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語る姫  作者: (=`ω´=)
10/12

10.「血戦」

 前にもおおはなししましたように、魔族に対抗できる者は、ほとんど勇者カンジお一人だけなのでございます。むろん、わたくしたち部隊の者たちも出来る範囲内で戦闘に参加しておりましたが、無用な被害を避けるためにあまり魔族に近寄らないことを部隊全体の総意としておりましたので、実質的には勇者カンジの補助をすることがわたくしたち部隊の役割となり、直接戦闘行為に荷担する機会にはあまり恵まれません。

 それでも長く部隊に所属している者たちの中には戦闘に参加する機会に多く恵まれ、特に攻撃魔法に秀でた者たちの中には、魔族を倒す技に熟練していく者も少なくはありませんでした。そうした熟練兵と比較しても、勇者カンジの働きは目覚ましいものであったのでございます。端的にいって、勇者カンジは、たったひとりで熟練の兵が束になってもかなわないほどに強かったのでございます。

 例えば魔法ひとつをとっても、熟練兵が数十人がかりで魔族一体をようやく傷つけることが出来るとすれば、勇者カンジはほとんど詠唱を必要とせずあたり一帯にいた魔族全体を葬り去ることができました。熟練兵が数名がかりで樽の水を凍らせるとすれば、勇者カンジはひとりで大きな湖を丸ごと凍りつかせることができます。

 魔法ひとつとってもこの有様なのですから、さらに魔剣バハムを手にした勇者カンジが魔族にとってどれほどの脅威であったのかは、察するに余りありましょう。

 国土のほとんどを呑み込みかけていた魔族を一掃するのにここまでの歳月を要したのは、当然のことながら勇者カンジの非力さゆえ、などではなく、国土の広大に比して魔族に対抗できる勇者がカンジ一人しかいなかったことに起因するのでございます。いかに勇者カンジが強力無比な戦士であったとしても、一度に移動できる距離や範囲には限りというものがございます。

 勇者カンジは、これまで、十年以上の歳月をかけてコツコツと魔族から国土を奪回してきたのでございます。 


 国内の反応についても、以前におはなしした通りの有様でございました。領土を回復した領主たちは、その直後こそ例外なく勇者カンジを褒め讃え、礼として相応の報酬を気前よく渡したものでございました。そのかわり、勇者カンジの一行が長く留まることを歓迎する領主も、ほとんど皆無なのでございました。

 勇者カンジの方のそのことを十分に心得ておりましたので、必要な補給を済ませると早々に次の目的地へと向かうのでございます。

 その他の、下々の民は、おおむね勇者カンジのことを歓迎いたしました。

 しかし、その歓迎ぶりも、国土が回復し、復興が進むにつれて段々と調子を変えて来たのでございます。はじめのうちは無邪気に、ほぼ制限することなく勇者カンジを歓待しておりました。が、復興が進み、すでにある程度豊かさを取り戻した土地にいくと、表面的な歓迎こそされるものの、必要以上に深く関わり合おうする者が少なくなりました。

 彼ら、復興が進んだ地域の者たちにとって、いまだに魔族を相手にしている勇者カンジの一党は、強大な戦闘力を持ちながらも誰にも咎めだてられることもなく国内を闊歩する危険な集団と認識されているようでした。

 彼らにとって魔族の脅威はすでに過去のおはなしであり、勇者カンジの一党とはすなわち「過去からやってきた剣呑な幽霊」、といったところなのでございましょうか?

 わたくしたちの正体を知ると、「あんたら、まだ戦っておったのか!」と大仰に驚く民も、決して少なくはないのでした。

 この頃になると、いまだに魔族の脅威と隣り合わせになっている地域とすでに安全を確保して長い期間を経た地域とでは、勇者カンジの扱いひとつとってもかなりの温度差が出来ていたのでございました。


 復興が進んで確実に楽になったことのひとつに、物資の補給があります。以前は、そもそも補充すべき物資自体がほとんどなく、代用となる品をどうにかかき集めてどうにか間に合わせるようなことも少なくはありませんでした。しかし、この頃になるとそうした例はほとんどなく、また、人里も増えてきたので兵站線も以前よりもずっと少なくて済みます。

 それだけ王国の内部が平和に、落ち着いてきたという証でもございましたが、そんな中でわたくしたちの部隊のみが相変わらず戦時運行で殺伐とした空気を纏っていたのでございます。

 王国全体のことを考えれば、これはとても喜ばしいことなのでございましょうが……一方でわたくしは、こうした傾向に気づいたとき、ひとり心中で愕然とし、同時になんだか釈然としない気持ちを抱いたのでございます。

 どうして……王国のために一番働いている人が、受益者である人たちから遠ざけられなければならないのでございましょうか?

 事情を考えれば仕方がない側面はあるのでしょうが、わたくしにはとても理不尽なことのように思えました。


「でも、さ。

 戦闘とか戦争を忌避する気持ちってのは、あー、とっても、自然なことなんじゃないか?」

 その頃、なにかの機会にわだかまっていた疑問をぶつけたとき、勇者カンジはのほほんとした口調で答えました。

「逆に、国全体が猛って血の気が多くなって、戦争万歳! とかいっている状態よりは、はるかにマシだし健全だと思うけど」

「そういうことではなくって、ですね……」

「そもそも、おれを召喚した張本人であるお姫様が憤ることじゃないだろう? それ。

 おれが戦い続けるようにし向けたのは、他ならぬお姫様なんだから」

「それをいわれると……弱いのですが」

「ま、お姫様の気持ちは理解できるし、受け取っておくよ。気持ちだけならな。

 ただ……魔族が占拠していた土地も、元はといえばどこかの領主様が納めていて、そこに住んでいたり耕していたりした人たちが大勢いたわけだ。

 それで、おれが取り戻したんだから、って過大な報酬を求めたりしたら、今度はおれと元の住人たちとの諍いが起こっちう。

 そことん強硬な態度をとり続ければ、今度はおれが侵略者って立場になって、人間対人間の戦争になる。

 血腥い国盗り物語の主人公になるつもりはねーぞ、おれは」

「主人公……で、ございますか?」

「そう、そう。

 勇者なんてのは、役割を終えたら長尻しないでとっととどこかに去っていくくらいでちょうどいいんだ。

 あんまり欲をかいても、ろくな結果にはなりやしねえ」


 普段のそうした呑気な口調とは裏腹に、その頃の前後より勇者カンジの戦いはいっそう激しいものとなっていたのでございました。

「ヒャドッ!」

 と、勇者カンジが一声叫べば、見渡す限りの空中に氷柱が出現して魔族の一群に向かって飛んでいき、見境なく串刺しにしていきます。

 しかし、それだけでは倒しきれないのが、この頃の魔族なのでした。

 馬の二倍とか三倍以上の体躯を持つ、獣とも芋虫ともつかない形状をしている魔族の群は、体中を氷柱で貫かれながら、それでもこちらに殺到することをやめずに地響きをたてて疾駆し続けます。

 勇者カンジと魔族との対決をこれほど間近に見ることも、この頃では珍しくなくなっておりました。勇者カンジにしても、以前のように単独で魔族の領域奥深くまで先行する余裕をなくしていたのでございます。

 勇者カンジは、「バギ!」とか「ギガディン!」とか立て続けに叫んで攻撃魔法を放ちながら魔剣バハムを振りかざして魔族の群れに突進していきます。

 こうしたときにあげる勇者カンジの奇妙な叫び声は、以前に尋ねましたところ魔法の詠唱にはあたらず、「気分を盛り上げ、気合いを入れるための」叫びだそうでございます。


「だって、その方が雰囲気がでるし」

 とか、いっておりました。

「その叫び声には、なにか意味があるのでございますか?」

 と、重ねて問いましたら、

「どれも、おれがいた世界に古くから伝わる、魔法の名前だ」

 と、おっしゃいました。

「……あれ?

 以前、勇者カンジいた場所には魔法がなかったと、お聞きしたおぼえがありますが?」

「……魔法そのものはなくても、魔法という概念はかなり昔からあったんだ。

 その、言い伝えとか、お伽噺とかに」

 どうやら、魔法を使用するときに、勇者カンジが幼少時より親しんだお伽噺に出てきた魔法の名を唱えているようでございます。

 日々殺伐とした状況にありながら、どこか余裕がある勇者カンジなのでございました。


 勇者カンジの「気分を盛り上げ、気合いを入れるための」叫びによって烈風が巻き起こり、雷が出現して魔族の体を切り裂き、貫きます。

 それでもまだまだ倒しきれない魔族に対し、勇者カンジは魔剣バハムで斬りかかっていきます。この頃、勇者カンジの前に現れる魔族は、ほぼ例外なく以前では考えられないような耐久性を備えるようになっておりました。

 鞘から抜き払われた魔剣バハムは、刀身から淡く黒ずむ霧のようなものを吐き出しながら勇者カンジの手によって振るわれ、魔族たちの体に潜り、傷つけていきます。

 ここでようやく、それまで頑として倒れようとしなかった魔族たちがその体を灰のような物体に替えて次々と倒されていくのでございます。

 どうした理由からかは判然といたしませんが、あの魔剣バハムは、こと魔族の討伐においては覿面の効果を持つのでございました。

 次々と魔族の体に斬りかかりながら、勇者カンジは魔族たちの体の合間を縫うように駆け抜けていきます。常人離れした脚力と速度であり、ともすればその軌跡を目で追うのも間に合わなくなります。

 魔族の方も一方的にやられ放しでいるわけもなく、体表から槍状の棘とも触手ともつかないもの凄い勢いで伸ばして、勇者カンジの体を貫こうと試みます。

 その大半は勇者カンジが振るう魔剣バハムによって斬り払われるわけですが、流石に都合よくそのすべてを始末できるはずもなく、何本かは勇者カンジの手足や体幹部、頭部や首のどこかに突き刺さることになります。

 どの魔族も行う、かなり一般的な攻撃方法でございました。

 勇者カンジも、いくら不死身とはいえ致命傷を受けることは避けようとするわけですが、不本意にもその全てを回避できるはずもなく、常に何本かは自らの体で受けてしまいます。

 それが運悪く致命傷ないしは勇者カンジの運動能力を著しく阻害するような負傷であれば、勇者カンジは一時的に前進するのを止め、その場で体が回復、というよりは、再生するのを待たなくてはなりません。もちろん、やや遠方からではありますが、わたくしたちの治癒魔法の効果が届くようでしたら、わたくしたち部隊の者たちも総出で傷ついた勇者カンジの体を癒します。

 この際、いくらかでも勇者カンジの体の自由が効くようでしたら、勇者カンジは魔剣バハムを振るい、攻撃方法を放ち、。とにかくその場で可能なのかぎりの抵抗を行って魔族の消耗に尽力します。そうした抵抗を行いながら、ときには自分自身に治癒魔法をかけたりして、再起するまでに必要な時間を短縮しようと試みます。

 勇者カンジ自身の再生能力と治癒魔法との相乗効果により勇者が再び行動可能となれば、勇者カンジの進軍は再会されます。

 ころ頃に置きましては、この休憩に要する時間がとみに増えておりました。

 それだけ、勇者カンジが深手を負うことが多くなった、というわけでございます。


「認めたくはないが、そういうことなんだろうな」

 わたくしたち部隊の者の治癒魔法を受けながら、勇者カンジはなんとも微妙な表情を形作ってそのように述べました。

「ここへ来て、敵さんは格段に強くなってきている。

 もう少し、あと少しで魔族を殲滅出来るっていう今になって、な。

 悔しいったらありゃしない」

「しゃべるな、カンジ。

 回復が、それだけ遅れる」

 ジュレヘムが、勇者カンジにいいました。

「それに、おっしゃるとおり、もう少しで魔族をこの国土から一掃できるのです。

 焦る必要もないでしょう」

 わたくしも、呪文の詠唱の合間に勇者カンジに言い聞かせます。

「焦っているわけではないが……その、必要以上に時間をかけたくもないな」

「はやくに戦を終え、なにかやりたいことでもあるのでございますか?」

「いや、ない。おれは、ないな。そういうの。

 おれは……どうするんだろうな? この戦いが終わったら。

 もはや用済みになった、将来の自分、か。

 はは。

 ちっとも、想像がつかないや」

「それでは、そのときには復興した王国全土をわたくしが案内してまわります。

 その剣も手放し、元の宝物庫にしまい込んで、勇者ではなくひとりの異邦人としてこちらの世界を見て回りましょう。

 勇者カンジはこれまで、そんなゆっくりとした時間も持てなかったわけですから」

「そりゃあ……案外、いい考えなのかもな。

 そんな余裕が出来れば、いいんだがな」

「出来ますとも。

 魔族さえ一掃されれば、きっと、なにもかもがうまくいくはずでございますとも」

 このときのわたくしは、脳天気なことに、この言葉通りになることとすっかり信じ込んでいたのでございます。

「そうだな。

 本当にそうなると、いいな」

 それまでの二倍三倍、あるいはそれ以上の時間をかけ、わたくしたちの部隊はじりじりと魔族を制圧、殲滅していき、とうとう王国で最初に魔族が発見された土地、ダズラツゥルム山の麓にまでたどり着くことが出来ました。

 もうこの山にしか、魔族は存在していません。同時に……。

「ここにいる魔族は、これまでよりも格段に強いそうだ。

 今まで以上に苦戦することだろう。

 くれぐれも、お前たちは前に出過ぎないようにしてくれ。

 降ってわいたような非常識な敵相手の、こんな馬鹿馬鹿しい戦いだ。

 怪我をしたり命を落としたりしても、まるっきり割に合わない」

 珍しく、戦いをはじめる前に勇者カンジが部隊の者たち全員に向かって話しかけました。

「これが終われば、全ての戦いが終わる。

 せっかくここまで来たんだ。

 最後まで、全員、無事なままで終わろう」

 そういって勇者カンジは、いつものように先行して魔族がひしめく場所へと赴いていきます。

 わたくしたちも、それに少し遅れて、慎重に前に進みはじめました。

 それからいくらもしないうちに……。

「姫様!

 王国旗を掲げた軍隊が!」

 後方に残っていた輜重の者が、ある伝令を携えてわたくしたちの元へと急行してきたのでございます。

「部隊はこのまま解散!

 やつらは……あとの戦いは勇者カンジに任せよとの王命を携えてきました!

 その命に従わない場合は、力づくで我らを拘束するとのこと!」

 こと、ここに至って……お父様は、勇者カンジを見捨てよと命じてきたのでございます。

 わたくしは伝令から確かに王家の蝋印がなされた書状を受け取り、その場でその中身をつぶさに検分いたしました。

「本物ですか? 姫様」

「今、ここに至ってわたくしたちに虚報を与えて、いったい何者の得になりましょう」

 わたくしは書状の隅々まで目を走らせながら、ジュレヘムに返答します。

「彼らの、王国軍の数は?」

「ざっと、千以上。

 詳しい数は不明ですが、われらの部隊を取り囲み、退路を塞ぐように展開しております」

「……どうなされます? 姫様」

「愚かな命だと思いますが、従うより他、道はありません。

 抵抗しても、すぐにねじ伏せられてしまうでしょう。

 それに、勇者カンジもここへ来て同士討ちなどと、そんなを望むとも思えません」

「それは、そうですが……」

「ジュレヘム。

 残りの部隊の者たちに伝令し、このままおとなしく後退するように伝えてください。

 決して、無駄な抵抗はしないように。

 仮に、勇者カンジに万が一のことがあったとしたら……その責は、わたくしが負います。

 もっとも……万が一、勇者カンジが倒されるようなことがあったとしたら……そのときは、前以上の勢いで魔族が王国中に進行し、責任を追及する余裕などなくなるはずですが」


 こうして、わたくしたちは、勇者カンジひとりを敵陣に残したまま王国軍の監視下におかれ、軟禁同然の扱いを受けるようになったのでございます。


「久しいな、ユエミュレム。

 いや、無事でよかったよ。

 これでも、かなり心配していたんだ」

 驚いたことに、この王国軍を率いてきたのは優柔不断なことでは定評のある三番目の兄上様でございました。

「それはどうも、ご丁寧に。

 ご覧の通り、わたくしはすっかり息災でございます。

 それどころか、以前にも増してすっかり逞しくなりました」

 この場に至っては、皮肉のひとつも口をついて出ようというものでございます。

「それでお父上は、今になって勇者カンジを孤立させることによって、いったいなにをしようと思し召しなのでございましょうか?」

「そう、怖い顔をするものではない。

 お父上は、な。あれで深慮が出来る方だ。

 魔族を平らげた後の勇者カンジの、いいや、あのカンジの処遇について……」

「要するに、お父上は、王国は……これまでさんざん利用しておいて、ここに来て勇者カンジが怖くなったと、そのようにおっしゃるわけでございますね?」

 いつだったか、二番目の兄上様がいったとおりの顛末になったわけでございました。

「……そのような言い方をするものではない。

 国を治めるには、清濁をあわせ飲むだけの器量というのも必要なのだ」

「それで、わたくしたちの身柄を抑えたということは……つまりは、わたくしたちを、勇者カンジにいうことを聞かせるための人質にしようというお考えなのでございますね!」

 わたくしは、より一層大きな声を張り上げます。

「こら! 外聞の悪い。

 それに、そのような大声を出すものではない!」

「失礼します!」

 そのとき、三番目の兄上様の前に、伝令兵がやってきました。

「どうした?」

 明らかにいらついた声で、三番面の兄上様が先を即します。

「はっ!

 かなりの大軍が、こちらに近づいて来ております!」

「……大軍だと?

 援軍が来るとは聞いていないが?」

「いえ……王国旗ではなく……ヒィースクリフ公の旗印を掲げております。

 それで……彼らは、ユエミュレム王女とその従者の身柄を引き渡すよう、要求しているのですが……。

 返答、いかがいたしましょう?」

「……なにぃ?

 や、やつらの数は?」

「おおよそ、一万。あるいは、それ以上かと。

 大半は武装した兵士ですが、農民や貧民らしき襤褸を纏った者たちも数多く含まれております。

 口々に、王女を返せ、勇者を見放すなと大声で囃したてておりますが……。

 このまま放置しますと、わが軍の士気にも関わってくるかと思いますが……」


「……やってくれたな、兄上」

「そう渋い顔をするなよ。

 父上や兄上が考えそうなことは、おおよそ、読める。

 だから、おぬしが軍を率いてこちらに向かったのと同時に、おれも兵を集めながらこちらに向かった。

 そのときの発破がいささか効き過ぎて、兵以外の民までもが集まって来てしまったのが計算外ではあったが……まあ。

 数もそうだが、おれが鍛えた兵はかなりの精強だぞ?

 こんなくだらないことで国を割る必要はない。

 おぬしは、自分の勤めを全うした。

 しかし、おれに阻まれてその任を最後までまっとう出来はしなかった。

 それでいいではないか。

 父上や兄上に疎まれるのは、おれが引き受ける。すべてをおれひとりのせいにして、おぬしは堂々とこの軍を率いて王都に帰れ。

 このユエミュレムとその仲間たちの身柄は、このおれが責任を持って保護する。

 そう、父上たちに伝えてくれ」

「兄上! あなたって人は、どこまでも勝手な……。

 この件は、あとで絶対に禍根を残しますよ!」

「禍根、結構。

 これまでの、魔族による国難よりはずっとマシだ。

 今までは国が割れる心配をする余裕もなかったわけだからな。

 内政やら宮廷政治やらが復活したのであれば、それだけこの王国が復興して豊かになった証左であろう」


 こうして、三番目の兄上様が率いる王国軍は、ほぼ倍の数のヒィ兄様の軍隊に見守られてすごすごと王都に引き上げていったのでございます。


「あとで……本当に、大変なことになりますよ?」

「なんだ? ユエ。

 礼をいってはくれぬのか?」

「問題を先送りにしただけのようにも思えますので」

「厳しい評点だ。

 それはともかく……ユエ。

 これからどうする?

 大事を取るようなら、いったん、おれの領地にいった方が守りやすいが……」

「そんなことよりも、勇者カンジの手助けをする方が先でございます!」


 いつもより半日以上の足止めをくらいながらも、わたくしたちの部隊の者は、勇者カンジの後を再び追いはじめたのございます。

 なぜか、ヒィ兄様も、精鋭の手勢を引き連れてわたくしたちの部隊に同道してきておりました。

「魔族相手なのですよ?

 身の安全はまったく保証出来ませんが……」

「女であるそなたがそれをいうのか?

 なに、こちらも魔族への対策をまったく研究してこなかったわけでもない。

 少なくとも、足手まといにならんから安心しろ!」


 わたくしたちは一団となって、勇者カンジと魔族の生き残りたちが待つダズラツゥルム山へと進んでいったのございました。


〔次回: 「決戦」〕


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