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密談[2]

 トバルカインは強引に話題を切り替えた。

「ヨシュア、おまえ、あれから何をしてたんだ?」


 ――十年前、ヨシュアがマハナイムを去ったのには、ある理由があった。


 ヨシュアは当時、書記官として領主エフラムに仕える立場だった。トバルカインも騎士見習いとして城内を行き来していたため、当時の彼の事もよく知っている。相変わらず周囲と馴染めないながらも、仕事はそつなくこなす、そういう人物だった。

 そんなある日、教皇より大陸中に勅命が下った。それは、「砂漠海賊ムーサー一味を討伐せよ」というものだった。


 砂漠海賊ムーサー一味。以前より多額の懸賞金が掛けられている厄介な海賊ではあったが、海賊討伐で勅命が出されたのは、前代未聞だった。そうせざるを得なかった理由は、ムーサー一味が「軍隊」を専門に狙っている海賊であるからだった。

 国家の権力の要とも言える軍が、海賊ごときにしてやられては面目丸潰れである。……という表面的な理由だけではない。皇国としては、武力を聖都一局に集め、地方都市の武装は最小限にとどめたい。そのため、武器の製造を徹底的に管理していた。

 しかし、皇国軍から奪われた武器弾薬が商品として裏市場へ出回り、地方都市が暗に買い集め、軍備を増強すれば……。そのバランスが崩れ、謀反の可能性が出てくる。皇国にとって、国家の存亡に関わる一大事だったのだ。


 勅命を聞き、真っ先にヨシュアが名乗り出た。――半年、時間をもらえれば、必ずムーサー一味を壊滅させてみせる、と。

 ヨシュアは家族全員を海賊に殺されている。その為、海賊に対する憎悪の念は、人一倍どころでなく強い。それを踏まえ、エフラムはヨシュアにムーサー討伐を命じた。

 ――ところが、ヨシュアは兵士も武器も要求せず、忽然と姿を消してしまった。

 彼に好感を持っていない連中は、大口を叩くだけ叩いて逃げたと嘲笑った。しかし、トバルカインはヨシュアがそのような人物ではないと知っており、彼からの連絡を待った。

 そんなトバルカインにも一向に音沙汰なく、やがて半年が過ぎようとしていた。そんなある日、酒場でひとり酒を飲んでいると、見るからに柄の悪そうな男が因縁をつけてきた。……しかしそれがヨシュアである事に気付いた時、トバルカインは心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 ヨシュアは、酔いに任せて絡むだけ絡むと、千鳥足で酒場を出て行った。

 トバルカインは、何か意図があると確信し、あえて後は追わず、いつも通り飲んで、いつも通り帰宅した。

 ……玄関でマントを脱ぐと、案の定、襟元に小さな紙片が挟まれており、ムーサーが次の仕事をする予定が書かれていた。

 トバルカインはすぐさまエフラムに報告し、討伐隊を結成、現場に罠を張り待ち構えた。そして、予告通りにムーサー一味が現れ、急襲に成功したのだが……。

 ムーサー一味の方が一枚上手で、残念ながら取り逃がしてしまった。

 しかしその後の追跡で、これまで全く不明だったアジトが判明し、大量の武器も押収され、ムーサー一味は壊滅に至った。


 マハナイムは、その殊勲を讃えられ、皇国より多額の黄金と名誉を授けられた。それに最も貢献したヨシュアにも、賛辞が与えられる、……はずだった。

 ところが、ヨシュアが取った手段を知り、エフラムは激怒した。


 ヨシュアがムーサー一味壊滅のために取った手段。それは、内部潜入し、信用させたところで寝返る、というものだった。

 ヨシュアはムーサー一味について徹底的に調べ上げ、航海士が存在しない事に気付いた。そのため、蛇の道は蛇といった筋からムーサーに接触し、自分は優れた航海士であると欺き、まんまと一味に迎え入れられた。そして、数多くの仕事を成功させ、成果を認められて信頼を受けたところで、トバルカインへ連絡してきたのだ。

 高潔な性格のエフラムは、たとえ海賊相手であっても「裏切り」は汚らわしい行為であり、到底許すことはできない、更には、信用を得るためとはいえ、海賊行為に加担した事は、もはやヨシュア自身も海賊であると糾弾した。そして彼の役職を解き、城から追放した。


 それでも、ヨシュアはマハナイムから追放された訳ではなかったので、そのまま暮らしていても問題はなかったのだが……。

 主君の不興を買ったとなれば、父である宰相シメオンの評判も落ちかねず、さらに、主君の子息への侍従が決まっていた弟ヨナにも、悪い影響が出るかもしれない。

 また、自分の存在がヨナの家督継承の邪魔になる事も承知していた。

 ヨシュアは、ヨナをを愛するあまり、自らヨナの元を去ったのだった。

 幼いヨナにはそれが理解できず、当分落ち込んでいたのを、トバルカインは苦しい思いで見ていた。


 「……ヨナは、随分寂しがっていたぞ」

「ああ。ヨナには悪い事をしたと思ってる。……しかし、立派に大きくなった。兄として嬉しい限りだ」


 ふたりの父シメオンは、実に公明正大な人物で、実子のヨナが生まれた後も、年長である養子ヨシュアに家督を継がせると明言していた。

 それ程に、この兄弟は別け隔てなく育てられたためか、非常に仲が良かった。ヨシュアに至っては、弟を溺愛していると言っても過言ではない。ヨナの話をするヨシュアは、普段の皮肉屋とは別人のように優しい表情をする。他に兄弟のないトバルカインには、羨ましいほどだった。


 ヨシュアは、鍋の様子を見に戻った。

「今は、宝石と香辛料を商いながら旅をしている。――俺は元々行商人の息子だ。役所勤めより、旅生活の方が性に合う」

 言いながら、ヨシュアは皿に料理を盛ってトバルカインに差し出した。

「東方の珍しい香辛料が手に入ってな。それを使った料理だ」

続く

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