疾風怒濤の反撃開始
消火活動が終わる頃には、日は高く昇り、辺りは焦げ臭いにおいと熱気に包まれていた。
倉庫の屋根は焼け落ち、在庫として保管されていた荷物の大半は灰と化している。
損害賠償が幾らだ、なんて考えるだけで涙を流すことは簡単だ。
だが、運送ギルド疾風に最後まで残った男たちの目は死んでいなかった。
顔を煤だらけにしたガレオとその従業員たちが、新たな「オーナー」である幸雄の前に整列し、次の指示を待っていた。
「……助かった。アンタのおかげで、俺たちは首を括らずに済んだ」
ガレオが深々と頭を下げると、後ろにいた屈強な男たちも一斉に頭を下げる。
その光景に、ユノは「これだけの男の人に囲まれると壮観ね……」と少し引いていたが、幸雄は煤で汚れたスーツの埃を払いながら、冷淡に言い放った。
「礼には及ばん。俺はボランティアで金を出したわけじゃないからな。言ったはずだ、勝てる勝負だから投資したと」
「勝てる勝負、か……。だがオーナー、見ての通り倉庫は全焼だ。運ぶ荷物がねえぞ。なんなら大赤字だって抱えてる」
ガレオが焼け跡を指さす。
運送ギルドにとって、運ぶモノがないのは致命的だ。しかし、幸雄はニヤリと口角を上げた。
「荷物ならある。それも、山のような宝の山がな」
「宝……?」
「今、この街で一番足りていないモノだ」
幸雄は懐から一枚のメモを取り出した。それは昨日、ユノと調べた周辺都市の相場表だ。
「小麦だよ。……いいか、今の小麦高騰は自然災害じゃない。人災だ」
幸雄はガレオたちに、市場のカラクリを説明した。
ライバルである魔石輸入商会や古い運送ギルドが、わざと「輸送が遅れている」とデマを流し、倉庫に古い在庫を隠し持っていること。価格が吊り上がったところで売り抜けようとしていること。
「それが人のやることかよ……!」
「何言ってんだ、これ以上なく人間らしいだろう」
「え?」
幸雄の言葉に口を半開きにして驚くガレオ。
彼はこんな事例を幾つも知っているような口ぶりで続ける。
「奴らの狙いは『出し惜しみ』による価格操作だ。だが、それは裏を返せば最大の隙になる」
「隙……?」
「奴らがのんびりと出荷調整をしている間に、俺たちが他所から安くて新鮮な小麦を大量に持ち込めばどうなる」
ガレオはハッとして、目を見開いた。
「相場が暴落して……奴らの持ってる古い在庫はゴミになる」
「……つまり、奴らに大損をさせて、俺たちは大儲け。……ついでに市民は安いパンが食えて万々歳だ」
幸雄の口から語られる完璧な報復計画に、ガレオの表情が変わる。絶望の色は消え、獰猛な野心の色が浮かんでいた。しかしそこにユノが割って入り、冷静になるよう呼び掛けた。
「ま、まって幸雄さん。隣町まで往復するには、どれだけ急いでも三日はかかるよ。その間にその人たちが売り抜けたらどうするつもり?」
それには幸雄も頷く、しかしガレオに視線を向けると彼も察したのか力強く頷いた。
「普通の馬車ならな」
ガレオは、焼け残った車庫の方へ顎をしゃくった。
唯一、重点的に消火活動が行われ、無傷で守り抜かれた場所だ。
「 俺が投資したのは、灰になった倉庫じゃなく、あっちだ」
幸雄の言葉にガレオはニカっと、白い歯を見せて笑った。
「カッカッカッ! さすがオーナー、お目が高い! ……おい野郎ども! アレを引っ張り出せ!」
ガレオの号令で、従業員たちが車庫から数台の馬車を引き出した。
一見すると普通の荷馬車だが、車輪には特殊な板バネが組み込まれ、車軸には魔石を加工したベアリングが使われている。
幸雄が見込んだ、技術の結晶だった。
「こいつは『疾風号』。悪路でも荷崩れしねぇし、卵を積んでも割れねぇ。何より速い」
ガレオが持ち出してきた疾風号こそ、今朝ユノと目撃した『秘密兵器』──運送ギルド疾風が誇る、次世代の運搬車だった。通常の馬車が「ガラガラ」と音を立てるなら、こいつは無音で走る。
魔石ベアリングが青白く発光し、サスペンションが筋肉のように収縮するそれは、荷馬車というより、地を這う軍艦のような威圧感を放っていた。
「三日かかる道のりを、どれだけで走れる?」
「一日だ。……いや、オーナーの命令なら半日で往復してみせる」
「上等……時は金なりだ、行ってこいガレオ。俺の寿命を無駄にするなよ」
幸雄の不思議な言い回しに、ガレオは一瞬首を傾げたが、今はそんな状況でもないので、首肯して手綱を握った。
「応よ!速さなら任せておけ!」
「ここまでする相手だ。妨害がないとも限らないから───」
「追いつかせはしねえよ」
注意深くガレオは御者台に飛び乗ると、バンダナをきつく締める。彼の眼には確かな覚悟が燃えていた。それを見て幸雄は余計なお世話だったかと小さく笑い、これ以上何か言うことをやめた。
従業員たちも次々と馬車に乗り込み、その後にスパンッと鞭が振るわれた。
「ハイヤァー!! 」
轟音と共に、見たこともない速度で馬車が加速していく。その背中には、ギルドの看板である「風」の紋章が描かれていた。
嵐のような出立を見送った後、幸雄は隣にいるユノに向き直った。
「さて、俺たちも仕事だユノ」
「仕事? まだあるの?」
「仕上げだよ。ガレオが小麦を持って帰ってくるタイミングに合わせて、海洋新報で号外を出す」
「号外?」
「見出しはこうだ。『小麦、大量入荷! 価格暴落のお知らせ』……とな」
牛も熊も富を築けるが、欲張った豚だけは屠殺される。
幸雄の目には、遠くに見えるライバル商会のビルが、丸々と太った豚小屋のように見えていた。
「情報戦の始まりだ。……精々太っておけよ。ナイフを入れるのは俺だ」
リアクションされると喜びます。
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




