張りこんだんだけど、その時聞いた話がいつの時代だよ!と突っ込みたくなるような内容だった。
一言で言えば、ルゥナちゃんとほぼ同じ状況。
親から、大学を辞めて地元の資産家のおっさんと結婚しろと電話があったらしい。
その時初めて聞いたんだけど、彼女の親は大学進学を大反対していたとのこと。
彼女があれほどバイトを頑張っていたのは、親からの援助がないため、奨学金とバイト代で学費と生活費を賄っていたからとのこと。
それ以外にも、授業料の免除を受けるため、アルバイトに明け暮れながらも必死に成績を保ったり、なるべく教科書を買わなくて済むよう、古本屋や先輩のツテを頼ったり……それ以外にも色々苦労しているとのことだった。
同時に、まだ一年生だったのにも関わらず既に就職に向けて具体的な行動を進めていたらしい。
そこもルゥナちゃんと一緒だね。
寮を選んだのも、家賃の関係もあるけど、部外者は親でも入れないところが決め手だったらしい。
昼間のルゥナちゃんの叫び声を聞いたとき、彼女とルゥナちゃんがダブって見えたんだ。
…私は先に死んじゃったけど、元気にしてるかな。
無事に地元から離れたところで暮らせてたらいいと思うんだけど。
おっと話がそれた。
ルゥナちゃんは、他の子に囲まれて話を続けている。
まだ若干戸惑いはあるみたいだけど、今までの余裕のない表情とは違う。
やっぱり、一人で全て解決するのは困難だもんね。
うんうん。本当に良かった。
「宮廷魔術師以外にも、騎士団所属の魔術師っていう手もあるよね。」
「神官は…。」
「神官って結構地元に戻る人多いらしいよ。近所のお姉ちゃんがそうだった。」
「あー。そこ出身だからそこの神殿に行け!っていうこともあるのか。それじゃだめだな。」
それにしても、みんな結構詳しいな。
ていうか、私が知らなすぎるのか。
「地位で言えば、実際は分からないけど、やっぱり王様の近くにいる宮廷魔術師が一番なのかな。」
「そうかも。」
「でも、あっちこっちで戦ってるから、騎士団の人の方が強いんじゃない?」
「貴族出身とか。」
「でも、第三騎士団の…。」
あ、話がそれてきた。
まあ、逆に言えばそれだけ皆馴染んできたということだろう。
「やれやれ、なんとか落ち着いたね。」
「よかったー。」
ぼーっとしてたら、隣にいたグレッチェンちゃんとルカちゃんが口々に安堵の声を漏らした。
確かに、一時はどうなることかと思ったけど、皆分かり合えたようでよかった。
「でも、もう将来の事あんなに考えてるんだね。宮廷魔術師かぁ…。」
すごい。進路のことなんて私、ちっとも考えてなかった。
そういえば、日本にいたころもまだ就職について具体的な事はまだ何も考えてなかったな。
彼女やルゥナちゃんからしたら、私は相当な暢気者だ。
「え、私もう決めてるよ?」
が、隣から聞こえたその声に私は驚いて振り向く。
「ルカちゃんもう決めてるの?」
「うん。」
あっさりうなづかれて、ちょっと動揺してしまう。
「ちなみに?」
恐る恐る尋ねれば、ルカちゃんは当たり前のように胸を張って堂々と話し始める。
「私んち、宿屋じゃない?」
「うん。」
ルカちゃんの家は、王都の北側にある都市、シュノーブルで宿屋を営んでいる。
ここに来る前は結構おうちのお手伝いもしていたらしい。
「王都の宿屋ってさ、時々妙に値段が高い宿があると思わない?」
「あー。確かに結構値段にバラツキあるよね。そういえば何なんだろ、あれ。」
前世で言うラ●ホのように(ひどい例えだ)、街中の宿屋の中には、表の看板に『一泊●●グレ(この国の通貨単位だよ)!!』とか表示されている場合が多い。
大体の相場は300グレくらいなんだけど、時々700グレとか、下手したらもっとする宿がある。
今まで深く考えたことも無かったけど、アレ何が違うんだろう。ゴージャスなのかな?でも冒険者向けの宿に見えるところでもそういう宿があった。うーん。
「ああいう宿ってさ、宿にお抱えの治療師や薬師がいるんだよ。冒険者向けに。」
「そうなの!!?」
「うん。普通の宿も寝具に特殊な魔道具使ってるから多少の疲れとか軽い傷ならふさがるんだけど…高い宿だと本格的な治療もしてもらえるし、宿で薬とかのアイテムも買えちゃうんだ。
町のお店だと、夜遅くとか朝早くはやってないからね。冒険者は特に重宝するんだよ。でもあれってグレードの高い一部の宿だけだから、シュノーブルには無いんだ。」
おお、宿に泊まるとHP・MP回復するってやつか!まるでゲームみたいだけど……そっか、そういう仕組みなのか!
ちなみに、この世界も正規の方法で薬を販売する場合、免許…というか薬師ギルドの認可をもらわなければいけない。この辺日本のドラッグストアを思い出したよ。
しかし…それなりの町だというシュノーブルにもそういった宿はないのか。ちなみにラクラエンでも聞いたことない。一応近くにダンジョンあるのにね。
まあ、薬も取り扱え、更に回復魔法を使える人材を確保するなんて、王都じゃないと難しいかも。特に一般の学校では回復魔法は教えてないし。薬師も同様だ。
「そこで!!」
と、突然ルカちゃんは身を乗り出し、私に詰め寄ってくる。
いきなりどうした!!!
「私が両方をできれば治療師や薬師に払う給料は削減できる!!その分経費が浮くから王都の宿と同じサービスを王都よりお客さんには安く提供できる!そうなれば宿のお客は増える!シュノーブルに来る人も増えるかもしれない!!!一石二鳥どころか一石三鳥にできる可能性もあるの!!」
「お、おう。」
す、すごい、しっかりしている。
まだ子供なのに、商売人の目をしている…。やる気がみなぎってる…。
が、そのギラギラした目を突然悲しげに伏せると、ルカちゃんは何かを思い出すように息を吐いた。
「それにさ、教会や神殿だと夜間は治療してくれないから、時々治療してもらえなかった人がそのまま死んじゃったりするってこともあるんだよ。薬だってそう。」
「ルカちゃん…。」
宿の主なお客さんは、商人や冒険者だ。
彼女は、そういったつらい経験をしているのかもしれない。
(『死』か…。)
痛みの自覚が無かったから、今まで実感することも少なかったけど、私だって若くして一回死んでいる。
父も母も、友達も…悲しんだだろう。
身内や友人でなくとも、知っている人間が亡くなるのは胸に来るものだ。
宿屋と冒険者という間柄でもそれは同じだろう。もしかしたら馴染の客だったかもしれない。仮に一度会っただけでも、朝見送った客がそのような事態に陥れば、そりゃやりきれない気分になるだろう。
それをルカちゃんはどうにかできないかと考えたわけだ。
当たり前だけど、皆を救うことはできない。だけど、それでも自分の手の届く範囲だけども何とかできないかと考えたのだろう。
自分の認識の甘さを反省する。
生きてきた年数は自分の方がずっと多いはずなのに、こうなるとどっちが年上かわからんな。
(…私には何ができるだろうか。)
今のところ成績など平凡にも程がある私である。
特技…特技…精霊さんが見えるくらいしか…しかもそれを生かせているかどうかは非常に疑問である。
(何か探さないとな。)
この日、私は初めて自分の将来について焦りを感じた。
それは前世からを通しても初めて感じる、むず痒いような……不思議な感覚であった。




