第7話 私が先輩とデートをするまでの話➁
「――というわけで、レポート、おかげさまでA評価でした!」
一週間後の夕食時。結城先輩は、自分で作ったハンバーグを頬張りながら、満面の笑みでそう報告してくれた。
大人っぽい雰囲気の先輩が、子どものような振る舞いをすると、ギャップが目立って魅力的に見える。
いや、もう私の目には、何がどうなっても、先輩が魅力的に見えるんだろうな……初恋って怖いや。
先輩への好意を自覚した私は、自嘲気味にそんなことを思ってしまった。
これまで、『人を好きになる』という経験がなかった私は、突然訪れた初めての感情を持て余していた。
「良かったですね。先輩のお役に立てたなら、私も手伝った甲斐がありました」
「本当に、東雲先生のおかげだよ。感謝しても、しきれないや」
「先生は、もうやめてください……」
からかうような呼び方に、少しだけむず痒くなる。
先輩は「えー」と口を尖らせた後、何かを思い出したように、ぱんと手を叩いた。
「それで、レポートのお礼、まだちゃんとできてないからさ――」
「先輩! 何度も言ってますけど、私はずっと貰いっぱなしなんですから、気にしないで下さい!」
「ダメだよ。何度も言ってるけど、私が、お礼したいの」
きっぱりとした声で言いきられてしまった。こんな言い方をされたら、私からそれ以上は何も言えない。
先輩はズルいです……。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、先輩は私の目を見て小さく微笑んだ。
「今度の日曜日、駅前の新しいケーキ屋さんに行かない? もちろん、私にご馳走させてね。それがお礼ってことで、良い?」
ケーキ屋さん? 二人で? 日曜日に?
先輩の言葉が、1つ1つ、スローモーションのように頭の中で再生される。
そして――。
それって……デートでは?
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、頭の中で、鐘がけたたましく鳴り響いた。
で、でーと、の、お誘い……⁉ い、いや、先輩はあくまでもレポートのお礼だって言っているけど……。
でも、これって、デートなのでは……⁇
休日を好きな人と2人きりで過ごす。それは、世間一般で言うところの。
デートだよね?
顔に一気に熱が集まり、思考がショートする。何か返事をしなければいけないのに、口から出てくるのは「あ、う、」という、意味をなさない音だけだった。
「……東雲さん?」
不思議そうに首を傾げる先輩に、私はブンブンと首を縦に振った。
「は、はぃ。行きたい……です」
蚊の鳴くような声でそう答えるのが、私の精一杯だった――。
その夜、私は全く寝付けなかった。
眠ろうにも、私の心臓は激しいリズムを刻み続けて私の安眠を妨害する。頭の中もぐちゃぐちゃで全く眠れる状態ではなかった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……!
デートって、何を着ていけばいいんだ……⁉
ガバッと、勢いよく体を起こす。
クローゼットに吊るされた、数少ない服たちを思い浮かべる。
いつも大学に着ていくのは、古着のTシャツに、ボーイッシュなパンツスタイル。楽だし、それが自分らしいと思っていた。
でも、あの綺麗な先輩の隣を歩くのに、それでいいのだろうか。
なんか、ダメな気がする……。
それに……少しでも、ほんの少しでもいい。私を、意識して欲しい。
そんな、今まで考えたこともなかったような欲望が、胸の奥から湧き上がってくるのを感じた――。
「こっちのチェックのシャツは、カジュアルすぎる……。こっちのパーカーは、部屋着にしか見えない……」
寝ることを諦めた私の部屋のベッドの上には、数少ない手持ちの服が全て広げられていた。
一枚一枚手に取っては、鏡の前で体に当て、そして、深いため息と共にベッドに放り投げる。その繰り返し。
結局、私の手元に残ったのは、クローゼットの奥から引っ張り出してきた服だけ。高校の卒業式の後に、母親に買ってもらった白いブラウスと黒いロングスカートだ。
「これなら……女の子、っぽい、かな」
恐る恐る袖を通してみる。
いつもと違う、ふわりとしたブラウスの感触。足を締め付けない、スカートの解放感。
やっぱり、なんだか、落ち着かないな……。
大学生らしい大人っぽい服が欲しい。そう思って買ってもらったは良いものの、普段の自分とはかけ離れたイメージの服を着ることに抵抗があって、今まで放置していたものだ。
鏡に映る自分は、まるで借り物の服を着ているみたいで、ひどく頼りなく見えた。
「……ダメだ、似合わない」
やっぱりいつもの格好で行こう。そう思ってブラウスを脱ぎ捨てようとした。
だけど――。
「この格好を見たら、先輩、なんて言ってくれるのかな……」
普段とは違う私の姿。だからこそ、先輩に私を意識してもらうには、都合がいいのかもしれない。
「……よし」
私は、もう一度鏡の中の自分と向き合った。
「この服で行こう」
――そして迎える、運命の日曜日の朝。
私は、鏡の中の自分と向き合う。髪をいつもより丁寧にブラシでかけて、少しだけワックスで整える。
準備を終え、玄関のドアの前に立ったところで、約束の時間の5分前だった。
心臓が、うるさいくらいに鳴っている。それは、緊張と、わずかな期待。
「――いざ、出陣」
私は小さく呟くと、震える手で、ゆっくりとドアノブを回した。




