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第17話 私が後輩と百合な関係になった後の話

 私は結城(ゆうき)琴声(ことこ)、二十二歳。大学四年生。

 これは、私と恋人の、ある日の一幕だ――。


 季節は秋。もう私は、卒業に必要な単位も取り終わって、大学に行くことがなくなった。

 今はバイトをするか、家でまったりやりたいことしてを過ごす、残されたモラトリアムを楽しむだけの日々。

 少し前までは就職活動に奔走していたのだけれど、一月前にめでたく就職先も決まって本当に『やるべきこと』がなくなってしまった。

 そんな私だけど、やることがない暇な毎日を消化しているだけなのかと言えば、そうではない。

 むしろ、今は恋人とやりたいことが多すぎて、困っているくらいだ。


「琴声、今日のお昼、久しぶりに駅前のカフェにでも行ってみない?」


 付き合い始めて一年とちょっと経つ大学の後輩、東雲透。彼女は私が住むアパートの101号室の住人だ。102号室の私とは隣人関係でもあるが、最近は私の部屋に寝泊まりすることが多く、ほとんど同棲に違い状態である。


「あれ? 透、今日って午後に講義があるんじゃなかったっけ?」

「そのはずだったんだけど、教授が体調を崩したとかで、別日に補講が入ることになったんだよね。だから、今日は一日暇になっちゃった」

「そっかそっか。なら、お昼はカフェに決定! 今日は透とデートだ!」

 

 透は、元々私に敬語を使っていたけど、少しずつ言葉遣いが崩れて、遂にタメ口になってしまった。

 出会ったばかりの頃は頑張って先輩ぶっていたけど、私の本質はそれほど大人っぽいタイプじゃない。それがすっかりバレてしまったのだろう。まあ、隠す気もなかったけど。

 ところで、透が私に対して遠慮しなくなったのは言葉遣いだけではない。透は人見知りをするけど、その分、慣れると普通以上にコミュニケーションが親密になるタイプらしい。最近は何かと私と手を繋いだり、キスをしてくれたり、色々と積極的で嬉しいこと尽くしだ。

 

「じゃあさ、カフェに行った後、午後からこの前話してた映画を見に行かない?」

「もしかして、あのホラー映画? 私は別に良いけど……琴声、怖いの苦手なくせに……」

「だ、だから、透に付いてきてもらうんじゃん」


 透は呆れた顔を隠そうともしてくれない。

 まあ、私が悪いのだけど。最近は、何かと透に頼りきりだった。

 メンタルが弱めの私は、就職活動でも案の定というか、精神的なダメージでダウンすることがあった。

 その度に、透に慰めて貰っていたのだけど、おかげでさまで変な甘え癖がついて自分でも困っている。

 

「私が隣に居ても映画が怖いのは変わらないんだけど……」

「抱き着ける人が居るのと居ないのとでは、心持ちが違うでしょ!」

「それはよく分かんないけど……まあ良いか。でも、この前みたいに映画館で悲鳴は上げないでね? 本当に恥ずかしかったんだから」

「あ、あれはごめん……。でも、音でびっくりさせるのは反則だよ……。私以外にも声が出ちゃってる人いたし」


 透は仕方なさそうに笑うと、スマホを操作する。

 たぶん映画の上映時間を確認してくれているんだと思う。

 こういうスマートなところが透の頼りになる所なのだ。


「今日行くなら、13時からか、16時からかな。ナイトだと19時からもあるけど……」

「夜は帰り道が怖くなるから無理」

「だと思った。じゃあ、明るいうちに帰れる13時からでいい?」

「よろしくお願いします」

「了解。じゃあ、ネット予約で席とっちゃうよ」

「うん。ありがとね、透」


 私と初めて会った時の、ガチガチに緊張した可愛い大学一年生はどこへやら。

 透はすっかり頼れるお姉さんになってしまった。ちょっと寂しいような。頼りになる恋人に惚れ惚れするような……。

 

「どうしたの、じっと見て?」

「なんでもな~い。私の恋人はカッコいいなと思っていただけ」

「何かよく分かんないけど、素直に喜んでいいの?」

「もちろんですとも」


 困ったようにはにかむ透は、どこまでも愛らしい。

 思わずキスしてやりたくなる――。


 ちゅ。


「ん…………ちょ、ちょっと、透さん?」

「い、いや……つい……」


 油断している隙に、さらっと透の方から唇を奪われてしまった。

 自分でやっておいて恥ずかしそうにするのは、いつものことだ。

 

 まずい。予定を変更して、朝からベッドに押し倒してやりたくなってきた……。


「え、映画行くんでしょ? 準備しなきゃ」


 透は何かを察したのか、私に釘を刺すようにそんなことを言う。

 

「透から誘ってきたのに……」

「琴声が映画に行きたいって言ったんでしょ!」

「は~い……」


 こんなことならホラー映画になんて誘うんじゃなかった。

 ほんの数分前の自分が恨めしくなる。

 私は「ぐぬぬ」と(うな)って透に抱き着いた。

 すると、透はもじもじとしてから、目を逸らして小さく呟く。


「よ、夜にね……」

「は~~~~、私の彼女が可愛すぎる!」

「うるさいうるさい! ほら、早く出かける準備するよ!」


 まどろみの中に居るような幸せな時間。でも、この時間にも終わりはやって来る。

 これから半年もしないうちに、私は大学を卒業する。

 今のアパートから引っ越して、隣同士の生活は終わりを迎える。

 でも、その変化を私は恐れない。

 物理的な距離は遠くなってしまうけれど、心の距離はきっと変わらない。

 今のこの時間の先に、きっと、もっと幸せな未来が待っていると、私は信じている。

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