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第9話 私がサークルを辞めるまでの話

 しとしとと、静かな雨が窓ガラスを叩いている。

 日曜の夜。バイトを終えてアパートに帰ってきてから、何もする気になれずボーッと過ごしていた。

 ぼんやりとしたまま私はベッドに腰掛け、窓の外を流れる雨粒をただ眺めていた。

 テーブルの上には、帰りにコンビニで買ったサンドイッチが置かれている。けれど、全く食欲はない。

 昼間の出来事が、何度も頭の中で再生される。

 ケーキを前にして、楽しそうに、少しだけ恥ずかしそうに笑っていた、あの子の顔。

 そして、私の不用意な一言で、その笑顔が、さっと(くぐも)った瞬間。

 

「……なんで、あんな言い方しちゃったんだろう」

 

 ぽつりと、誰に言うでもない独り言がこぼれた。

 東雲さんはきっと、本当に、純粋な興味で聞いてくれただけなのに。それに対して「煩わしい」だなんて。大人気ないにも程がある。

 せっかくの楽しい時間に、冷や水を浴びせてしまった。


 きっと、気まずい思いをさせちゃっただろうな……。

 あ~~、何やってんだろ、私。

 

 自己嫌悪と共に、私は嫌な記憶を思い起こしてしまう。

 私が『恋愛』という物に対して、忌避感を持つようになった出来事。

 忘れたい過去が、無理やり記憶の中から引きず出されていく――。

 

 一年前。大学二年生だった私には、まだ、今よりもずっと多くの友人がいた。

 中学、高校と打ち込んできたテニス。大学ではもっと気軽に楽しみたい。そう思っていた私にとって、白崎大学の、いわゆる『お遊びテニスサークル』は、ちょうど良い場所だった。

 練習はそこそこに、男女問わず、気の合う仲間たちと自由にテニスをして遊ぶ。練習後にはみんなでファミレスに行って、下らない話で笑い合う。そんな、ありふれているけれど、ほどほどに充実した大学生活。私は、その輪の中心にいることが、多かったように思う。

 異変が起きたのは、夏の暑さがまだ残る頃だった。

 サークルの懇親会で、中心メンバーの一人だった男子学生に、帰り道で呼び止められた。そして、「好きだ」と、彼は私に言った。

 友人としてしか見ていなかった私は、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、出来る限り誠実に、はっきりと断った。


「ごめんなさい、そういう風には見られないです」

 

 それが、全ての綻びの始まりだった。

 その一件を皮切りに、まるで示し合わせたかのように、他の男子メンバーからも私は次々と告白を受けるようになった。

 

「あいつがダメなら、俺はどう?」

「俺なら、琴声のこと、絶対幸せにできるって」

 

 まるで、ゲームみたいだった。彼らの告白という行為の軽さにも、自分がまるでトロフィーか何かのように扱われていることにも、私は静かな嫌悪感を覚え始めていた。

 そして、秋になる頃には、私の周りの景色はすっかり変わってしまっていた。

 誰とも付き合わなかった私に対して、告白してきた男子たちは、気まずさからか、私を避けるようになった。

 あれほど仲が良いと思っていた女子メンバーからも、いつの間にか煙たがれていた。


「琴声のせいで、サークルの雰囲気が最悪」

「思わせぶりな態度取るからだよね」


 そんな陰口が、何度も私の耳に届いた。

 楽しかったはずのサークルが、いつしか、針の(むしろ)になっていた。

 そして、決定的な事件が起こる。


「結城って、実は援助交際してるらしいよ」

 

 サークル内に事実無根の噂が流れていた。犯人は分からない。でも、たぶんサークル内の誰かだった。

 その汚らしい噂は、私が思うよりずっと速く、そして広く、サークル内に浸透した。


「あれってマジなのかな? 恋人は無理でもヤルだけならOKってこと?」

「清楚ぶってやってることヤバいなあいつ」

 

 本当に噂を信じているのか、ただ面白がっているだけなのか。

 とにかく、私にとって都合の悪い状況へ、加速度的に変化していることは確かだった。

 信じていた人たちからの、あまりにも無情で残酷な裏切り。人の心の中に潜む、どろりとした悪意を真正面から浴びせられて、私の心は、呆気なく折れてしまった。

 そして、私は誰にも何も言わずにサークルを辞めた。

 それ以来、大学では必要最低限しか人と関わっていない。一人で講義を受け、一人で昼食をとり、まっすぐ家に帰る。

 私のおかしな噂を真に受けた男から声を掛けられたこともあったけど、全て無視した。

 

 恋なんて、恋愛なんて、下らない。

 中途半端な人間関係もいらいない。

 あんなもので、もう私の日常を壊して欲しくない。

 

 そうして、私は孤立した――。


 気付けば、窓の外は、すっかり暗くなっている。雨は、まだ降り続いていた。

 

「東雲さんも、誰かを好きになったりするのかな…………嫌だなぁ……」

 

 自然と口から零れた言葉に自分で驚く。


 嫌って……なんだ? 東雲さんが恋愛するのは、彼女の自由だ。私がどうこう言う事じゃない。

 分かってる、分かってるんだけど……なんだろうこれ…………モヤモヤする。

 

 私は自分の中に芽生えている正体不明の感情を持て余す。それから思い浮かべるのは、東雲さんの色々な表情。


 初めて会った時の、ガチガチに緊張した顔。

 私の手料理を、美味しそうに頬張る顔。

 レポートを手伝ってくれた時の、頼もしい横顔。

 そして、今日、初めて見せてくれた、スカート姿。息が止まるほど、可愛いと思った。

 あの子に向けられる真っ直ぐな瞳。不器用な優しさ。

 その1つ1つが、傷ついて、凍りついていた私の心を、知らず知らずのうちに、ゆっくりと溶かしてくれていた。

 

 東雲さんは、私の光だ。

 あの子との温かい時間を、気まずくさせたくない。


「明日、今日のことを謝ろう」


 そして、もっと仲良くなりたいって、正直に、伝えてみよう。

 私の心をノックしてくれた、たった一人の特別な後輩に。

 そう決意すると、不思議と窓を叩く雨の音が、少しだけ、優しく聞こえるような気がした。

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