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夜の訪問者[2]

 サウルとヨナは、互いに十六歳になったばかりだ。子供扱いされるのは気分が悪いが、だからと言って一人前だと胸を張れるほど人生経験を積んでもいない。


 ――ご冗談を。

 普段のふたりの関係なら、ヨナはそう返すところだが、この日のサウルの様子には、それを許さない何かがあった。


 サウルは続けた。

「今の皇国に『正義』はあるか?

 テラ神の名の元に、権益を貪り、民を虐げ、権力争いと自分の利権にしか目がいかない連中が、腐り切った政治をしている。

 ……こんな皇国に、存在する価値はあると思うか?」

 突然振られた思いもよらない内容に、ヨナは戸惑うばかりだった。

 構わずサウルは続ける。

「神なんていない。あるのは欺瞞だけだ。

 ――それをもっともらしく振りかざして、甘い汁を吸ってる奴らと、うまく騙されたフリをして、自分もおこぼれにあずかろうって奴らを、俺は許せない」

「サウル様……」

 ヨナが言葉に窮している様子を見て、サウルはニコリと笑った。

「突然、こんな事をいい出して、どうかしたのかと思ってるだろう」

「いいえ、そのような……」

「嘘つくな。……俺だって、どうかしてると自覚してる。

 でも、父の死を意識しだして、俺が領主として何をすべきか、何を残せるか、考えた時、どうしてもこの思いが心に湧き出してきて、抑えられないんだ。

 ……こんなことを話すのは、おまえだけだからな、ヨナ」

 サウルは再び夜空を仰いだ。


 当然だ。こんな話が皇国側に知れたら、異教徒としてマハナイムが撃ち滅ぼされる。そのため、敢えて夜の森という、誰にも聞かれる恐れのない場所を選んだのだろう。だが、ヨナにはこれほどに重大な秘密を持つだけの心構えが出来ておらず、動揺を隠せなかった。

「もちろん、今すぐどうこうできる話じゃない。俺が死ぬまでに、だ。そして、自由で公平な、新たなる帝国の主として、俺は死にたい。

 ――それには、俺自身がもっと強くならなきゃならない。そして、機を逃さない心構えも必要だ。

 そして何より、信頼できる仲間が……」

 サウルは視線をヨナに戻した。

「俺について来てくれるか、ヨナ?」

 そのガーネットの瞳は、強く毅然とした光を湛えていた。しかし、どこか脆さを感じさせる不安定な色も、その奥底に見えた。


 ヨナは目を閉じ、一度深く深呼吸をした。

 その刹那に、幼い頃から共に過ごした日々の情景が脳裏を巡った。

 ――物心ついた頃から、サウルとヨナはいつも一緒だった。いたずらをしてシメオンにたしなめられた時も、互いに母を亡くした時も、共に慰め合い、支え合ってきた。

 動揺はしたものの、ヨナのサウルに対する気持ちを揺るがすほどの事ではない。ヨナは心に確認すると、決意を込めて目を開いた。

「もちろんです、サウル様」

 それを聞くと、サウルは表情を緩めた。そして星空に顔を戻した。


 ふたりは無言で星を眺めた。この先の運命を示す星を探そうとするかのように。


 ……どれ程の時が流れたか。その静寂は唐突に破られた。

 森の外、街道の方角から、闇を貫く轟音が聞こえた。――銃声だ。ふたりは顔を見合わせるが早いか飛び起きた。

 音の方へ目をやると、一隻の砂漠船がこちらに向かっている。甲板に複数の人影があり、その手には、銃身の長い銃が構えられているように見えた。その構えた先には、……旅人だろうか、闇夜に溶け込みそうな色のマントを着た人が馬を駆り、森へ逃げ込もうとしているようだった。

 だが、森に入る直前、再び轟音が響き、馬がもんどりうって倒れた。すると、船上から野蛮な歓声が上がった。

 ――間違いない、砂漠海賊だ。


 「……サウル様、いかがしましょう?」

「黙って見ているという選択肢はないな」

 サウルは跳ねるように立ち上がり、迷いなく巨木を降りていく。

 従者であるヨナには、サウルを危険から遠ざける役目もある。しかし今、そんな事を考えている余裕はなかった。ヨナもすぐさま後に続いた。


 馬から放り出された旅人が身軽に立ち上がり、森の奥へ一目散に走ってくるのが見えた。海賊たちも甲板から飛び降り、それを追う。十人近くいるだろうか。間もなく、追いつかれたのだろう、剣を触れ合わせる冷たい音が聞こえた。――まずい!

 ふたりは急いだ。


 ……ところが、木を降り切る頃には、周囲は再び静寂に包まれていた。ふたりは顔を見合わせつつ、剣の柄に手をかけ、慎重に森の入り口の方向へと進んだ。

 するとそこに、ひとりの男が立っていた。夜空の色に似たマント、……旅人だ。その足元には、海賊たちの無残な姿が横たわっていた。ピクリとも動かない。死んでいるのは明白だった。

 旅人は、フードを深く被った上に防塵マスクで顔を覆っているため、星明かり程度の闇の中、その表情は全く見えない。しかし、大きく肩で息をしている様子から、相当憤っているのが分かった。

「俺の大事な馬を殺してくれたお返しだ!」

 旅人は冷たく言い放ち、左手に持った剣を振り、鞘に収めた。そしてマスクを外しながら、こちらに顔を向けた。

「こんな時間に、こんなところで子供が何をしている?」

 ヨナはその勢いに押され、一歩後ずさったのだが、サウルは負けじと声を上げた。

「おまえには関係のないことだ。それに、子供ではない!」

「ほほう……」

 旅人は一歩進んだ。そして覗き込むように2人の顔をまじまじと見た。

 ――そして、ヨナと目が合った時、叫び声を上げたのはヨナの方だった。

「……ヨシュア兄さん!」

続く

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