暴落の呼び声と、12銘柄のポートフォリオ
運送ギルド疾風は上手くいきました。
今回はその後の話です。
「ど、どういうことだ一体!?」
古よりルドヴィーコの流通を支えてきた運送ギルド、『金の豚』のギルドルームに男の怒声が響き渡る。歴史的価値のある大理石で作られた会議室では、ギルドの重役が一堂に会し、円卓に並べられた新聞に目を通し顔色を青くしていた。
怒声の主は『金の豚』代表取締役、ヒノノニ・シュヴァイン。脂ののった正方形の図体を揺らす壮年は、動揺を隠せないまま、自らの計画が思いもよらぬ方向に転がっていることに冷たい汗を掻いていた。
「なぜ疾風の株価が上昇している!! 天罰を下してやったんじゃなかったのか! 責任者はどこにいる! 」
シュヴァインが机を叩くと、隅で震えていた将来を有望視されていた若手とアナリストが前に出た。若手は消え入りそうな声で答えた。
「それが……海洋新報が号外を出しました。『疾風、奇跡の小麦大量入荷』だと。さらに、我々が小麦を隠匿し、価格操作を行っていたという疑惑まで……」
報告を聞いたシュヴァインは円卓に拳を振り降ろし、蜘蛛の巣を張るようなひび割れを作る。彼の手からは血が滴り落ち、秘書が急いで包帯を巻き始めたが、会議室は静まり返っていた。
「馬鹿な!? あの倉庫は跡形もなく燃やしたはずだ、奴らのどこにそんな余力がある!」
「燃えたのは『空の倉庫』だったという噂です。あるいは、彼らは燃えるのを予見して、事前に全ての物資を別の場所に……」
アナリストがそう口にした瞬間、シュヴァインは拳だけでは飽き足らなかったのか、頭を激しく円卓に打ち付けた。
「アナリストが『噂』だと……? 舐めてんのかお前ら」
シュヴァインが顔を上げると、額から流れる血がそのどす黒い表情をさらに際立たせた。彼らが小麦を買い占め、供給を絞っていたのは、高値で売り抜けるためだけではない。ライバルの『疾風』を倒産させ、その物流網を二束三文で買い叩くための「売り崩し」の一環だったのだ。
だが、市場の反応は残酷だった。
『疾風』が新鮮な小麦を市価の半値で放出したことで、シュヴァインたちが抱えていた「高値の小麦在庫」は一瞬にしてゴミ同然の不良在庫へと成り下がった。
「報告します! 魔石輸入商会の株価、ストップ安《暴落制限》まであと僅かです! 我がギルドの信用も失墜し、銀行が融資の引き揚げを検討し始めました!」
「デマだ。そう言って引き揚げを止めさせろ……多少手荒い方法でも構わん」
次々と舞い込む悲報。それはシュヴァインにとって「強制ロスカット」の宣告に等しかった。そこへ、会議室の重厚な扉が音を立てて開く。
現れたのは、魔石輸入商会の副会長、冷徹な女として知られるガーネットだった。
「取り乱すのはお止めなさい、シュヴァイン。まだ『最後の手段』が残っています」
ガーネットの言葉に、額から血を流すシュヴァインは半ば八つ当たりのように聞き返す。
「ガーネット……! 最後の手段だと?我々にはまだ策が残っている。だが、 市場は我々を泥棒扱い、部下は無能が雁首を揃えワシの命令一つまともにこなせん!これでは何を命じたところで無意味ということではないか!ふざけるな!」
一度頭に血が上ったシュヴァインを手名付けることはどんな美人が相手でも不可能だと、重役の誰もが頭を抱えていた時、救いの手を差し伸べたのはガーネットだった。
ガーネットは冷たい笑みを浮かべ、一枚の羊皮紙を円卓に投げ出す。古い文献をコピーした数枚の書類だ。上手く纏められ、読みやすい書類には見出しに『異議なき決闘』の見出しがでかでかと飾られていた。
「ルドヴィーコ最古の商法、第十七条。──『異議なき決闘』。商取引において、一方が不当な情報の操作によって他方に致命的な損害を与えたと主張する場合、その真偽を神に問うことができる」
ガーネットは全員に顔をあげさせるように、彼らに指針を示した。
「……決闘裁判だと? この時代に、あんな野蛮な儀式を?」
「法律はまだ生きています。どうやら我々の敵は『疾風』だけではない、その背後にいる海洋新報の──波止場幸雄、その男がこの一件に深く関わっていると見て間違いありません。あの男がどこからか持ち込んだ莫大な資金が彼らの生命線となっている。ゆえに───」
「そいつを潰せば我々の勝利は確実ということか」
シュヴァインの縋るような言葉にガーネットが頷いた。しかしここでシュヴァインの脳内に疑問符が浮かんだ。
「……しかし海洋新報か。 市場の観測者が市場に介入するなど聞いたことがない。これは奴らの総意なのか?」
「いいえ。海洋新報側は『彼個人が勝手にやっていることだ』と公言しています。なので今が好機ととらえるべきでしょう。 今回のルールは、12対12のチーム戦。日付を跨いで三日間、計三戦。各試合の合間に陣形やメンバー構成を変更できる『総力戦』です。資金源ではいまだにコチラが有利、規模が拡大する前に叩くべきです」
ガーネットは勝ち誇ったように、扇子で口元を隠した。
「この決闘の本質は『経済力』。魔石による超高価なフルプレート、最高級の回復薬、そして潤沢な予備装備……。資産のある者が消耗戦を制するように設計されています。幸雄とかいう小童がどれほど目利きに優れていようと、札束で殴り合う戦いに『持たざる者』の勝機はありません」
「会長も同じ意見か?」
「会長は私にこの件を一任されています。彼女の言葉は私の言葉と受け取って頂いて構いません」
「よかろう……クククッ。叩き潰してくれるわ……! どちらが正統なこの町の運送ギルドか、分からせてやろう」
※
それからしばらくして……──海洋新報ギルドの一角。
幸雄は、山のように積まれた履歴書と、水晶球に映し出される「戦士たちの戦闘データ」を前に、羽ペンを回していた。
「幸雄さん、大変だよ! 敵側が『決闘裁判』を申し込んできたって! 受けなかったら、せっかく手に入れた疾風の営業権が凍結されちゃうかもしれない!」
ユノが汗を掻いた顔で駆け込んでくるが、幸雄は画面から目を離さない。
「ああ、他の部署の人から聞いたよ。三日間で三回戦、一ダースの戦士を揃えろってルールだろ? 市場で勝てない奴ほど、ルール無用の土俵に持ち込みたがる。そういう古典的な悪あがきをするのは、どうやらここも変わらないらしいな」
「……想定内って、誰が戦うの? まさか幸雄さんが出るわけじゃないでしょ?」
「俺のどこに戦士要素があるんだ。相手はフル装備の重装歩兵を揃えてくる。まともに当たれば、こっちは一瞬で『破産』だ」
ようやく疾風が軌道に乗り、空売りで得た金貨五千枚という、一般人なら一生遊んで暮らせる資産を手にした時期だった。だが、ガーネットが仕掛けた法廷戦術により、疾風の口座は一時凍結。現在、幸雄の手元にあるのは、シルバーカードに刻まれた「1775時間」という心許ない寿命と、そこから引き出せる限定的な運転資金のみだ。
対するシュヴァインたちは、商会の積立金や不動産を担保に、その十倍以上の資金を決闘につぎ込もうとしている。
「だから効率よく勝てる戦士を探してるんだ。……ユノ、お前は戦士の価値をどう測る?」
「それは……強い傭兵がいい……とか? あっ、ムキムキな人を選ぶ、とか!」
「なるほどね。当日はボディビルダーを並べるのが最善策か」
「ごめん、冗談……。でも強い選手が必要だよね」
幸雄は水晶から目を離さずに頷き、細かにデータを紙に書き写していく。書いている内容は、戦士の名前ではなく、まるで株のポートフォリオを組んでいるかのようだ。
「ほう……強い傭兵か。では訊くが、ユノ、お前は戦士の価値をどう測る? 一番敵を倒す剣士の腕か? それとも派手な魔法を撃てる魔法使いか?」
「え? そ、そうでしょ? 強い騎士様と強い魔法使いがいるパーティが一番に決まってるじゃない」
ユノの言葉に、ちっちっちっ、と、指を振って否を示す。
「お前はアナリストだろ。なんで『定性的』な評価ばかりする。数字を見ろ」
幸雄は、選び抜いた十二名の名前を書いてユノに見せた。ユノは聞いたこともない名前の人間たちを水晶球のデータベースで照合しながら、口を半開きにして驚いた。
「どうだ、直接出向いて集めた俺のデータは」
「幸雄さん……この12人の合計年齢、見た? 500歳超えてるよ!?」
「ああ、いい熟成具合だろ。アベン爺ズだ」
「笑い事じゃないよ! どのギルドも、将来性がないって理由でこいつらの契約を更新しなかったんだよ!? つまり、市場価値ゼロなの!」
「そこだ、ユノ。投資において『将来性がない』と『今、機能しない』は別物だ。あいつらは、成長を見越した若手や、ネームバリューのあるスター騎士に過剰なプレミアを払っている。だが、俺が欲しいのは、この決闘が行われる三日間という『超短期決戦』でのパフォーマンスだけだ。三日後に死んでも構わない。その三日間、特定の陣形の中で、指定した秒数だけ敵を足止めできるなら、それは俺にとって『お宝株』なんだよ」
ユノの悲鳴に近い問いかけに、幸雄はケラケラと笑い返した。
「ユノ、今回のルールをもう一度思い出せ。『三日間戦い、陣形を変えられる』。これは個人の武勇の競い合いじゃない。『最適な資産配分』を競うゲームなんだよ」
「アセット……?」
「敵は金に物を言わせて、最高値で取引されている『優良株』を揃えてくるだろう。だが、三日間の消耗戦、しかも三戦目に陣形を崩された時、プライドの高いエリートたちがどう動くか……その『リスク』を奴らは計算に入れていない」
幸雄はシルバーカードを指先で弄びながら、履歴書の山を叩いた。
「俺が選んだこいつらは、市場では価値ゼロの『ゴミ株』だ。だがな、特定の条件下……たとえば『狭い陣地での防御』や『一発限りの超広範囲魔法』といった、局所的なスタッツだけは異常に高い。こいつらを適切なタイミングで組み替え、三日間の『値動き』を支配すれば……勝てる」
幸雄の瞳には、すでに血生臭い戦場ではなく、右肩上がりの勝利グラフが映っていた。
「経済力がある方が有利? 結構。奴らが札束で殴ってくるなら、俺は『期待値』で奴らの喉元を掻き切ってやるよ」
またしばらく失踪します。現在執筆中のSF小説を書いてる手が止まったらまた書きます。
次回はアベン爺ズを集めるところです。




