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語る姫  作者: (=`ω´=)


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12/12

12.「帰還」

 その頃、山中で直接勇者カンジと接触をする役目を担っていたのわずかに十名にも満たない少人数でございました。長く高山の空気に馴染める者は、部隊の中にも僅かにしかいなかったせいでございます。標高のより低い場所までしか行けない者たちにも物資の受け渡しの仕事は出来ましたから、部隊の中からそれぞれの役割について不満の声が出ることはありませんでした。

 幸い、わたくしは上空の薄い空気に馴染みやすい体質であるらしく、最後まで勇者カンジと直接顔を合わせることが可能だったのでございます。

 そういった意味のことを、わたくしは近衛の隊長さんに説明いたしました。

「う……嘘ではないでしょうな?」

 すべての説明を聞き終えて、その隊長さんはなおも言い募ります。

「仮に嘘であったとしても、それを証明する術はあなたにはありません」

 わたくしは、ぴしゃりとこちらに向けられた矛先を叩き潰しました。

「それとも、あなたが率いてきた軍勢の中に、産婆さんでもいらゃっしゃるのですか?

 今からあなたが取り得る選択肢は二つだけ。

 あくまで王命を重視し、わたくしもろとも国全体の恩人である勇者カンジの血筋を根絶やしにしてしまうこと。

 あるいは、急ぎ王宮に伝令を走らせて、命令の変更を願い出ること。

 前者を選択すれば、今の王は忘恩の徒であると国中に喧伝することになります。

 後者を選択するのならば、当分この大軍はなにも出来ず、いたずらにこの場に待機し続けることになります。

 いずれを選択なさるにせよ、はやういちになさいませ。

 わたくしとしましては、せっかくこうして久々に下山したのですから、新しい荷を担いで勇者カンジの元に急ぎたく思います。

 あなた方が自分の進退を選び終えるまで待っていられるほど暇な身ではありませぬゆえ」

 そういってわたくしは、顔なじみの部隊の者へ指示して次に運び込む予定の荷を準備させるのでございます。

 それ以降、わたくしは近衛の存在を意識の外に追い出すことにいたしました。

 一番上の兄上様が権力を玩具にしたければ、好きに振る舞えばよろしいのでございます。

 しかし、わたくしたちまでもがそれにつき合わなければならないという道理はございません。

 勇者カンジには……おそらく、もうあまり長い時間は残されていないのでございます。


「あともう一歩、というところまでは来たんだがなあ。

 その一歩が、今までになく難航している。

 今までにないくらい、それこそ、数え切れないくらいに死んだ」

 最後に顔を合わせたとき、勇者カンジはそうおっしゃいました。

「無理ゲーとはいわないけど、難易度の調整がおかしすぎだろ、これ。

 ラスボスだけが突出して強すぎる。

 というわけで、完全攻略までには、もうしばらく時間がかかると思う」

「それはいいのですが……くれぐれも、無理はしないでくださいね」

 わたくしとしては、そういうより他、ありませんでした。

「どちらかというと、無理をしないでくれ……っていう方が、無理だと思うな」

 勇者カンジは、気弱な微笑みを見せます。

「無理をしなければここまで来れなかったし、この先にもいけない。

 それに、知っての通り、おれは殺しても死ねない体だ。

 無理が無理ではないっていうか……無理を押し通すために誰かがわざわざこういう体質にしているとしか思えん」

「では……すべてが終わったら、勇者は勇者ではなくなるのでございますか?」

「……さあなあ。

 実際のところ、どうなんだろう?」

 勇者カンジは、真顔で首をひねります。

「いずれ、すべてが終わってしまえば、はっきりするんだろうけどな」

「終わり……最後の一体まで、魔族を滅するということでございますか?」

「うん。おそらく、そう。

 たぶん、ここでのおれの役割は、そういうことなんだろうと思う」

「その後は……勇者カンジは、どうなさるおつもりなのですか?」

「その後、か。

 今まであえて考えてこなかったけど……そうさな。

 どっか、遠いところにでも行こうかな。

 あるいは……ここでのおれの役割が終わったら、自動的に元の世界へ戻されるかも知れない」

「自動的に、ですか?」

「誰がどういう意志でおれをこの世界に召喚したのかがいまだにはっきりとしない以上、なんとも断言できないわけだけど……この国から、いや、この世界から魔族という異物を摘出することがおれの役割であるとしたら、その役割を終えたおれ自身が、今度はこの世界にとっての異物になる。

 それに、悪者を退治した後のヒーローは颯爽と姿を消すのがパターンってもんだしなあ。

 ま、そのときになっておれが姿を消したら、元の世界に帰ったとでも思ってくれ」


 つまり、勇者カンジとともに過ごせる時間は、もうさほど長くはないのかも知れないのでございます。

 わたくしとしましても、下界のくだらない権勢の振りかざし合いにつき合って貴重な時間を浪費したくはないのでございます。

 あとのことをヒィ兄様に託して、わたくしは再び大きな荷物を担いで勇者カンジが待つ山中へと分け入っていくのでございました。

 わたくしが声をかけますと、ヒィ兄様は破顔して、

「おう、任せろ!

 それから、頑張れ!」

 とだけ返事をして、あとは黙って見送ってくださいました。

 お父様は次期国王に推すべき人選を誤ったと思います。


 子どもの頃読み聞かされたおとぎばなしには様々な種類のものがございましたが、最後の最後には「めでたしめでたし」の一文で結ばれるのが常でございます。

 しかし、今のわたくしの状況はどうでございましょう?

 何日もろくに体を清めることが出来ず、重い荷物を担ぎながら、嶮しい山道をえんえんと行き来する……そのような物語が、果たしてこれまでにありましたでしょうか?

 おまけに、首尾良く勇者カンジが勇者としての役割を果たしてくれたとしても、その後のわたくしの処遇については誰も無事を保証してくれないのでございます。

 なるほど、これまでにもわたくしたちに対して同情的動いてくれたヒィ兄様であるなら、今後もわたくしたちにとってよかれと思うことをなさってくださることでしょう。

 しかし、今後の敵は……皮肉なことに、魔族ならぬ、勇者カンジが魔族から救ったこの王国になりそうな案配です。

 いくらヒィ兄様の兵が屈強であるといっても、ヒィ兄様自身は一介の地方領主でしかありません。

 それ以前に、仮に今後、完全に王宮と事を構えてしまったら、これはもう、国を二つに割った事実上の内乱となってしまいます。せっかくここまで復興してきた国土が、また損なわれることになります。

 ようやく勇者であるカンジと一国の姫であるわたくしとが結ばれたというのに、この終わり方はあまりにも型破りなのではないでしょうか?

 そのようなことをつらつらと考えながら、わたくしたちは黙々と歩みを進めるのでございます。

 肩には荷物の重みがのしかかり、吐く息は白く、足の裏はごつごつとした岩山に磨かれてすっかり皮膚を厚くしております。

 もはや苦行といってもよい、これほどのこの労苦を強いられた「物語の中のお姫様」が、これまでに存在しましたでしょうか?

 より業が深いなと思わずにはいられないのは、このことの原因はほとんどすべて、わたくし自身が選び招いたということなのでございます。


 最後の最後まで勇者カンジにつき従い、見守ると決心したのは、他ならぬわたくし自身でございました。

 すすんで部隊に残り、荷担ぎの仕事をしているのも、わたくし自身の意志。

 不意にどこかへ消えてしまうかも知れないといわれながら、なおも勇者カンジにすがりついたのも、わたくし自身。

 先ほど、近衛の隊長さんに喧嘩腰で対応したのもわたくし自身なのでございます。

 客観的にみれば、今のわたくしほど度し難く愚かな女もそうそういないことでしょう。

 ですが。

 そうとわかっていても、わたくしは、最後まで勇者カンジの成り行きを見守りたかったのでございます。


「ああ。来たか」

 久しぶりに見た勇者カンジは、随分と憔悴した様子でございました。

「ま、間に合って良かったよ。

 おそらく……次で、終わると思う」

「次で……で、ございますか?」

「たぶん、ね。

 次の次、になるかも知れないけど……いずれにせよ、もう終わりは見えた。

 今残っている魔族が、最後の一体だ。

 それだけに強くて、見事撃退されて来たわけだけど……。

 ここまで来れば、あとは時間の問題だ。

 泣くなよ、お姫様。

 この国は救われて、これでハッピーエンドになるはずじゃないか」

「勇者カンジが救われてはいません。

 それに、わたくしも。

 二十年近く、こんなに傷つきながら、魔族と戦い続けたというのに……」

「……下で、なにかあったのか?」

「ありました。

 ですが、説明したくはありません」

「……そうか」

 勇者カンジは、顔を伏せました。

 彼はそれなりに聡明で、元いた世界の知識から先を予測するところもございましたから、今後の王国の対応についてもある程度は予測がついたのかも知れません。


 その夜は、ささやかながらも酒宴となりました。

 なにしろ、勇者カンジの顔を見ることが出来る最後の機会となるかも知れないのです。

 勇者カンジは手ずから酒瓶を持って部隊の者の杯を満たしながら、一人一人に声をかけていきます。

 この場にいるのはすべて旧知の人間ばかりであり、誰もが勇者カンジとの離別を惜しんでいるようでした。

「仮にすべての魔族を一掃できたとしても、代わりにあんたひとりが犠牲にならねばならんというのは不条理だなあ」

 一番の古株であるジュレヘムは、今にも泣きそうな顔をしながら大声でわめき出します。

「そういうなよ、ジュレヘム」

 勇者カンジはジュレヘムの杯に火酒を注ぎながら軽く肩を叩くのでございました。

「おれは自分が犠牲になるだなんて思っていない。

 それに、最後の魔族を倒しても、なにも起こらないかも知れない」

「あんた、なにも起こらなくて、姿を消すつもりなんだろう?」

「なんでそう思う?」

「わかるさ、それくらい。なにしろ長いつきあいだ。

 みんな、そう思っている」

「まあ……仮にこの先、おれが姿を消すことがあったら、元の世界にでも帰ったと思ってくれ」


「その魔剣を一度この手に取らせてはくれませんか?」

 わたくしは、常に勇者カンジの腰にあった魔剣バハムを示します。

「元々、王家に伝わっていたものです」

「そうだったな。

 これにも、随分と世話になった」

 勇者カンジはなにやら印を結んでから魔剣バハムを鞘に入ったまま、わたくしに手渡します。

「なんなら、ここで返しておくけど」

「これを失うと、勇者カンジがお困りでしょう」

 わたくしはそっと魔剣バハムを鞘から抜いて、その刃を改めます。

 まるでたった今研がれたかのように清冽な、傷ひとつついていない刀身。

 魔剣バハムの刀身は、不自然なほどに綺麗な有様でございました。

「折れず、欠けず、曲がらず。

 かなり重宝したが、その剣も、かなり不思議な代物だったな」

「……最後に……この剣に、祈願の魔法をかけてもよろしいでしょうか?」

「必勝祈願のか? 今になって?

 まあ……元はといえば、お姫様から預かったものだ。

 好きにするといいよ」

 わたくしは魔剣バハムの刀身に向け、ある呪文を詠唱しはじめます。


 宴もたけなわのうちに終わり、部隊の者たちはすぐに寝静まってしまいました。

 酔いが回りやすい環境であるということもありましたが、わたくしは、皆に酒を注いで回りながら、勇者カンジが小さく快眠の魔法をかけてまわったことを見逃しませんでした。

 皆が寝静まったのを確認してから、勇者カンジはひとりで起きてごそごそと荷物を整理しはじめました。いつものは身ひとつで戦地に赴くというのに、今回は随分と大きな荷物を用意しております。

 どうやら、本格的に出奔することに備えて、着替えや食料、水、お金などをまとめているようでした。

 慣れない手つきで背嚢に荷を詰めている勇者カンジの背を見ながら、わたくしはわざとらしく大きな咳払いをいたします。

 振り返った勇者カンジは、わたくしの顔を認めてかなり気まずげな表情になりました。

「この期に及んで、別れの挨拶さえせずに消えるつもりだったのですか? あなたは!」

「ああ、いや。その……」

 勇者カンジの焦った表情というのを、わたくしはこのとき初めてみたのでございます。

「なんていうか、さ。

 あんまり改まったのも、おれ、苦手だし。

 別れの挨拶なら、今夜のでいいかなー……って」

 以前よりもなんとなく感じていたのですが……この人は、実は、ひどく人付き合いが苦手なのではないでしょうか?

「そんな、子どもっぽい理由で……」

 わたくしは、深々と息を吐きます。

「……本当に、行くの?」

 わたくしの語調が変わったのを理解して、勇者カンジも真剣な顔をなりました。

「ああ。行く。

 行って魔王を倒さなければ、おれも元の世界に帰れないんだろう?」

「本当に、行くんですか?

 みんなを……わたくしを置いて!」

「大声を出すなよ。他のやつらが起きる」

「だって!」

「仮に、おれが失敗したとしたら……ここまでおれたちについ来たやつらは、百戦錬磨の貴重な戦力だ。

 これ以上の犠牲になるのは、余所者のおれ一人だけでいい」

「そんな勝手な言い方!

 あなたって人は……」

 自分が犠牲になるだなんて思っていない。

 つい先ほど、そう明言したばかりだったのに。

 わたくしが言葉に詰まっているうちに、勇者カンジは背嚢を背負い、ものすごい勢いで走り出します。

 彼の背中は、すぐに夜の闇に紛れて見えなくなりました。

「……わたくしのお腹には、あなたの子が……」

 わたくしは、急いでそう、大声でそう呼びかけましたが……果たして、勇者カンジの耳に入っていたのか、どうか。

 それが、最後に見た勇者カンジの姿になりました。

 彼は、帰ってこなかったのです。


 それ以降のことは、特に語る必要を感じません。少なくとも、勇者カンジの物語ではないのですから。


 勇者カンジとともに、魔族も完全に姿を消しました。これが、あの人がいっていた「ハッピーエンド」というものなのかも知れません。

 王国は、以前の権勢を取り戻そうと、今も国をあげて必死に足掻いている最中です。

 勇者カンジが消息を絶って以来、新王となられた一番上の兄上様からも干渉も途絶えました。おそらく、国政に携わるものとして内外に問題が多く、いつまでも過去の問題に拘泥している余裕もないのでございましょう。

 勇者を支援する部隊は解散し、所属していた者たちはそれぞれ、郷里なり元に所属していた部隊になりへと帰って行きました。親しくしていた何名かとは何度か文のやり取りをしていたものですが、その間隔も次第に空いてきています。みんな、新しい生活に馴染むのに必死なのでございましょう。

 そして……身重のわたくしは、ヒィ兄様の領地に身を寄せることになりました。

 城内の一室をあてがわれ、いく人かの召使いに世話を受けながらそこで赤子を産むこととなります。

 勇者カンジと同じく、黒髪の女の子でございました。

 ヒィ兄様は勇者カンジの血を引く子の誕生を喧伝したい様子でございましたが、わたくしからお願いして、事情をよく知る者以外の耳にはその報が決して入らないよう、手配をしていただきました。

 ここえ来て、一番上の兄上様を刺激する材料を提供するのも、愚かなことでございます。そのように説明して説得を試みましたら、ヒィ兄様もしぶしぶ首肯していただきました。

 

 こうしてわたくしは、ヒィ兄様のお城で乳飲み子を抱えながら匿われるようにして過ごすことになったのです。隠居も同然の静かな生活ではございましたが、生まれたばかりの赤子というものはなにかと手ばかりがかかり、個人的な心情としましては「静か」どころか毎日が戦争のような有様でございました。なにしろ、日に何度も乳を求め、泣きわめき、ぐっすりと眠る機会がなかなかありません。

 世の親は、みんな、こんな戦場を経験しているのでございましょうか?


 そんなわけで、奇妙な老婆と再会したときのことも、それが夢かそれともうつつのことであるのか、わたくし自身にもよく判断かつかないのでございます。

 ふと気がつくと、どこかで見たようなおぼえがある老婆が、赤子を抱くわたくしをのぞき込んでいたのでございます。

「あの……なにか?」

 当然、わたくしはその老婆に声をかけました。

 赤子の無事を最優先に考えるのならば、もっと激しく誰何するなり、大声を出して人を呼ぶなりするべきなのでしょうが、なにしろここはヒィ兄様の居城なのでございます。わたくしが知らないだけで、こちらでは重要な役割を担う人物かも知れませんし、なにより、その老婆にはわたくしたちに害意があるようには見えませんでした。

「この結末に、満足しておいでか?」

 わたくしの問いに直接答えることはせず、その老婆は、やけに聞き取りにくい声で問い返してきます。

「満足……で、ございますか?」

「勇者が望んだ結末は、おぬしが望んだ結末とまったく同じであったのかと、そのように聞いている」

 わたくしは、しばし、考え込みます。

「……まさか!」

 わたくしは、明瞭に答えました。

「殿方には殿方が望む結末というものが、あるのでございましょう。

 ですが、わたくしが望む結末は、また別種のものでございます」

「今からでも、自分の結末をかなえたいと思うか?」

「もちろん!」

「ならば、祈れ。

 勇者を召喚したときのように、祈れ。

 自分が望む結末を」

 ふと気づくと、老婆の姿はなく、まるで最初からそんな人物はどこにもいなかったかのようにかき消えていました。


 そんな白昼夢を見たこともあって、わたくしは赤子の世話をしながら、自分自身がどのような結末を望んでいたのかを考えてみました。

 それは、ひとことでいえば、「めでたしめでたし」で結ばれるような物語。

 しかし、わたくしの人生は現実です。

 勇者が去ったあともわたくしたちの世界が続いているように、わたくしが生きている限り、わたくし自身の物語は続いていくのでございます。

 おそらく、勇者カンジにしてみても、元の世界に帰ってから、もはや勇者ではなくなったカンジの物語が、人生が、そのまま続いているのでございましょう。

 しばらく考えたあげく、わたくしの望む結末とは、結局のところ、あの人と一緒に暮らすことであると結論しました。

 あの人と出会ってからこの方……あの人の存在なしには、今のわたくしは存在しえないのでございます。わたくしがあの人をこちらの世界に召喚したことで、あの人の人生もかなり様相が変わってしまったことでしょう。しかし、それは同時に、あの人の存在によってわたくしの人生の様相が変わったしまったということでもあります。

 なんでいまさら……こんな、不本意な離別を受け入れなければいけないのでございましょうか?

 これでは、わたくしの物語は「めでたしめでたし」で結ばれません。


 そうと思い定めると、わたくしは頑固でかつ執拗でもございました。

 赤子の世話をしながら、この子とわたくしとカンジの三名が揃っている様子を、常に脳裏に思い浮かべます。

 それから、最後の別れの宴の際、魔剣バハムの刀身にかけた魔法を追います。

 あれは、対象とするものに特定の気配をつけて忘れ物を防止するための、軽いおまじないでしかないのですが……他に縋るべきものがない以上、その気配を探すしかないのでございます。

 最後の魔族を倒したあの人がどこか遠くへいったのであれば、なんらかの反応が探れるはずでした。が、これまでに何度か試したところ、まったくそういった反応を関知することは出来ませんでした。

 あの魔剣バハムは、反応が届かないほどひどく遠い場所に持ち去られているのか、それともあの人がいっていたように、こことはまったく異なる別の世界にあるのか。

 その、どちらかなのでしょう。

 いずれにせよ、わたくしは執拗に魔剣バハムの反応を探る魔法を使い続けました。

 普通なら諦める状況であると理解はしていましたが、毎日毎日、何度も。執拗に。

 そして同時に、その反応が得られたら、即座にその場所にいきたと願い続けたのでございます。


 そうして過ごしていたある日、わたくしは赤子を抱いたまま、まったく見知らぬ場所に立っておりました。

 目の前には、見慣れぬ服装をして魔剣バハムを抜いた姿勢で固まっているカンジがいます。

「ようやく剣を抜いてくれましたね」

 目を丸くしたままかたまっているカンジ向かって、わたくしは微笑みかけました。

「この子が、あなたの娘です」


 このときのわたくしは、自分でも驚くほど、平静な声が出せていたと思います。

 

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