表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/18

最終話 私と彼女のこれからの話

 季節は冬。琴声の大学卒業を目前にしたある日。

 私は琴声の家で、彼女と同じコタツに潜りながら、肩を並べて一緒にとある動画を眺めていた。


『飲んでなくな~い? わっしょい! わっしょい!』


 スマホで流している動画から、アホみたいなコールが聞こえてくる。

 どうやら、私が通う白崎大学の、テニスサークルの飲み会風景らしい。

 飲食店のテーブルの上に立って、お酒を浴びるように口へ流し込んでいる男の顔には、見覚えがあった。

 

「これ、琴声の知り合いだよね? 凄いことになってるんだけど……」

「いや本当に……私が居た頃は、ここまで馬鹿なことしてなかったはずなんだけど……」


 SNSに投稿された飲み会の動画が拡散され、そのあまりのマナーの悪さから動画は大炎上していた。

 ニュースにも取り上げられて、大学からは学生全体へ注意喚起するメールまで届いている。

 飲み会メンバーとテニスサークルには何かしらの処分が下されることだろう。


「この飲み会の参加者、二十歳になっていない学生も居たんだとかで、もう収拾がつかないくらい問題になってるみたい」

「琴声……サークル辞めておいて良かったね……」

「就職先が決まってるこの時期に、自分が所属しているサークルでこんな問題が起こったらって考えると、生きた心地しないよ。現場に居たなんてことになったら……内定取り消し間違いなしだもん」

「うわぁ」


 琴声は首をふるふると小さく振って、苦い顔をしていた。

 私は見ていた動画をそっと閉じて、彼女の方に向き直る。


「お酒って怖いわ」 

「透は、お酒が飲めるようになっても、飲み会で調子に乗って変な事をしちゃダメだよ」


 私はあと数週間で誕生日を向かて、ついに二十歳になる。

 とはいえ、飲み会なんてものは、私にはほとんど無縁なものだ。

 元からサークルに所属していない私には、一緒に飲みに行くような人が居ないし、何よりもそれ以前の問題がある。

 

「大丈夫。私、そもそもお酒飲めないから」

「え、なんでそんなの分かるの? まだ飲んだことないでしょ?」

「両親共にお酒が合わない体質なんだよ。一口で顔が真っ赤になるタイプ。だから、私も無理だと思う」

「そーなんだ……まったく飲めないっていうのは、それはそれでちょっと残念かも」

「あれ、もしかして琴声、私と飲めるの楽しみにしてた?」

「……ちょっとくらいはね」


 残念そうな琴声を見ると、なんだか悪いことをしてしまった気分になる。

 生まれついての体質の問題なんていうのは、私にはどうにもならない話なのだけれど。


「一口舐めるくらいなら試してみても……」

「ダメダメ! それで透が倒れたら私、心臓止まっちゃうよ!」

「アハハ! そっか、じゃあやめておこうかな」

「笑い事じゃないよ……もう……」

 

 話はすぐにテニスサークルの話題から逸れていった。琴声にとっては、もうあのサークルのことは、他人の話でしかないらしい。彼女が気にしていないというなら、私から語ることなどもう何もない。

 テニスサークルと琴声の問題は、誰かが何をするでもなく、過去の出来事として記憶から薄れていくのだろう。


「それにしても、琴声の部屋で(くつろ)げるのも、あと一月だけなんだね」

「そうだね……あ~嫌だなぁ。やっぱり引っ越しやめようかな」

「ダメに決まってるでしょ? ここから琴声の職場まで、どれだけ時間かかると思ってるのさ」

「1時間34分……」

「やけに具体的な時間が出て来た……」


 子どもみたいに不貞腐れた顔になる琴声の頭を軽く撫でて慰める。

 すると、琴声は私の掌に自ら頭をぐりぐりと押し付けて来た。まるで大型犬だ。

 1年前は琴声のことを、綺麗で頼りになる大人っぽいお姉さんだと思っていたものだけど、化けの皮はすっかり剥がれ落ちていた。

 今となっては、琴声が私より2つ年上とは思えない。何かと甘えてくる彼女を愛でるのが、日常と化していた。

 しかし、そんな彼女との隣人関係も、もう終わりを迎えようとしている。私は、口で言う事とは裏腹に、寂しさを覚えていた。


「往復3時間なんて……毎日やってたら大変すぎるでしょ? 大人しく引っ越しなさい」

「でも、透の食事面も心配だし……」

「そ、それは……頑張る」

「この前も、私が夕飯を作ってあげられなかった日は、カップ麺だったけど?」

「いや……それは…………」


 相変わらず、食事面では琴声に頼りきりの私は、自炊という物ができていない。

 この1年ですっかり琴声の料理に胃を掴まれてしまっている。いや、それは出会った数日目からそうだったけど。

 琴声が私の食生活を心配する気持ちもわかる。生活力に関してはこの1年で全く成長していない。自分の不徳の致すところなので、これに関しては素直に情けないと思う。


「1人だけなら、何食べても変わんないなって思っちゃうんだよ……自分のためだけに自炊っていうのは、ハードル高くて」

「うわ~、その気持ちは、凄い分かる」


 呆れた顔をされるかと思ったけれど、琴声はウンウンと何度も頷いた。


「私も透が隣に越してくる前は、同じようなこと考えてたんだよね」

「え? じゃあ、琴声も私が来る前はコンビニ弁当とか食べてたの?」

「ううん。ちゃんと自炊はしてたよ」

「あ、はい……」


 やはり生活力という面では、競うまでもなくコールド負けしている。

 琴声には何かと頼ってもらえるようにはなったけど、これに関しては私の方が寄りかかり過ぎている。

 しかし言い訳をするなら、琴声は私が料理を手伝おうとすると断固として拒否するのだ。一度、自分でも自炊ができるようになりたいから、料理を教えて欲しいと言ったら、子どもみたいにヤダヤダ言って教えてもらえなかった。


『透が料理までするようになったら、私のお姉さんとしての威厳がなくなっちゃうよ!』


 とかなんとか……。何かと落ち込む度、私に抱き着いてめそめそしているのに、今さらだろうとは言えなかった。


「まあ、1()()()()()はなんとかするよ。最近は冷凍食品もしっかりした奴が多いしね」

「冷凍食品か……まあ、カップ麺よりは……」

 

 唇を尖らせてそんな事を言う琴子に私はキスをしてやる。


「んっ……んんっ」


 軽いキスのはずが、琴声に捕まって何度も繰り返された。ようやく離してもらえた時には、息も絶え絶えだ。


「ぜ、全然そんな雰囲気じゃなかったのに……」

「透からしてきたんじゃない」

「私のは軽いスキンシップだよ……」


 艶っぽい琴声の瞳が、まだ私の唇を物欲しそうに見ていた。


 これ以上はダメだ……退廃的な1日が始まってしまう……。


 彼女の胸の中に吸い込まれそうな自分を理性で抑えこんで、私は「ゴホンゴホン」とわざとらしく咳払いをした。


「それより、私が4年生になったら本当に琴声の家にお邪魔していいの?」

「全然大丈夫。私は社宅に住むわけじゃないし、会社に何か言われたりはしないよ。むしろ、透の方こそ大丈夫?」

「このまま何事もなく順調に行けば、4年時はたまにゼミへ通うだけだからね。大学から離れても何とかなるよ。むしろ、就活のことを考えるなら楽になることの方が多い」

「そっか……じゃあ、一緒に暮らそう」


 それは、しばらく前から琴声と相談していた同棲の計画。アパートの隣人関係が終わり、私たちは一時的に離れ離れになる。けれど、1年したら、一緒に生活しようという話になっていた。


「でも、その前に、さすがに親には何かしら説明しないといけないよね……」

「私の家族は何も言ってこないと思うよ。昔から放任だから。透の家は厳しいんだっけ?」

「ウチはどうかな……真面目な人たちだから……。猛反対されたりはしない気がするけど、間違いなく吃驚はされると思う」

「なら、私の頑張りどころだね」

「娘さんを襲った責任を取らせてくださいって?」

「ご、合意の上だから!」


 下らない話をして、私は思わず吹き出してしまう。琴声もつられてカラカラと楽しそうに笑い声を上げた。


 彼女との時間が、少しずつ過ぎ去っていく。

 時間が後ろに戻ることはなく、ただひたすらに変化の連続が繰り返される。

 私たちのこの関係もどこかでまた変化を迎えるのだろう。

 そして、いつか終わりがやってくる。

 その終わりは、きっと小さな幸せが降り積もった山の上で迎えるのだと、私はそう信じている。


【了】

ここまでお付き合いいただいた皆さん、本当にありがとうございます。

これにて本作『私の先輩が優しすぎる!』は完結になります。


作者は今後も気の赴くままに作品を執筆していく予定です。

よろしければ『ブックマーク』、『作品を評価』していただけると今後の作者のモチベーションになります。

よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ