第9話 Side 吸血鬼シェヘラ
(しかし、この男も変な男じゃな…)
吸血鬼シェヘラは黒い鎧をまとった男の頭上で思案していた。案外気遣いができる男なのか、彼女を担ぎ上げる時に男は兜をどこかへしまい、背中のマントを丸めて肩にかけ、肩車されるシェヘラの足が痛くないように工夫していた。さらにご機嫌にシェヘラの知らないメロディの鼻歌を歌っている。
(わしをあの危機的状況からさっそうと助け出してくれるし、それどころかふつうの少女扱いじゃったなあ…)
自分と女騎士の間にショクが割り込んできた時のことを思いだし、シェヘラはクスッと笑った。女騎士とともにポカンとした表情を浮かべていた自分が、命の危機が去った今になると、おかしくてたまらなかった。
(真祖であるわしを前にしても全く動じないし、それどころか…ぷ、ぷろぽーず紛いのことまでしてくるし…)
ここで恥ずかしくなったのか、目の前の黒髪に少し顔を埋めるシェヘラ。ちなみにその黒髪の持ち主は突然のことに動揺し、先ほどまで歌っていた鼻歌を途切れさせていたが、何とか心を静め冷静さを保とうとしていた。
その可憐な外見とは裏腹に、吸血鬼の中でも最強の力を持つ真祖の吸血鬼であるシェヘラは、人間魔物問わず今まで多くの者に恐れられてきた。さらに、その力を当てにしてすり寄ってくるものは少なからずいたが、守ってやるなどどいわれたことは皆無だった。それ故この肩車という気安いスキンシップも彼女を全く恐れていない証として、シェヘラの心に刻まれたのだった。
ちなみにその肩車をしている触手男は、彼女が高位の吸血鬼であることに欠片も気付いていない。真昼間に平気で動ける吸血鬼は真祖以外にありえないというのがこの世界での常識であるが、この男にそのような常識は備わっていなかった。最も気付いたとしてもこの男は「ふーん」と一言言って終わりであるだろうが。
(し、しかし先ほどの言葉が本気なら、わしも考えるのもやぶさかではないいうか、なんというか…)
先ほどのプロポーズ紛いの言葉を思い出し赤面するシェヘラ。しばらく顔を赤らめた後、何とはなしに、目の前の黒髪の束を少しクイクイと引っ張ったりしている。
(まあ、とりあえずは身を落ち着けるのが最優先じゃな。しかし、あやつのとこに足を運ぶのもひさしぶりじゃなあ…)
これから行く先を頭に浮かべたシェヘラは、更に機嫌を良くし、足をプラプラさせているのだった。
この時、シェヘラの何気ない行動一つ一つによって、触手男の鼻歌は乱れに乱れていたのだった。