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第15話 私が先輩と百合な関係になるまでの話④

「琴声さん、一応聞きますけど、体調が悪いっていうのは?」

「ごめん、仮病……」

「そんな気はしていました。良かったです。本当に体調が悪いところに押しかけてしまったわけじゃなくって」


 精神的な疲弊も体調不良と言えばそうなのだけれど。実際、琴声さんは今も気怠そうな顔をしている。


「それにしても、援助交際ですか。琴声さんが私にこの話を今までしなかったのって、私がその変な噂をちょっとでも信じちゃうかも……とか心配していたからですか?」

「それは……透が、こんな話、信じるわけないって、頭では分かってるの。でも、やっぱり……」

「率先して話したいことじゃない?」

「……うん」


 まあ、そうだろう。デリケートな問題だし。

 何より、友人だと思っていた人たちにことごとく裏切られたのが彼女だ。出会って数ヶ月の私を簡単に信じろと言う方が難しい。

 今のは、私が悪い。琴声さんを追い詰めるような言い方をしてしまった。

 

「すみません。先輩に怒ってるわけじゃないんです」

「ほ、本当? なんか、透の顔、怖いんだけど……」 

「そりゃあ、()()()()が傷つけられていることを知っちゃったら……私だって怒りもしますよ」


 頭の中には、公園で会ったあの男たちを引っ叩いてやりたいと思う自分が居る。

 イライラというか、もうちょっとした憎悪だ。


「す、好きな、ひと…………そっか、ありがとね」

「い、いや、今のは……」


 咄嗟にとんでもないことを口走ったことに気づいて顔が一気に熱くなった。

 琴声さんは私の『好き』の意味を、純粋な友人としての好意と受けとっているだろうけど……。

 いつもなら、その勘違いに感謝して、話を曖昧に流してしまうところだ。

 でも、今はもういっそのこと、私の感情を洗いざらいぶちまけてしまいたい気持ちにもなっている。


 もう本当に思うまま言ってやろうか? 言うか? 言っちゃおう。

 

「なんというか……呆れた人たちですね。フラれた逆恨みでデマを流すなんて。浅ましいというか、女々しいというか、気持ち悪い。ゴキブリの方がまだ愛せそうです」

「と、透?」

「ああ、すみません。好きな子に悪戯しちゃう小学生の話しみたいで……それを大学生にもなってやっている人が居ると思うと、なんかもう嫌悪感が凄い」

「東雲さん……?」


 いつもは口下手な癖に、自分の舌がこんなに良く回ることを初めて知った。

 若干琴声さんが引いてしまっている。でも、そんな顔も綺麗だ。

 

「琴声さん、私、今から凄い我儘(わがまま)なこと言いますね」

「は、はい」


 ローテーブルを挟んで彼女と向かい合っていた私は、琴声さんの隣に移動する。それから、彼女の間近に正座すると、彼女の右手を、両手で包み込む。

 琴声さんは突然の事に驚いた顔をしていた。遅れて、ピクリと小さく肩を跳ねさせる姿が可愛らしい。

 

「私は、琴声さんにもっと早くこのことを教えて欲しかった。辛いことがあるなら相談して欲しかった。私を、信じて欲しかった」

「……ごめん」

「謝らないでください。言ったじゃないですか、これはただの我儘です」


 まだまだ色々言いたい。でも、とりあえず優先して伝えるべきことを伝えよう。

 私は両手の中に納まる琴声さんの小さな手を胸元に手繰り寄せる。


「私、琴声さんの事が好きだから。琴声さんの全部が知りたいんです。楽しいことも、辛いことも、私と分け合って欲しい。力になれるか分からないけど、困っているなら頼って欲しい。琴声さんの力になりたい。そう、思っているんです」


 私の想いを一方的に琴声さんへ押し付けてしまった。

 身勝手なことだ。でも、言わずにはいられない。

 琴声さんの隣に居たい。もっと近づきたい。

 琴声さんを前にすると、胸が高鳴る。この早鐘のような心拍は、彼女に伝わっているだろうか?

 

「私のこの感情を、琴声さんは、好ましくは思えないかもしれないけれど……大好きです」


 これだけ言ってしまえば、誤解も何もあったもんじゃないだろう。

 私の言いたいことは言った。

 あとは、琴声さん次第だ。

 

 どんな言葉が返ってくるだろうか。拒絶されるだろうか、やんわりと距離を取ろうとするだろうか。

 恋愛というもの自体を忌避している様子の琴声さんには、()()()()だけかもしれない。

 怖いし、赤裸々な言葉を伝えたことが少し恥ずかしい。

 それでも、私は琴声さんの目を見た。


 ――彼女の大きな瞳は、今にも溢れそうなほどの涙を湛えていた。


「……信じて良い?」


 私の言葉を、私の気持ちを、私自身を。

 どういう意味だろうか? きっと、全部だろう。

 

「信じて欲しいです」

「好きになっても良い?」


 ちょっとだけ苦しそうに顔を歪めていた。何かを堪えているみたいに、肩をこわばらせていた。

 私は、何も考えないで、彼女を抱きしめる。


「せっかくなら、愛して欲しいです」

「……透は、意外と大胆なんだね」


 彼女の両手が、私の身体を優しく包み込む。

 私も、泣きそうになった。


「ありがとう。私も、愛してるよ。透」


 そして、今日という日は、私のこれまでの人生で最良の日になった。

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