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密談[5]

 トバルカインが反応に窮していると、ヨシュアは続けた。

「皇国が行った焚書こそが、この大陸と亜大陸の文明の格差の元凶だ。このまま放置していては、人の進化の可能性すら生まれない。

 人は文明を発展させ続け、『霧の海』を消滅させるだけの進化を果たさなければならない。……それが、人類の責務だと思っている」

 とんでもない話の展開に、トバルカインの脳は回転が全く追いついていなかった。しばらくぼんやりとヨシュアの灰色の瞳を眺めていたが、やがてハッと口を開いた。

「おまえ、まさか……」

「――俺は商人だ。宝石や香辛料を主に扱ってはいるが、時には武器を商うこともある」

「貴様、何て事を……‼︎」

 トバルカインは立ち上がり、傍に置いた剣を抜いてヨシュアの眉間に突きつけた。

 しかし、彼は平然と酒を注ぎ、杯を傾けた。

「さっき言っただろう。いつかはこうなる運命だったんだ。俺がやらなきゃ誰かがやっていた。他の誰かに運命を任せるより、自分で主導権を握りたい。それだけの事だ。

 ――それより、おまえ、そろそろ自分で物事を考えろ。

 これから先、これまでのテンプレートでは対応できない事態が多発するだろう。選択を誤れば、マハナイムまでも滅びかねない。

 ……父上に聞いた。エフラム様のご容態が思わしくない事を。まだ若いサウル様をお支えするのは、おまえ達だろう」

 ヨシュアは剣先を軽く手で払い除けた。トバルカインは抵抗も反論もできず、剣を収めた。異様な喉の渇きを感じ、酒瓶ごと酒をあおる。名残惜しそうに見上げるヨシュアに、トバルカインは尋ねた。

「……シメオン様には、今の話はしたのか?」

「ああ。――亜大陸の話と、武器を売った話はしてない」

「……そうか。――シメオン様は、何と?」

「有事の際は、父上の代理として、サウル様に同行するよう頼まれた。……俺には荷が重い」

「何を言うか!自分で蒔いた種だろう。責任を取れ」

「厳しいな」

 冗談めかして言うと、ヨシュアは空の杯を恨めしそうに眺めた。そして大きく伸びをして、

「さすがに疲れた。先に寝させてもらう」

と、寝室へと消えて行った。


 ひとつしかないベッドを占領されては、トバルカインの休む場所がない。しかし、とてもゆっくり横になれる気分ではなかった。非常にうまい酒だったが、全く酔えなかった。

 トバルカインは椅子に腰を落ち着けると、皿に残った豆をつまみながら、ヨシュアの話を頭の中で整理しようとした。しかし、どうあがいても、トバルカインの脳の引き出しには、それを収めるだけのスペースはなさそうだった。

 それが悶々とした気持ちとなり、心で重く持て余していると、夜はさらに更けていった。


 ……気付くと、窓の外は明るくなっていた。いつの間にか眠っていたようだ。遠くで半鐘が鳴っている。風が吹くと鳴るようになっている、「霧」の警報だ。いくら高い防霧壁に囲まれているとはいえ、風の具合によっては、街の中まで霧が入ることもある。こうなると、しばらくは家から出られない。


 ふとテーブルを見ると、置き手紙と、文鎮代わりに何やら黒いものが置かれていた。

「何だ、これは……?」

 不可思議な形をしたそれを手に取るが、金属製で冷たくズシリと重いこと以外、全く分からない。トバルカインは手紙に目をやった。そこには、ヨシュアらしい汚い字でこう書いてあった。

『一泊一飯の礼に、亜大陸の土産を置いていく。拳銃だが、昨夜、弾は使い切ってしまった。この大陸にある弾では使えない。何かの役に立つかもしれないから、持っていてくれ』

 トバルカインは目が点になった。

 この大陸で銃といえば、銃身が長く、両手で構えなければ撃つことはおろか、持ち歩くことすら難しい、大型のものばかりだ。しかも、弾は一発しか入らず、弾の入れ替えにも技術が必要なため、武器としてあまり普及していない。

 このように、掌に収まるような小さなものは、見た事も聞いた事もなかった。

 ……それ以前に、「使えない」と明言しておきながら「持っていてくれ」とは、意味が分からない。

「ヨシュアの奴、何を考えているんだ……?」

 そう言いつつ、トバルカインはそれを腰ベルトに結いつけた。

 そして、霧が晴れたらすぐに城内の見回りに出掛けられるよう、身支度を始めた。

続く

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