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夜の訪問者[3]

 声の主をヨナだと認識するまで、旅人には少々の時間が必要なようだった。当然だ。彼がヨナの元を去って、もう十年になる。当時、ヨナはまだ幼い子供で、身長も伸びたし、顔つきも変わった。

 旅人はまじまじとヨナを見つめ、やがて唐突に抱き上げ……ようとしたようだが、すぐに無理と悟って、両肩に手を置き、満面の笑みを見せた。

「ヨナか!ずいぶん大きくなったものだ」

「もう十六ですからね」

 言いながら、ヨナは何とも懐かしい気分になった。

 幼い頃、歳の離れたヨナを、彼はよく両手で抱え上げ、頬ずりしてきたものだ。ヨナは嫌がりつつも、本当は嬉しかった。


 ヨシュア兄さん、……とはいうものの、血の繋がりがあるわけではない。

 ヨナが生まれるずっと前、なかなか子宝に恵まれなかったシメオン夫妻に、養子として迎えられたのだ。元は大陸中を旅する行商人の息子だったのだが、海賊に襲われ一行が皆殺しに遭い、唯一生き残り孤児となったところを、縁あってシメオンに引き取られることになった、と、かつて本人から聞いた。

 そのため、ヨナとは全く似ていない。ヨナは元より、マハナイムの住人のほとんどが黒髪をしており、瞳の色も黒か褐色が多い。ところが、ヨシュアは白に近い銀髪に灰色の瞳をしており、交易の盛んなマハナイムにおいても、かなり目立つ存在だった。

 十二も歳の離れた義理の兄を、しかしヨナは心より慕っていた。ヨシュアは頭が良く何でも知っていて、剣の腕も立ち、優しく、自慢の兄だった。

 ――ところが、ヨナが六歳の頃、突如としてヨナの前から姿を消した。

 父シメオンから、ヨシュアは旅に出たと聞かされたが、ヨナは理解ができず、しばらく部屋に引きこもって泣いていたのを覚えている。


 当時は色白で華奢な印象だったが、旅暮らしが長かったのだろう、日に焼けて幾分精悍な顔つきになっていた。だがその瞳の色にかつての面影を見つけると、ヨナの中で時間が巻き戻るような感覚を覚えた。


「元気そうで何よりだ、ヨナ。……父上母上は、変わりないか?」

「はい、父上は元気に宰相を務めさせていただいています。――母上は、一昨年……」

 ヨナの言葉に、ヨシュアは表情を凍りつかせた。そして俯くと、

「そうか……」

とだけ言って、肩を落とした。


 ヨシュアはそのまま膝を折ると、フードを脱いでサウルに向き直り、胸に手を当てた。

「ヨナがお供させていただいているという事は、あなた様はサウル様でお間違いないでしょうか?」

 ヨシュアがマハナイムを去る少し前、ヨナがサウルの従者となる事が決まった。それ以前から、父のお供として城内を訪れた時は、年が近い子供が自然とそうするように、一緒に遊んだりしていたのだが。それをヨシュアは覚えていたのだろう。

 サウルが黙っていると、ヨシュアは続けた。

「先ほどの非礼を、どうかお許しくださいませ。そして、挨拶が遅れました事も、重ね重ねお詫び申し上げます。

 ヨナの不肖の兄の、ヨシュアと申します。

 以前は、お父上に大変ご恩を賜っておりましたが、故あって、旅に出ておりました。何とぞ、お見知り置きくださいますよう」

 サウルは答えた。

「ヨナからかねがね話を聞いている。――しかし、このような夜分に突然帰郷するとは、何かあったのか?」

「ご賢察、恐れ入ります。――このような場所では、込み入った話をするのは不向きかと存じます」


 唐突にヨシュアが腕を振った。その手から、光るものが鋭く直線を描き横に飛んだ。

 その先で、悲鳴が上がりすぐに途切れ、ドサッと何かが倒れる音がした。

 見ると、灌木の間で、銃を抱えた男が首から血を流して倒れていた。――海賊の生き残りだろう。

「ご覧のように、この辺りは海賊が多ございます。それに、明け方あたり、風が吹くようです。詳しい話は、明朝、シメオンよりさせていただきます。一刻も早く、城へお戻りください」


 それから、馬を失ったヨシュアと一緒に騎乗して街へ戻ったのだが、ヨナはそれが嬉しかった。

 城門内に迎え入れられ、馬を降りた時、サウルがヨナにぼそりと呟いた。

「仲が良いのだな、……羨ましい」

 ヨナはハッと振り返ったが、その事について話をしている余裕はなかった。

 城門内は、サウルが行方不明になっていたため、捜索が行われていたのだろう、かなりの騒ぎとなっていた。


 サウルの姿を見つけると、真っ先に赤いマントの大柄な騎士が駆け寄ってきた。マハナイムの誇る騎兵隊で最年少の万騎将、トバルカインだ。

 彼はサウルの前に恭しくひざまずき、声を上げた。

「お姿が見えず、お探ししておりました。ご無事で何よりです」

「心配をかけて済まなかった」

 すると、サウルの後ろからヨシュアが言った。

「砂漠海賊を野放しにしておくとは、大陸随一の武を誇る騎兵隊の名折れではないか」

 その声にハッと顔を上げたトバルカインが、ヨシュアの姿を認識した。


 このふたりが旧知の仲なのをヨナは知っていた。感動の再会となるか――、と思ったのだが、トバルカインは大股でヨシュアに歩み寄ると、拳で頬を思い切り殴りつけた。

 ヨシュアは特に小柄な方ではないのだが、筋骨逞しい大男に手加減無しで殴られてはたまらず、後ろにすっ飛んだ。

 抗議の声を上げようとするヨシュアを制して、トバルカインは怒鳴りつけた。

「貴様、母君の葬儀にも顔を出さずに、何をやってたんだ!」

「――知らなかったんだ。心から反省している。明日、墓前に挨拶へ行く。……しかし、いきなり殴ることはないだろう」

 頬を押さえてヨロヨロと立ち上がり、ヨシュアはマントの埃を払った。

 それを無視して、トバルカインはサウルに、

「夜も遅うございます。さあ、お城へ戻られ、お休みになられますよう」

と促した。

 取り残されたヨシュアは不機嫌そうに首を振り、

「こんな夜分に宿を探すのは難しい。今晩はおまえの家に泊まる。用が済んだら行く」

と言い残し、さっさと行ってしまった。


 ヨナは名残惜しかったが仕方ない。サウルと共に、星明かりに黒々とそびえ立つマハナイム城へと戻った。

続く

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