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旅立ち[2]

 ふたりきりで向き合う時間は、十年のブランクをあっという間に消し去った。

 マハナイムから出た事のないヨナは、興味津々でヨシュアの旅生活の話を聞いてきた。ヨシュアはその興味に応え、大陸各地の見聞をできうる限り語った。特に聖都ラルヴァンダードに行ってみたいらしく、ヨナは根掘り葉堀り質問してきた。

「聖都は、煌びやかで美しい、この世の楽園だと聞きました」

「……確かに、街並みは煌びやかで美しいが、決して楽園ではないな。少し人は多いが、普通の街だ」

「そうなんですか?人々の生活は豊かで、綺麗に着飾って、サーカスというのを見に行くと、トバルカイン様が言っていました。……サーカスとは、どのようなものなんですか?ヨシュア兄さんは、見たことあるんですか?」

 ――サーカスという言葉に、ヨシュアは苦い表情を隠しきれなかった。……トバルカインの奴、知りもしないくせに余計な事を吹き込みやがってと、内心で舌打ちした。

 ヨシュアは言葉を選びつつ、話しだした。

「サーカスというのはだな……」


 ――サーカス。それは、奴隷たちの命が消耗品のように扱われるのを、金持ちたちが安全な場所から見て楽しむという、鬼畜に等しい行為が行われる場所だ。

 ヨシュアも一度だけ、商売相手との付き合いで、訪れた事があった。

 見上げるほど高い場所に吊るされたロープにぶら下がり、裸同然の衣装を着た少女たちが踊る。ロープを飛び移り、火のついた棒を互いに投げ合い、逆立ちをして高速で回転する。命を惜しんだらできないような軽業ばかりだ。

 彼女たちは、どのような思いで踊っているのか。ヨシュアはとても楽しい気持ちにはなれなかった。

 そんな中、ひとりの少女が手を滑らせた。彼女を受け止めるような策は、全く施されていない。彼女は一直線に落下し、硬い床面に叩きつけられ、苦痛にもがいた。

 すると、下方のゲートが開いた。誰かが助けに入るのかと見たが、そこに現れたのは、血に飢えたハイエナの群れだった。

 横に目をやると、商売相手の豪商は、酒を片手に歓声を上げている。

 ――こいつ、人間ではない。

 ヨシュアはいたたまれなくなり、その場を去った。かなり大きな商談だったが、そんなものはどうでも良かった。胸糞が悪くて、サーカスのテントを出てから、何度も唾を吐いた。


 「……他にも、剣一本で猛獣と戦ったり、目隠しした弓使いが人の頭に乗せたリンゴを射抜いたりと、まともな神経では到底見られないような演目があるそうだ。……俺は、二度と行きたいと思わない」

 かなり言葉を選んだつもりだが、ヨナは気分悪そうに白い顔をしていた。水を飲ませて少し落ち着けてから、ヨシュアは続けた。

「マハナイムにも居るだろう。……奴隷という存在を、ヨナはどう思う?」

 ヨナは少し考えて、答えた。

「同じ人間なのに、人間にお金で売買されて、自由を奪われ働かされるって、不公平だと思います。

 ……けれど、人間は必ず何かの奴隷になっていると、父上から言われて、なるほどと思った事もあります。お金持ちはお金の奴隷だし、父上は仕事の奴隷だと」

 ヨシュアは苦笑した。

「確かにそうだな。俺だって、立派な金の奴隷だ。――だが、何の奴隷になるかを、自分で選べるか選べないかの差は、大きいんじゃないかな?

 寛大な主人の元で奴隷になるのが一番楽な生き方だと、そんな事を言う奴もいる。しかし、そもそも奴隷は主人を選べないんだよ。

 ――自分の命をどう扱うかを自分で決める権利は、全ての人に認められなきゃならない」

「そうですね。――以前から思っていたんです。セント・マグス教の教えでは、絶対神テラの元に人は平等なはずなのに、なぜこうも格差があるのかと。神は不公平です」

「そもそも、本当は神なんていないんだろうな。……それに、格差自体は悪い事じゃない。自分がどのランクでありたいかを自分で決め、自分の努力次第で金持ちにも貧乏にもなれる、その上での格差ならな。他人から押し付けられる格差は、最悪だ。

 要するに、今この世界に最も必要なのは、『自由』なんじゃないかと思う。自由こそ、公平の原点じゃないかな」

 自由という言葉に、ヨナはハッと反応した。そして少し躊躇した様子で聞いてきた。

「ヨシュア兄さんは、皇国は、このまま存在するべきだと思いますか?」

 ……ヨシュアは驚いた。ヨナがこんな話をしてくるとは、全く想像していなかった。ヨシュアが知らぬ間に、それだけ成長したという事か、それとも、何か他に思惑があるのか……。自信なさげなヨナの様子からは、それは読み取れなかった。

 ヨシュアはヨナに顔を近付け人差し指を立てた。

「そんな話を誰かに聞かれでもしたら、命がないぞ」

「ここには、僕とヨシュア兄さんの他に誰もいませんよ」

「………」

 口達者になったものだと、ヨシュアは小さくため息をついた。ヨシュアは少し考えたが、ゆっくりと答えた。

「皇国は、民の信用を完全に失っている。間もなく、世の流れが皇国にその現実を突きつけるだろう」

 ヨナはハッと息を飲んだ。

「それは、つまり……」

「巨木が倒れる時には、うかうかしてると巻き込まれて怪我をしかねない。自分の立ち位置を把握し、進むべき方向を誤らないよう、しっかりと現状を知ることが大切だ。

 ……これから世界がどの方向に向かうのかは、俺にも分からない。ヨナはまだ若い。けれども、自分のあり方を知る才覚もあるし、それを貫く力もある。自分の進むべき道を自分で選ぶんだ。そして新しい世界を作るんだ。……俺にできるのは、その手助けだけだ」

 不安そうに彼を見つめるヨナを見て、ヨシュアは心が痛くなった。――自分のしようとしている事は、果たしてヨナを幸せにするのだろうか?

続く

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