第5話 Side 魔王?シェヘラザード・アイン・ゼッケンドルフ
業の深い男、いや触手が丘にいた時、時を同じくして魔王城の中。大きな玉座の設置されている謁見の間にて1人の人型の魔物と大勢の人間が対峙していた。
「くっ、わしもここまでか」
「はっ、魔物の総本山と言っても大したことはないな。貴様の部下たちも愚か者ばかりだったぞ」
玉座の前で片膝をついている魔王とそれに対峙する人間側の隊長格である女騎士。焦燥の表情を浮かべる魔王と勝ち誇った表情の聖騎士は現在の状況の縮図と言っていいだろう。
魔王シェヘラザ―ド・アイン・ゼッケンドルフ。この世界を恐怖のどん底に追いやった大魔王……と言うわけでもなく、魔物の中でも平和を好む種族を集めて先祖伝来の城に匿い穏やかに生活していた、人間で言えばただの一貴族である。その外見は幼気な少女の姿をしており、とても美しい。もちろん魔物であるので、見た目と実年齢は一致しないが。透き通るような白磁の肌と黄金に輝く鮮やかな金の髪。髪は二つにくくって後ろに流したいわゆるツインテールの髪型である。宝石のルビーを彷彿とさせる瞳が更にその美しさを引き立てており、気の強そうなつり気味の目つきも相まって、その手の趣味を持つ者にとっては垂涎の見目をしている。そして背中からは蝙蝠のような大きな悪魔の羽根が左右一対で生えている。
そんな彼女のもとに魔物は悪、集まって何か人間に害を為すに違いないという考えの元攻め入ったのは、この世界最大級の大きさと戦力をもつ神聖フォルトレイス王国。人間側の最大規模の国であり、人間界の覇権はおろか、今や魔物の世界さえ切り取ろうとしている国である。
「さっさと降伏してくれるとこちらとしても助かるのだが、なッ!」
言葉を言い終えると同時に女騎士がその手に持った片手剣で魔王を斬りつける。それに対し魔王がボソボソとつぶやくと、キンッという甲高い音とともに剣が弾かれ、女騎士は咄嗟に距離をとる。
「はあ、はあ、同族が、逃げる時間程度は、稼がねばな…」
斬撃に対し、魔法で出現させたシールドで何とか攻撃を防いだ魔王。だがその表情からもそれが長続きしないことは明白だった。内心彼女も、もう役目は十分果たしただろうと諦めていた。
「小癪な…まあ魔力が尽きるまで攻撃し続ければいいだけだ。さあお前たち、行くぞ」
玉座の間に居た大勢の騎士たちが魔王に殺到しようとしたまさにその時、それは現れた。女騎士の目の前の空間が歪み、ギチチッというくぐもった音が響く。女騎士が咄嗟に軍勢を止め、その様子を訝しげに見つめるとパリーンとガラスが割れたような音がした後に虚空から漆黒の鎧をまとう存在が降臨する。
「それ」がまとう光沢の無い暗黒の鎧は、さながら惑星と惑星の間に存在する原初の闇、色の無い黒のようであり、「絶望」という言葉を具現化したような存在であった。魔王と女騎士のちょうど中間地点に割り込むように現れた「それ」は、無言のまま圧倒的な存在感を放っている。
(な、なんだこの禍々しい気配は…。多くの魔物を相手にしてきた私でさえ、ここまでの存在に会ったことはないぞ!?しかも今転移魔法で現れなかったか!?)
(こ、ここまで力を持つ同族はわしの知り合いにもおらんぞ!?何者じゃ、この莫大な魔力を持つ者は!?)
驚愕の表情を浮かべる女騎士と魔王。その表情もさることながら、思考も同じような混乱に見舞われるのだった。つまり、この存在は何者なのかと…。