表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/33

006 零れる笑顔に癒される

 玄関扉は開いたままだったので、「失礼します」と一声かけて部屋に上がる。奏さんの家の中は、ガランとしている。星志君の部屋の床は、黒でシックな雰囲気だったけど、こちらは床も壁も真っ白だ。入ってすぐにあるシューズクロークもガラガラで、必要最低限の靴しか置いていないようだった。

 清香は、真っ直ぐな廊下を歩いてリビングへと向かう。扉を開けて中に入ると、「うわー」と驚きの声が出てしまう。


「何もない……」


 驚くほど、物が何もない部屋だった。リビングにあるのは壁掛け式の大きなテレビと、その前に真っ白なラグ。ダイニングには、これまた真っ白なダイニングテーブルが置いてあるだけ。生活感が全く感じられず、これでどうやって生活しているのだろう? と疑問が浮かぶ。

 どこもかしこも白で統一された部屋は、掃除はこまめにしているのかチリ一つ落ちていない。持っていたトートバッグを、部屋の隅に置くとキッチンへと向かう。キッチンも思った通り白で統一されていて、備え付けのカップボードの中には、必要最低限の食器しか置かれていなかった。

 アイランド型の立派なキッチンは、全く使っていないのか新品同様のピカピカだ。クッキングヒーターにも汚れは見当たらない。


「こっこんな綺麗なキッチン……。油断なんてできないな……」


 汚すことは許されないと圧を感じ、恐れおののく。そうは言っても、食事を頼まれたのだから家政婦として作るしかない。

 やるしかないと、材料を確認するために冷蔵庫を開けさせてもらう。中は、ガランとしていてベーコンと卵、あと缶ビールが入っているだけ。

 キッチンの棚も一応全部確認したのだけど、玉ねぎとレンジで温めるパックのご飯が出てきた。


「とりあえず、ご飯があって良かった」


 清香は、手を洗いオムライスを作った。本当に簡単で、具が玉ねぎとベーコンだけというシンプルなものだ。牛乳があったら卵に入れたかったのだけど仕方がない。次回は、ちゃんと材料を揃えてから作ろう。救いだったのは、一通りの調味料だけはあったことだ。ケチャップがなかったらオムライスは作れなかった。

 出来上がったオムライスをお皿に乗せて、ダイニングテーブルに運ぶ。飲み物は、キッチンにウォーターサーバーがあったのでお水を注いでお皿の横に置いた。


 料理ができたのはいいけれど、奏さんはどこだろうか? と視線を階段の上に向けた。

 一階にいないということは、恐らく二階で何か作業をしているはずだ。勝手に二階に上るのは気が引けたけれど、下から声を掛けても気づかないと思ったので階段を上った。

 上の階には、扉から音が漏れている部屋がある。きっとあの手前の、一番広い部屋にいるのだろうと軽くノックをした。


「はい」

「あの、食事ができあがりました」


 ガチャリと扉が開くと、耳全体を覆う形のイヤホンを身につけた奏さんが顔をのぞかせる。その背には、パソコンや何に使うのかわからない電子機器、それにギターやキーボードなどの楽器がたくさん置かれていた。床には、白い紙が散らばっていて他の部屋とは全然違う雰囲気だった。


「早いね。今行く」

「はい」


 清香は、先に一階に降りてキッチンに戻る。気合を入れて、後片づけをするつもりだった。使う前のように、ピカピカにしなければいけないと使命のようなものを感じる。きっと、奏さんは綺麗好きなんだろうと片づけをしながら考えていた。

 無心でフライパンを洗っていたら、いつのまにか下に降りてきていた奏さんと目が合う。


「美味しい」


 奏さんが、オムライスを食べていた手を止めて、へらりと笑ってくれた。美男子の突然の笑顔に、清香はクラクラしてしまう。

 だけど、そんな感情を悟られる訳にはいかない清香は、普段通りの表情を心がける。


「ありがとうございます。ごくシンプルなオムライスで申し訳ないんですが……」

「いや、充分、美味しい」


 初対面の時の不機嫌さがすっかり消えていて、清香はホッと息をつく。一応、家政婦として合格点をいただけただろうかと安堵する。

 奏さんにそっと視線を向けると、止まることなく食べ進めてくれている。今まで、家族以外に自分の作ったものを食べてもらう機会がなかったので、喜んでもらえて素直に嬉しい。 

 星志くんや奏さんに喜んでもらえて、絶対にここで働きたいと本当の意味で感じていた。


 ―――「リリリリンーン」


 静かだった室内に、スマホの着信が鳴り響く。奏さんの方から聞こえるのだけど、彼は一向に電話に出ない。もちろん奏さんにも聞こえているはずで、それで電話に出ないのだからきっとわざとなのだ。

 余計なことは言わない、考えない、見ないと清香は呪文のように自分に言い聞かせる。

 奏さんが出なかった電話は鳴りやみ、室内の静けさが戻る。しばらくは、清香がキッチンを片づける音だけが聞こえていた。


「ごちそうさま」


 奏さんは、満足そうにコップのお水を飲んでいる。清香は、食器を下げるためにダイニングテーブルの方に向かった。


「明日も来られる?」

「はい。お隣の星志君には、明日の十時に洗濯を頼まれているので、その時間以外なら大丈夫です」

「同じ時間に食事作りに来て。買い物も行って欲しい」

「もちろんです。何か食べたいものありますか?」

「和食」


 奏さんはそう言うと、座っていた椅子から立ち上がってクローゼットの方に歩いて行く。何かを出して、こちらの方に戻って来た。


「お金。二、三日分の食材買ってきて」


 奏さんの手には、一万円札が握られている。


「かしこまりました。では、正午ちょっと前に伺いますね」

「鍵はポストに入れとくから。番号1212」


 清香は一万円を受け取って、「ありがとうございます」と頭を下げる。ポストの暗証番号も覚えやすくて助かる。でも一応、スマホのメモアプリに書き込んだ。


「よろしく」


 奏さんは、無表情だったけれど清香に対して普通に接してくれた。星志君との扱いの違いに、ギュッと心を掴まれる。もちろんこれは、人として好感を抱いただけだ。

 だって、星志君の最後の態度が余りにも酷かったから。清香に釘を刺したかっただけなのかもしれないけれど……。奏さんは、言葉数少ないし表情にも気持ちが出てないけれど、さっきのご飯を食べた時の笑顔が全てをチャラにする。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 清香は、バッと深く頭を下げた。すると、またしても奏さんのスマホが鳴った。だけど、何事もないかのように、ポケットに入っていたスマホをダイニングテーブルの上に置いて去って行く。


「作業に戻るから。片づけ終わったら帰って」


 そう言う間にも、奏さんのスマホからは「リリリリーン」と音が鳴っているのだけど完全に無視している。スマホをそのままにして、奏さんは二階に上がってしまった。

 なぜ、電話に出ないのか物凄く気になる清香だけど、大人しく片づけに戻ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ