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語る姫  作者: (=`ω´=)
9/12

9.「流転」

 あるとき、三番目の兄上様が数名のお供を連れてわたくしたちの部隊を訪れました。

「ジュスレヌの輿入れ先が決まった」

 どうやら、二番目の姉上の縁組みが決まったことをわざわざ伝えに来たようでございます。

「それはおめでとうございます」

「ああ。うん。本当に、めでたい。

 この国にもようやく国交とか交易をする余力が出てきたということで……」

「するとお相手は、国外の方なのでございますか?」

「そうだ。

 近く、隣国の第二王子の元に……」

「世継ぎの方ではないのでございますか?

 それなら、ややこしい事情に巻き込まれずに済みそうですね」

 他国に嫁いだ王侯貴族の八割方がお家騒動に悩まされます。嫁姑問題に悩まされる割合はほぼ十割。政に関しては、自分から嘴をつっこまない限りは無関係でいられます。

 姉上様のためにも、しないで済む苦労は少ない方がいいに決まっているのでございます。

「そうだな。うん。

 それで、婚儀にはお前も……」

「お父様は、どのようにおっしゃっているのですか?

 わたくしはお父様のおいいつけでこちらの部隊に身を寄せている身。自分の意志で勝手に持ち場を離れるというわけにもいかないのでございますが……」

「……そ、そうだな。

 その……お父上からは、なんの便りも?」

「はい。なにも。

 もう何年も、王宮からの便りはございません」

「そ、そうか。

 それでは……勝手な判断で動くわけにはいかないな、うん」

 三番目の兄上様はひとりでしきりに頷いて、そのまま辞去していきました。

 いったいなんのためにここまで足を運んだのやら。

 人一倍小心な癖に心配性なところがある三番目の兄上様ことでございますから、口実をもうけて長いこと顔をあわすことのなかったわたくしに合いに来たのだとは予想がつきました。

 それならそれで、せめて一泊くらいはしていけばいいものを。

 数日後、三番目の兄上様から大量の香水が送られてきて、わたくしはようやく三番目の兄上様の思惑を察したのでございます。

 長年の旅暮らしのうちにわたくしの嗅覚はすっかり鈍化し、自分がどのような匂いを放っているのかすっかり失念しておりました。まともに湯浴みを出来るのは大きな戦いが終わったときと人里に降りたときのみ。

 当時のわたくしは、さぞかしいい匂いを放っていたことでございましょう。それこそ、王宮暮らししか知らない三番目の兄上様がつもるはなしもしないままにすぐに帰っておしまいになるほどには匂ったはずでございます。

 なお、三番面の兄上様から送られた香水は部隊の女衆の間で公平に分配することにいたしました。


 それからいくらかの期間を置いて、今度は二番目の兄上様がやはりお供をつれてわたくしたちの部隊に立ち寄りました。

「ひさしいな、ユエミュレム」

「おひさしゅうございます。

 ヒィ兄様」

「しばらくみない間にずいぶんと日に焼けて」

「旅暮らしが長くなると、どうしてもこうしたたたずまいとなってしまいます。

 今となってはこのわたくしがこの国の末の王女であるといっても、初対面の方にはなかなか信じては貰えませんでしょう」

「いや、ユエミュレム。

 おれの目には、王宮でのそなたより、今のそなたの方がよほど魅力的に映るぞ」

「ヒィ兄様。

 腹違いとはいえ実の妹を口説いても詮無きこと」

「別に、口説くつもりもないのだがな。

 口説くといえば、どうだ? あれは。

 なかなかの艶福家だと聞いておるが?」

「勇者カンジのことでございますか?

 それはもう、見ての通りの様子でございますから……」

「他の女衆については、どうでもよろしい。

 ユエミュレムよ。

 あやつは、まだそなたには手をつけていないのだな?」

「……え?」

 あまりにも予想外の問いかけでございましたので、わたくしは思わず素で聞き返してしまったのでございます。

「勇者カンジが、わたくしに……で、ございますか?

 まさか!

 勇者カンジのそばには常に複数の女性が侍っておりますし、わたくしなどが入り込む隙もございません。

 それに、彼は……」

 自分から誰かに働きかける……ということが、絶えてない方なのでございます。

「現に、勇者カンジとわたくしとが二人っきりになった回数も、この数年で数えるほどしかなく……」

「それでは……よもやそなたが、他に懸想している相手がいて操を立てているわけではないのだな?」

 さらに、ヒィ兄様は深い場所まで踏み込んできます。

「年頃から考えれば、情人のひとりやふたり、いてもおかしくはないはずだが……」

「……どうしたのでございますか? ヒィ兄様。

 一番上のお兄様ならいざ知らず、ヒィ兄様には似つかわしくはない、この話題の選びようは?」

「おれには、似つかわしくないか? いや、確かに無骨なおれには似つかわしくはないな。うん。

 実はな……勇者カンジに、謀反の疑いをかけている一派がある」

「……………はぁ!」

 驚きのあまり、わたくしは、両の眼をまんまるに見開いてヒィ兄様の顔をまじまじと見つめてしまいました。

「あの……勇者カンジが、ですか?

 そんな……。

 そのような心持ちから、一番遠いのがあの方なのでございますが……」

 功名心も野心もなく、ただひたすら何年も自分の身を削って王国のために働いてきた勇者カンジ向かって……どうしてそのような疑いをかけるのでございましょうか!

「いや、わかっておる! わかっておる!

 あれは、上に馬鹿がつくほどの清廉潔白の人士だ。あれほど世俗的な欲望から遠い者も、また珍しい。

 おれ個人としても到底首肯できぬ疑いであると思うのだが……。

 だからこそ、それを望む声もあがるというもの。

 最初は、な。

 無責任な民の間から起こった、願望なのだ。

 あのような無私の人士が、この国を治めてくれたら……とかいうつぶやきがどこからともなくあがりはじめ、広がり……終いには、王宮に集うような有力貴族の耳にも届くようになった。

 そのような噂を聞いた王宮の者たちが、心穏やかでいられると思うか?

 少し想像してみるとよい。

 片や、大きな失政こそ犯さなかったものの、魔族の前では為すすべがなく立ち尽くすより他なかった為政者。

 片や、無力で報酬も特に求めず、魔族から土地を開放しても褒美らしい褒美を受け取る前に次の魔族がいる土地へと軽やかに移動してしまう勇者カンジ。

 民の目から見れば、どちらに自分らの上に立って欲しい思えるものか……」

「それで……これといった根拠もない謀反の噂に、諸侯がびくついているわけでございますか?」

「残念だが、そういうことになるな。

 勇者カンジが無欲であればあるほど、この王国の上の者たちは裏になにかあるのではないか。いいや、絶対になにかあるはずだと疑心に駆られてしまうわけだ」

「ほんに……為政者の方々というのは……」

「まったくだ。

 王子や王女であるおれたちがこのようにいうのもなんだが……実に、始末が悪い。

 特に、な。

 上の兄上が盛大に震え上がって、びくついておられる。

 あれもこのまま行けば、ろくな手柄を立てないまま、年功序列に従って王位を継承する予定になっているからな。

 誰よりも大きな功績がありながら、一向になにも要求してこない勇者カンジのことが、不気味で仕方がないのであろう」

「一番上の兄上様らしいといえば、じつにらしい有様なのでございますが……。

 ヒィ兄様。

 わざわざわたくしに対してそのようなことを告げにここまでやって来たということは、なにかしら、対策を考えてきているのでございましょう?」

「相変わらず聡いな。

 こんな連中に随行するよりも、おぬしは王宮の中にいた方がよっぽど使いでがあるものを……」

「わたくしがここにいるのは王命によるわけでございますから、今、そのようなことを申されましてもどうにもしようがございません。

 それよりも、ヒィ兄様。

 どうか、お知恵の方を……」

「王命とあればしかたがないな。

 兄上をはじめとした上の連中の疑心を晴らすためにはいくつかの方法がある。

 もっとも簡単なのは、勇者カンジも人並みの野心なり欲望なりを持つ俗人であるとやつらに得心させることだ。

 勇者カンジが自発的に大きすぎる報酬を……たとえば、これまでに解放した領土のうち、もっとも多い税収が望める地域の領主となることを要求するとかなんとか……そにかく、そういう卑俗な要求を王家に突きつけたりすれば、上の者はかえって安心をするであろう」

「……あの方が、そんなものに価値を見いだすとも思えませんが。

 それに、あの方が魔族討伐を開始して早十六年も経過しております。

 今になってそんな要求を王国に突きつけるのは、少し唐突で不自然なのではありませんか?」

「もうひとつ、ある。

 領土がいらないというのであれば……やつが王家と縁続きになって、身内になってしまえばいいのだ」

「……それで、わたくし……で、ございますか?」

 わたくしは、半眼になってヒィ兄様の顔を睨みつけます。

「……駄目、か?」

「駄目も駄目。ぜんぜん駄目でございます。

 第一、その、わたくしと勇者カンジがそのような関係になったとしても、勇者カンジへの疑心を晴らすことにはあまり役には立ちません。

 むしろ……妾腹といえども王家の者と縁続きになたりしたら、今までより一層、革命を起こしやすい立場を手に入れた、と……そのように介錯され、さらに警戒されるのではございませんか?」

「……う……うむ。

 いわれてみれば……。

 相変わらず聡いな、ユエ」

「……ヒィ兄様が頭を使わなすぎるのでございます」

「ま、まあ……おれは、以前より武張ったことこそ得意だが、政にはうとかったからなあ……」

「だからこそ、一番上の兄上様からも必要以上に警戒されずに済んでいるのですけど……」

「そうだな。

 その武張ったおれでも、どうにも対処を出来なかった魔族を一掃する勇者カンジ。

 上に取ってその存在がどれほど煙たいものか、想像に難くない」

「これは、また……厄介な問題でございますねえ……」

「おぬしでも良案を思いつかぬか、ユエ」

「……少なくとも、すぐには無理でございます」

 そうした問答の後、ヒィ兄様は二十日ほどかけて勇者の部隊と行動をともにし、わたくしたちの活躍ぶりや普段の生活を視察してから帰って行きました。

 そして帰り際に、

「魔族討伐も、そろそろ終わりが見えてきた。

 国土もそのほとんどを奪還し、おそらく後一、二年で勝負がついてしまうだろう。

 その後、勇者カンジの身を振り方をどうするのか?

 それを、しかと考えさせるがいい。

 あれも……のほほんとしているようで、意外と深謀遠慮が効く性質であるようだからな。こちらから注意を向けるまでもなく、すでになにかしらを考えていることと思うが……」

 わたくしたちの部隊と行動をともにしたこの二十日間の間に、ヒィ兄様は勇者カンジともそれなりに接触し、会話を交わしておりました。

 外から見る限り、この二人は、意外とウマがあったようでございます。

「ユエ。

 そうした背景のことは別にして、多少強引な真似をしてあれをものにするもの手だと思うぞ。

 あの種の男はだな、一見多情のように見えて、一度これと相手を決めたら脇目を振らぬ。

 勇者だなんだというのを度外視しても、なかなか買い得であると思うが……」

「ヒィ兄様!」

 その会話を最後に、わたくしの二番目の兄上様、ヒィースクリフ王子はわたくしたちの部隊から離れていきました。


 ヒィ兄様の言葉通り、このときには、勇者カンジは王国のほとんどの領土を魔族の手から奪還していたのでございます。まだ魔族によって占拠されているのは、ごくごく限られた小さな地域のみ。

 しかし、そこからが本当の試練となってしまうのでありました。


「強いなあ。

 今までのよりも、格段に強い」

 勇者カンジの歩みが、ここに来てはじめて鈍ったのでございます。

「植物のような休眠型、人馬型、犬狼型、海魔型、飛鳥型……これまでだって無数の魔族を相手にしてきたわけだが、ここいらに集まっているやつらは歯ごたえがまるで違う。

 みなも知っての通り、おれ自身は死ねない体だから気長にやっていればいつかはどうにかなるんだろうが……。

 だが、お前たちは別だ。

 おれとは違って、傷つきやすい生身の人間だからな。なにも、こんなところで無駄に死傷しなけりゃいけないって法はない。

 今、この王国では、全土をあげての復興事業が盛んになっているご時世だ。どこに行っても人手を欲するやつらにも事欠かないだろう。

 ここからはおれに任せて、お前たちはもう、元いた場所に帰った方がいいんじゃないのか?」

 ある晩、勇者カンジは部隊の者を集めてそんなことをはなしはじめました。

「まだまだ苦労はするんだろうが……かかる時間や手間の多寡を問わなければ、魔族はいつかはこの地上からいなくなる。ここに来てさらに逆転されるって目は、このおれがいる限り、絶対にない。

 そう、断言できる。

 それでも……これ以上おれと一緒にいれば、ほぼ確実に傷つく。そうとわかっていてなお行動をともにしなければならない理由は、どこにもないぞ。

 お前らは、一人の例外もなくこの国の未来に必要な人材だ。こんなところで無駄に命を散らすな。傷つくな。

 勇者の部隊は、ここで解散する。

 明日の朝までには、それぞれの故郷に帰るように」


 翌朝、そのときには百二十余名にまで膨れ上がっていた勇者の部隊は、わずか三十名ほどにその人数を減らしておりました。

「……馬鹿どもがこんなに残ったのか。

 多いんだか、少ないんだか」


〔次回: 「血戦」〕

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