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旅立ち[8]

 翌日、マハナイムの街は弔意に包まれた。

 城には半旗が掲げられ、街の通りには黒い喪章が吊るされた。


 父シメオンは葬儀を取り仕切る役、弟ヨナは若き喪主サウルを支えるべく側に付き従い、親友トバルカインは葬儀の警備に当たっていた。

 ……余所者のヨシュアは、一般市民と同じく、教会の弔問の列に並んでいた。

 果てしなく続く長い行列を見れば、エフラムに対する市民からの信頼が伺えた。


 ようやく弔問を済ませ、教会を後にしようとしたところ、肩を叩かれ足を止めた。

 振り向くと、見慣れた顔があった。

「トバルカイン。……警備をサボってていいのか?」

 トバルカインは、トレードマークともいえる深紅のマントをこの時ばかりは外し、黒いマントに身を包んでいた。

「サボってる訳じゃない。怪しい人物がいるから職務質問をしてるんだ」

「ふざけるな」

 そう言いつつ、促されるまま塀と街路樹の陰へ入った。


 「……お前なら、普通に参列できただろうに」

「エフラム様が俺に見送られて喜ばれるとは思えん。……それに、無駄に波風を立てたくはない」

 ヨシュアは、城仕えの官僚たちに好意を持たれていない事は自覚していた。この先はどうなるか分からないが、故人の前で醜いところを見せるべきでないという程度の分別もあった。

 ヨシュアは街路樹に背を預け腕を組んだ。

「……わざわざ仕事中に呼び止めて、何の用だ?」

「サウル様が先程、喪主挨拶で宣言された。遠征は予定通り行われるそうだ。エフラム様の遺志に従われると。

 シメオン様は、皇国に事態を説明して、出兵を取りやめるべきだと言われていたらしいがな」

 シメオンは、謀反の動向と皇国の情勢を見極めてから対応するのがベターだと判断したのだろう。

 しかし、サウルは嫌に積極的な気がする……。

 ヨシュアは先日、地下図書室でヨナと話した時のことを思い出した。――ヨナが聞いてきた事は、もしやサウルの影響か――?

「……おまえも同行するんだろう?」

「ああ、そうなるな」

「先に言っておく。……エフラム様が亡くなってから、どうも城内の雰囲気が不穏だ。中には陰で、エフラム様は殺されただのと噂する輩まで出ている」

「……誰に?」

「………それは、言いたくない」

 聞いてはみたが、聞かなくても分かる。……タイミングの問題もあるが、サウルは、それだけ人望が薄いという訳か。

「――今度の遠征は多難そうだな」

「ああ、覚悟しておけ」

 トバルカインはヨシュアの肩をポンと叩いて去っていった。

 ヨシュアはその背を見送り、教会の尖った屋根に目を移した。

 底抜けに青い空に照らされながら、その先端に立てられた、教会、つまり皇国の紋章が、いやに翳って見えた。




 ――三日後。


 サウルの宣言通り、マハナイム城の中庭で、出陣式が執り行われた。

 庭に面するテラスに並ぶのは、新たなる領主サウル、宰相シメオン、従者ヨナ、そして宰相の代理を名乗るヨシュアだった。

 横に控える三人を見て、サウルは忌々しく思った。

 父の死以来、シメオンの様子は普段と変わりなかったが、サウルは父の死の真実を悟られたかと気が気ではない日々を過ごしていた。

 そのシメオンが、息子二人を同行させる。――詮索の目が付いてくるようで、サウルにとっては心地のよいものではなかった。

 まだヨナは、以前からの主君従者の関係があるし、素直で気弱な性格もあるため、サウルを疑う事はまずないだろう。……しかし、兄のヨシュアはどうだ?

 何もかも見抜いているような灰色の目が、サウルは気に食わなかった。何とか同行を断わろうとしたが、あまり強く言っては逆に怪しまれると思い、結局この状態となった。

 ……機をみて追い出せないだろうか。

 そんな事を考えていると、シメオンが壇上に立ち、目下に整列する兵士たちに語りかけた。


 「――誇りあるマハナイムの勇敢なる戦士たちに告ぐ。

 先の領主エフラム様は偉大なお方だった。その崇高なる遺志を、まだ若きサウル様が継ごうとなされている。

 ……その尊いお志を、何人たりとも挫いてはならぬ!

 醜言でそのお心を惑わそうする者があるならば、この私が命を賭してでも断罪する!

 マハナイムの誇り高き獅子たちよ!その誇りをいかなる時も忘れるなかれ。気高き誇りを胸に抱き、その魂を正しき道に捧げよ。

 さすれば、神が我々を祝福し給うであろう!」


 シメオンの朗々たる声に感化されたように、兵士たちは剣を振り上げ、雄叫びを上げた。サウルもそれに応え、剣を突き上げる。


 ……シメオンはよくやってくれた。人望厚いシメオンがこれだけ言えば、しばらくは妙な噂はおさまるだろう。

 ――あとは、実績で疑惑を押し潰すのみ!


 サウルは再び横に目をやった。

 ヨナは決意を秘めたような、凛々しいと言える表情で前を見ていた。普段のどこか自信なさげな表情とは別人のようだった。

 その向こう、ヨシュアは……。

 白に近い銀色の前髪の間から、氷のように冷静な灰色の瞳で、サウルをじっと見ていた……。


 時に、大陸歴九一一年、秋。

 サウル、出陣。

ようやく序盤が終わり、次話よりようやく戦記らしくなってきます。

どうか気長にお付き合いください。


続く

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