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語る姫  作者: (=`ω´=)
11/12

11.「決戦」

 ダズラツゥルム山は峻厳な山地でございましたもので、馬からは早々に降りなければなりませんでした。その山道は嶮しいだけではなく、細く、曲がりくねってもおりましたので、馬の足で走破することは適わなかったのでございます。麓のある場所で残る者と先に進む者との二手に分かれ、馬もそこに置いていかねば先へと進むことは出来ませんでした。

 わたくしたちは灰のような魔族の残骸が降り積もる山道をどこまでもどこまでも歩み続けます。

灌木でさえまばらにしか生えないような高地に、魔族の残骸だけが累積して勇者カンジの事跡を伝えているのです。わたくしたちは黙々と歩いていくより他、すべきことはありませんでした。

「三番目の兄上は、これ以上、深追いをしてきませんかね?」

 気まずい沈黙を破るべく、わたくしは、ヒィ兄様に尋ねます。

「あれは、自分ひとりではなにも決断できぬ性質だからな。

 数でおれの軍勢に負けることがはっきりしている以上、兄上か父上にお伺いをたてぬと自分からは動けぬだろう」

「一番上のお兄さまやお父様は、どのように判断するとお思いでございますか?」

「様々なことが考えられるが……王家の者が最後まで勇者と行動をともにしたとなれば、それはそれで美談なのだ。

 普通に考えて、激しく叱責をなさることもなかろう。

 兵の消耗を重視する余り、こんなところで勇者ひとりを放り出そうというのが、時期を考えるに、どちらかといえば慮外ななさりようなのだ。

 ユエよ。

 おぬしが今、気に病むことではない」

 そうしたヒィ兄様のお言葉のうち、どこまでがわたくしを慰撫するためのもので、どこからが心の底から吐かれた真情であるのか、当時のわたくしには推し量ることは出来ないのでございました。

「もっと最初から勇者ひとりにまかせっぱなしにしておくか、それとも最後の最後まで勇者を援助するのか、どちらかにすべきであったのだ。

 今回のこと、どうにも腑に落ちん」

「でも……ヒィ兄様は、こうして来てくださったのございましょう?」

「優柔不断なあれが、珍しく軍を整えて動いたからな。

 慌てて、その後を追った」

「普段から、これほどの人数をすぐに動かせるようにしていらっしゃるのですか?」

「備えあれば憂いなしというであろう。

 魔族が一掃されれば、次にはじまるのは人同士のいくさよ。多少なりとも領土が回復すれば、それを求めて策動をしはじめる輩もいる。

 相手には事欠かぬわ」

 わたくしが勇者の部隊を行動をともにしている間、ヒィ兄様も、お父上も、勇者が勝利したその後のことを睨んで動き続けていたわけでございます。

「もっと後、勇者がすべての魔族を平らげた後に、勇者を始末してくるものと予測しておったのだが……」

「それで、半端とおっしゃるのでございますか?」

「ああ。今、勇者を孤立させても、完全に魔族を一掃できるかどうかは判然とせぬからな。

 父上なら、もっと確実なところを狙うはずなのだが……」

「……ひょっとすると……」

 わたくしは、少し考えてから、憶測をはなしはじめました。

「お父上に、万が一のことがあったのではないでしょうか?」

「……なるほど。

 それで、兄上が……。

 一応、家督を譲られることにはなっているとはいえ……」

「特段の功績があるわけでもなし。

 一方で、勇者カンジには誰にも無視できない功績がある」

「心情的に邪魔だということは理解できるが……単純な利害も計算できぬか、あやつは。

 いずれ勇者を排除するにせよ、順番というものがあるであろうに」

「焦った……のでは、ございませんか。

 勇者の功績が確定する前に、具体的になんらかのことを起こして実績を作っておきたかった」

「それで、勇者が倒されて魔族が復活したら、目も当てられないではないか!

 その予想が真ならば、あやつは正真正銘の愚物よ!」

「まだ、そうであるとはわかりかねますので」

「で、あるな。

 今は……勇者のもとに駆けつけるのが先決か」


 勇者カンジと合流することが出来たのは、その会話から三日目の晩となります。


「ひさびさに、すっかりやられちまってな」

 全身の肌が焼けただれた、一見して人だとは見えない肉塊はひゅーひゅーと喉をならしながら勇者カンジの声でそういいました。

 その肉塊が勇者カンジその人であると判断できる根拠は、その声と手にしていた魔剣バハムのみ。

「いくら戻っても、いつものようにお前らと合流できないし、腹は減るし痛いし、魔力が切れているのか治癒魔法もろくに効かないしで……」

「黙って!」

 わたくしは、治癒魔法を勇者カンジにかけながら、叫んでいました。

「どうして……こんなになるまで……」

「そういう役回りなんだから、仕方がないだろう。

 それよりも、食い物……いや、その前に、なにか、喉を潤すものを……」

「ほれ。酒だ。

 焦って飲むなよ。気管に入るぞ」

 ジュレヘムが火酒の瓶を封切り、その口を勇者カンジの口に当ててから、やはり治癒魔法を唱えはじめます。

 部隊の他の者たちもそれに続き、焼けただれていた急速に皮膚が盛り上がり、勇者カンジが火酒の瓶を飲み干す頃にはいつも通りの姿を蘇らせているのでございました。

「ようやく人心地がついた。

 なにか着る者を」

 部隊の者が手渡したマントを羽織り、勇者カンジはわたくしとヒィ兄様を見据えます。

「なにか、異変があったのか?

 いつものように、部隊の者もついてこなかったし、こんなところにいるはずがない人が顔を出しているし」

「王国は、おぬしを見捨てようとしているようだ」

 ヒィ兄様の言葉を聞いいて、勇者カンジは軽く鼻を鳴らしました。

「早すぎるな。

 いいや、遅すぎるのか」

「おれも、同じことを思った。

 ……おぬし、予想しておったのか?」

「まあ、ね。

 用済みになったら、さぞかし目障りになるだろうとは。

 おれの世界では、目の上のたんこぶって慣用句があるんだが……」

「目の上の……か。

 それは、確かに目障りだな」

「で……なんでまた、ここまで来て最後まで待てなかったのかね?」

 自分の進退に関する話題だというのに、勇者カンジは、平然とした口調を崩さずに会話を続けます。

「こちらのユエがいうことには、父上……この国の王に、なんらかの異変が起きたのでないかということだが……」

「ああ、なるほど。

 後継者争いで、優位に立ちたい人がいたわけか。

 勇者を完全に排除するか、それとも最後の最後に魔族を倒した者としての功績が欲しかった。

 要するに、点数を稼ぎたかった、と。

 おれが魔族の息の根を止めたときには、おれを始末すればいい。

 おれが魔族に敗れるようなことがあれば、弱った魔族の息の根を止めればいい。

 いずれにせよ、その人にとってはこれ以上、おれの援助をする必要がないわけだ」

 以前からその可能性についてさんざん考えてきたかのような、とても冷静な口調でございました。

「で……お姫様とあんたらは、その誰かさんと敵対している立場なわけか?」

「やつと敵対したいとは思わぬ。正直、愚かな選択をするものだとは思ったがな。

 おれがこの場にいるのは……そうさな。

 勇者カンジの意気に感じいって、ということにしておこうか」

「そりゃ、結構だが……いいのか?

 そんなことをすると、後でこの国が割れて内乱になるんじゃあ……」

「国王の勅命が下されたわけではございません!」

 思わず、わたくしは大声を出しておりました。

「……そうなの?」

「ええ。

 三番目の兄上様は、強引に部隊の解散を指示しただけです。

 それがどのような権威に基づいて下された命であるのか、明かされぬままでございました」

「……それで、それに承伏できないやつらがこうしておれを追いかけてきた、と……。

 状況は理解出来たが……あ。いいや。

 こっちの世界のはなしだもんな。

 おれみたいな余所者がどうこういっても、はじまらないか」

「確かに、王国の問題はわれら王国の民に任せて貰えれば幸いであるな。

 この上、勇者などという要素まで勘案せねばならぬとなれば、こちらとしても余分に気を配り神経を尖らさねばならん」

「余計な色気を出してそちらの事情にくちばしを突っ込むなってことね。

 了解。

 そういって貰えれば、こちらもやりやすい。

 おれはこれでも平和な国、平和な時代に生まれ育ったんだ。

 人を殺した経験もないし、今後もそうでありたいと思っている。

 もちろん、そちらの内乱だかお家騒動だかに干渉するつもりもない」

「それは、重畳。

 しかし……本当か?

 勇者が、平和な国、平和な時代に生まれ育ったというのは?

 仮にも、勇者であろう」

「こんなことで嘘をついてもなんの益もありませんよ。

 ついでいえば、おれは十五まで向こうで育ったわけですが、その年齢まで一度も剣振るうことなく過ごしてきた、ひ弱な子どもでした。

 どうした加減か強い力を得たのは、こちらに来てからのことで……」

「勇者が、か?

 一刀の元に魔族を葬り、無詠唱の魔法で海原をも凍てつかせたという、あの勇者が!」

「だから、こんなことで嘘なんかいいませんて」

 なんだか、勇者カンジとヒィ兄様の相性はよいらしく、会話も弾んでいるようでございました。

「だけど……そうと決まれば、あと一息だな。

 後のことは後で考えるとして……今は、まず、魔族のことだ。

 最後まで残っていらだけあって、ここにいるやつらはかなり手強い。

 まずは……メシ、だな。

 なんか腹に入れたら、また行ってくる。

 全滅させるまでにはいつもよりも時間がかかるかも知れないが……最後まで、やり遂げるつもりだ。

 ここにいるみんなも、よかったら協力してくれ」


 その言葉通り、いくらも休憩しないうちに、勇者カンジは衣服を整えて再び単身で奥地へと赴くのでした。その先にはまだまだ倒すべき魔族がひしめいており、勇者カンジ以外の者たちは安易に近寄らないほうが良いといいます。

 そこでわたくしたちは、結局のところいつもと同じように、実戦の場を遠巻きにして勇者カンジの回復を助けるべく、必要な物資を求めて忙しく麓と最前部とを往来するのでございました。

 勇者カンジは何度も何度も死ぬような目にあい、おそらくは何度か実際に死ん生き返りながら、じりじりと確実に魔族を葬り去っては前進していきます。進めば進むほど魔族は強大なものとなり、勇者カンジ体が損なわれる頻度と程度があがっていきました。当然、前進する速度も緩んでいきました。

 勇者カンジがダズラツゥルム山にはじめて足を踏み入れたのは春もまだ早い時分でございましたが、そうこうするうちに夏となり、暑い盛りを越えて秋になり、すぐに魔族のことがなくても山中に居続けるのは厳しい冬に入ってしまいました。

 勇者カンジにしてみても、半年以上戦い続けても先が見えない戦場は、はじめてのことでございます。

 唯一の希望は、完全な膠着状態にあるわけではなく、わずかではありますが勇者カンジに優勢なまま事態が推移していることでございましょうか。ひどくゆっくりとした速度ではございましたが、魔族は確実にその数を減らし、勇者カンジも最後の勝利の瞬間へと近づき続けているのでございます。


 そうして勇者カンジが戦い続けている間、ヒィ兄様は配下の者たちを使って必要な物資を麓に運び続けていました。民草の間では勇者カンジの人気には根強い者があり、物資をわけてくれる者や協力してくれる者には不自由することはなかったといいます。

 夏至の日をいくらか過ぎたある日、国王崩御と一番上のお兄様の戴冠の報が正式に布告されました。以前の会話は、いくらかは正鵠を射ていたわけでございます。

 さらにそれからいくらかが過ぎ、秋の気配がこの周辺にも忍び寄ってきた頃、近衛の旗印を掲げた軍勢が麓に近づいてきました。

「ついに来ましたな」

 その報をわたくしに伝えると、続けてジュレヘムがいい添えました。

「ヒィ兄様には?」

「かねてからの手筈通り、伝令を出しています。

 もっとも、あの方もあちこちに見張りをたてているそうですから、その伝令が到着する前にこちらにむけ、向かっている頃かと思いますが」

「その、近衛は?」

「麓で待機していますよ。大勢で、こちらを取り囲んでね」

「彼らの要求は?」

「われら、勇者カンジを支援する者たちの解散。

 以前と同じですな」

「……わたくしが、直接、交渉いたしましょう。

 現国王の末の妹という半端な立場が、どこまで重んじられるものか、心細い限りではございますが」

「交渉は……おそらく、無駄に終わるかと。

 今回は、以前の三倍以上の数を揃えてきております。それも、精強な近衛兵です。抵抗も、無駄でしょう」

「では……ジュレヘム。

 貴方は、ここまで来て勇者カンジをむざむざ見捨てろと?」

「そうは、いってません。

 口が裂けても、いえません」

「わたくしも、同じことでございます」


 そのときの野営地は、麓に降りるまで、たっぷりと五日はかかる山中にございました。重装備の軍隊が分け入ることが可能なほど平坦な道でもなし、麓に展開していた近衛兵たちはわたくしを呼びにいったジュレヘムの帰りを五日以上、待っていた計算になります。

 わたくしたちがようやく麓にたどり着いたとき、そこではヒィ兄様の軍勢と王国の近衛兵とが対面して陣を張って、睨み合いを続けておりました。

「おお、来たか、ユエ。

 どうにもこうにも、こいつら、ものの道理を弁えぬ頑固者揃いでいかん」

 わたくしの顔を認めると、ヒィ兄様はそう語りかけてくださいました。

「王命は、王命である。

 われら近衛としては、その命を完遂するのみ」

 その隊で一番偉いらしい、立派な具足を身につけた軍人さんは、わたくしに向かってそういいました。

「勇者カンジを支援する部隊、その責任者であるユエニュレム・エリリスタルと申します。

 まずはその王命とやらについて、お聞きましょうか」

「国王は、その、勇者カンジを支援する部隊とやらの解散をご命じになられた。

 従わぬ場合は、力づくでいうことを聞かせるようにとも命じられている」

 わたくしは、少し考え込みました。

「つまり……自分たちは武力を持った使い走りで、交渉には応じない……ということでございますか?」

 この手の愚直な軍人さんには、ヒィ兄様がいうとおり、道理を説いても無駄に終わる可能性が大きいのでございます。

「さ、さよう」

 あまりにもの直截的すぎるわたくしのものいいに若干引き気味になりながらも、その軍人さんは威厳を保とうとしながら答えます。

「われら近衛にとって、王命は絶対」

「でも……わたくしたちも、前代の王様の命令で、これまで勇者カンジを支援してきたのでございますが」

「では、その命令が新たなる王により更新されたものであると考えていただきたい」

「なるほど。

 おっしゃることは、よく理解できました」

 一応、わたくしはその軍人がいうことにうなづいて見せます。

「では……」

「ですが、その新王の命令には、従うことが出来ません。

 どうしてもということであれば、このわたくしを倒してでも命令を完遂なさってください」

 その軍人さんは、ぎろりと目を剥いてわたくしを見据えました。

「……力づくでも……という言葉の意味を理解した上でのいいようか?」

「もちろん。

 あなたがたに、前王の血縁者を弑する覚悟がおありであるのなら、遠慮なくそうなさいませ。

 わたくしたちは、あなた方同様、王命を完遂すべく動いております。

 わたくしは、前王の血縁者であり、さらにいえばこのお腹の中にはわたくしと勇者カンジとが結ばれて出来た赤子が入っております。

 いいですか?

 王女であるわたくしだけではなく、勇者の血筋、それも、前王の初孫でもあるこの子を亡きものとする勇気がおありなら、か弱い妊婦ひとり、どうとでも蹂躙してくださいませ。

 しかし……なんの罪もないのに、ただ王命に従う為、王族と、それに大恩ある勇者の子をむざむざ手に掛けよと命ずる国王を、これからこの国の民が歓迎すると思いますか?

 よくよく考えてから、王命を果たすことをおすすめいたします。

 わたくしがあなたの立場ならば、一度王宮にお伺いをたててから決断いたしますが……それとも新王は、この子のことまで最初から計算に入れた上で、このような非情な命令をくだしたのでございますか?」


 わたくしが言い募る途中からヒィ兄様がげたげたと辺りはばからぬ大声で笑い出し、少し遅れて勇者を支援する部隊の者たちの間から歓声があがりました。

 わたくしと対面した軍人さんは、その顔色を蒼白にしたり真っ赤にしたり、忙しく変えながらも奇妙に見物のしがいのある百面相を演じておりました。


〔次回: 「帰還」〕 

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