恋愛小説
小次郎君は高校二年生。
同じクラスの髪が長くて神秘的な雰囲気の天野さんに片思い中です。
ある日の放課後、小次郎君は一大決心をして天野さんに告白しました。
「その、あの、すっすす好きだから……つきあってください!」
「いいよ」
こうして願いのかなった小次郎君。
夢にまで見た恋人ライフの始まりです。
さっそく次の日、一緒に登校しようとした小次郎君ですが、天野さんの家が分かりません。
携帯の電話番号も分かりません。困った小次郎君は、無駄に交友関係の広い友達の沢田君にメールで相談しました。
「天野さんの住所か携帯の番号知らない?」
「ストーキングはやめとけ」
とても落ち着いた声で諭されました。
またその次の日、学校についた小次郎君。
さっそく天野さんに携帯電話の番号を聞くことにしました。
「あのさ、携帯の番号教えてくれない?」
「いいよ。えーとね、確かF703i」
機種でした。
どうにか天野さんの携帯番号をゲットした小次郎君。
あまりの嬉しさに、特に用事も無いのに昼休みに電話してしまいます。
「……ハイもしもし天野ですが」
「あ、天野さん? おれだけど、今何してるの?」
「は? どなたですか?」
「え? 小次郎だけど……」
「え? 誰?」
「……」
「……」
ふに落ちないまま通話を終えた小次郎君は、教室に戻ってきた天野さんに今の事を話しました。
「天野さんの携帯に電話かけたら知らない人が出てきてさ」
「あ、それお母さん」
「……え?」
「うち携帯は家に置いて家族みんなで使ってるの」
携帯電話の存在意義が問われました。
授業も終わった放課後。
以前から恋人と一緒に下校する事に憧れを持っていた小次郎君。
天野さんにさりげなく話し掛けます。
「あ、あのさ、一緒に帰らない?」
「うん、いいよ」
交渉は成功しました。ハイテンションの小次郎君といつもとかわらぬ天野さんは、二人並んで自転車置き場に向かいます。
ちなみに小次郎君は自転車通学。天野さんも自転車通学です。
小次郎君が自分の自転車の鍵をはずして自転車置き場の出口に行くと、すでに天野さんが待っていました。
天野さんの自転車のエンジンが、お腹に響くような重低音の爆音を響かせています。
「え? あの、何それ」
「私の自転車だけど」
「あれ? その、バイク?」
「違うよ」
明快な返答に小次郎君もたじたじです。
「うーん、でも私の自転車結構スピード出るけど、一緒に帰れるかなあ」
「いや、ちょっと無理かも……」
「あっ、そうだ、いいこと考えた!」
そういうと天野さんは、自分の自転車と小次郎君の自転車を鎖でつなぎました。
「これで大丈夫!」
「え? あの、これ、あれ?」
「それじゃいっくよー!」
「ちょっとま
入院しました。
一命をとりとめた小次郎君は病院のベッドに横たわっていました。
すると携帯電話にメールがきました。なんと天野さんからです。
あわてて小次郎君はメールを開きました。
『今から見舞いに行くね』
そのメールを見て、恋人気分に浸る小次郎君。
そんな事をやっていると、忘れもしないあの重低音。天野さんの自転車の音が聞こえてきました。
見舞いにきてくれたんだ、そんな感じで小さな幸せをかみ締めていた小次郎君の耳に、爆音とか、悲鳴とかが入ってきました。
なんだろうと小次郎君が不思議に思っていると、大学病院五階の相部屋に天野さんが自転車ごと入ってきました。
「ごめん、ブレーキがこわ
言葉の途中で、天野さんは自転車ごと大学病院五階の相部屋の窓から外に出ていってしまいました。
一命をとりとめた天野さんは、小次郎君と同じ大学病院に入院しました。
図らずも毎日病室でデートが出来て、小次郎君はそれなりに幸せです。
ある日の事、天野さんの病室で談笑していると、病室に口ひげを蓄えた渋いおじさんがやってきました。
「あ、パパ」
「元気にしてたかね、弥生」
いかにも紳士と言った感じのおじさんは、天野さんのお父さんでした。
天野さんのお父さんは、小次郎君のほうに向き直ると、頭を下げてこう言いました。
「家の娘のせいですまなかったね。本当に申し訳ない」
「いえ、そんな……」
彼女の父親に頭を下げられて、ちょっとあわてる小次郎君。
それからしばらく三人で話しているうちに、だんだん小次郎君も打ち解けてきました。
「おお、そういえばお土産を持ってきたんだよ」
そう言うと、天野さんのお父さんは腰くらいの高さの布につつまれた物を天野さんの横に持ってきました。
「パパ、これは?」
「うむ、車椅子にエンジンをつけてみたんだ」
布を取り去って出てきたそれは、車椅子の下のあたりにごついエンジンのような物がついている物体でした。
あっけに取られる小次郎君に、天野さんのお父さんが話し掛けてきます。
「小次郎君にもお土産があるんだ」
「え? あの、ありがとうございます」
そう言って天野さんのお父さんは、異様にごつい松葉杖を小次郎君に差し出しました。
「松葉杖にエンジンをつけてみたんだ」
「…………」
あっけに取られる小次郎君に、天野さんのお父さんはにこやかな表情で説明を続けます。
「先端のアタッチメントを取り替えれば、アスファルトをほじくり返すことも可能だよ」
「いえ、あの、その、道路工事の趣味は無いので……」
「そうか、それは残念……まあそれはそれとして、弥生、さっそく乗ってみるか?」
そう言ってエンジン付車椅子を天野さんに見せるお父さん。
「うーん、残念だけど、まだ起き上がれないの」
「そうか、それも残念……そうだ、小次郎君、乗ってみないかね?」
「え?」
予想外の展開に戸惑いを隠せない小次郎君。
「まあいいからいいから、乗ってみたまえ」
「は、はあ」
恐る恐る車椅子に座る小次郎君。
天野さんのお父さんが後に回り、紐のようなものを勢いよく引っ張りました。
すると、エンジンが活動をはじめ、あの重低音が病室に響き渡りました。小次郎君も振動でぶれています。
「す、す、すごい、で、で、ですね」
「うむ、私の自信作だ。時速五十キロくらいでるよ」
「そ、そ、それで、そ、そ、操作の方法は?」
「操作?」
天野さんのお父さんの、ものすごく不思議そうな表情が印象的でした。
一命をとりとめた小次郎君は、大学病院に入院中です。
ついでに天野さんのお父さんも入院中です。
車椅子が暴走した時、その衝撃で松葉杖も大暴走、近くにいたお父さんがやられてしまったのです。
今日はようやく歩けるようになった天野さんと、車椅子のお父さんが、絶対安静中の小次郎君の所に来ています。
三人は世間話でそれなりに盛り上がり、そのうち一人がエンジンの話で大盛り上がり。新作のエンジン付花瓶を披露して病院が一部崩れました。
ようやく退院した小次郎君と天野さん。今日は何週間かぶりの学校です。
教室に入ると、いつものクラスメートたちが居ます。
小次郎君は、久しぶりに友達の沢田君に話し掛けました。
「沢田久しぶり」
「災難だったな」
そんな感じで言葉を交わしていると、沢田君がちょっと真面目な表情をして小声で話し掛けてきました。
「それでさ、おまえ天野さんと今後も付き合うのか?」
「もちろんだけど。どうして?」
「いや、噂を聞いたんだけどさ、あの人の近くに行くと、何か理不尽な災難にあうんだってさ。」
「え……どんな?」
「詳しくは知らないけど、エンジンがどうしたとか、こうしたとか。よく意味がわからないんだけど」
「…………」
「半信半疑だったんだけど、おまえが入院したって聞いて、ああ本当なのかな、って」
そこまで言うと、沢田君はさらに真面目な顔をして聞いてきました。
「それで、おまえどうするんだ? このまま付き合うのか?」
小次郎君はしっかりとした決意をこめたまなざしで沢田君を見据えて返事しました。
「当たり前だろ」
小次郎君が決意を語ったその時、二階にある小次郎君達の教室に天野さんのお父さんのお手製飛行機が突っ込んできて、小次郎君が大変な事になりました。
ようやく包帯が取れた小次郎君。
そんなある日、小次郎君は天野さんから家にきて欲しいと言われてしまいます。
天にも上る気持ちで天野さんの家にやってきた小次郎君。
家に着くと、天野さんに倉庫のような場所に案内されました。
そこには自転車にエンジンと羽のような物がついた物体が二台置いてあります。
「私とパパの合作なの」
「うわー、すごいね」
「こっちは小次郎君の分ね」
にこやかに自転車のような物体を差し出す天野さん。
小次郎君の脳裏に沢田君の言葉がよみがえります。
『おまえどうするんだ? このまま付き合うのか?』
このあとの展開は火を見るよりも明らかです。
しかし小次郎君は迷いを消し去った表情で物体に手を伸ばします。
「ありがとう、嬉しいよ」
「じゃあ、さっそくのってみる?」
「もちろん!」
こうして二人はまだ見ぬ明日へと飛び立ち、隣の家に仲良く落下して入院しました。