デフレーション
妥当な昇進を果たした男が、高級の街路を歩き、現在のステータスに釣り合う衣服を探し求める。瀟洒な路面店の前に一人の若い女が佇んで、熱心にショーウィンドウを見つめていたから、男も同じものが気になって足を止めた。その女は晴れやかに微笑みかけると男に場所を譲り、軽く弾む足取りで青信号を渡ってゆく。
男も、その時点では気分がよかった。しかしショーウィンドウの中を見るなり眉をひそめ、展示された商品の価格に対し不満を露わにする。プライスカードを睨めつけて、ずらりと並ぶゼロの数を慎重に数え直した。すると今度はゼロが一つ減っている。
次の客が横に立ち、順番を待っているようだったから、男は不機嫌なまま場所を空け、後日改めて出直すことにした。
翌週に例の街路を訪れ、あの店の前まで来ると、またあの時の女がショーウィンドウに陶酔しながら立っている。女は男に気がつくと以前に増して美しい笑顔をして「さあ、どうぞ」と、男を窓硝子の正面に導いた。
男が立っている。不満を隠す気も失せて。
ゼロの数は目で追うまでもなく、片手の指で確実に数えられるほど少なかった。
空っぽのショーウィンドウを見つめる男の様子はすっかり覇気を失って、確かに、適正価格に思われた。