033 自分だけの居場所
「星志君は、今日のお仕事は大丈夫なんですか?」
「今日は、たまたま早く終わったんだよ」
「そうなんですか……。では、お言葉に甘えさせてもらってもいいですか?」
「おう。行くぞ」
何だか、今日は星志君がやけに優しい。いつもと違うと何だか怪しく感じる。だけど、忙しい星志君が、そんなまだるっこしいことする訳ないか……。
清香は、素直に隣のお家に上らせてもらう。仕事に関係なく、星志君の家にお邪魔するのは初めてだ。
「お邪魔します」と一声かえて、中に入る。星志君は、どんどん先に行ってしまうのでその後ろを付いていく。リビングに通された清香は「えっ?!」っと声が出てしまう。
「誕生日おめでとう」
三人から出迎えられて、クラッカーがパンッパンッと鳴り、清香の頭に紙テープや紙吹雪が舞い散る。清香は、目をまん丸にして言葉が出ない。
「おい、清香大丈夫か?」
星志君が、心配そうに清香の顔を伺う。
「突然だったら、びっくりしちゃったかな?」
成瀬さんが、笑顔で問いかける。
「星志が、驚かせようなんて言うから」
奏さんが、ボソッと呟く。三人の言葉を聞いた清香は、頭が動き出してじわじわと熱い気持ちが湧き上がる。
「びっくりしたけど、嬉しいです。何で、私の誕生日って知っているんですか?」
誰にも誕生日の話はしていなかった筈なのに……。でも、こんな風にお祝いしてもらえるなんて、とんでもなく嬉しい。こんな誕生日は初めてだ。
「いちが、連絡よこしたんだよ。ぼっちだったら、祝ってやれって」
成瀬さんが教えてくれた。
「いちさんが……」
確かに、いちさんには履歴書を送ったので、誕生日を知っていてもおかしくない。こんな風に気にかけてくれるなんて嬉しくて心が躍る。
「今日で、二十歳なんだって? さすがに、ぼっちはかわいそうだからな。ほら座って。たくさん、ご馳走用意したんだぞ」
星志君が、ダイニングテーブルの方に視線を移した。そこには、テーブル一杯にご馳走が並べられている。ピザやパスタやローストビーフ。それに色鮮やかなサラダもあるし、唐揚げやポテトなどの定番料理もある。
一番目を引いたのは、テーブルの真ん中に置いてある大きなホールのケーキだった。フルーツがふんだんに飾り付けられていて、真ん中にでかでかと「happy birthday清香」と書いてある。ホールの誕生日ケーキなんて初めてで、目が輝いてしまうのを抑えられない。
「すっごい。誕生日のホールケーキだ! すっごく可愛いし美味しそう」
清香は、胸を高鳴らせ満面の笑みになる。
「凄い喜んでる。奏君良かったね」
「喜んでるし、早く食べよう」
成瀬さんが、奏さんに話しかけるも照れ隠しなのかそそくさと席につく。清香は、星志君の隣に座り、向かい側に成瀬さんと奏さんが座った。
「じゃあ、記念すべき二十歳のお祝いだから、一口だけシャンパンで乾杯しよう」
成瀬さんが、シャンパンのコルクを抜いてくれた。清香は見慣れない光景に、ドキドキする。シャンパンで乾杯だなんて、ドラマとか漫画とかの中だけで清香の身近にはないものだ。
シャンパングラスに成瀬さんが、シャンパンを注ぐ。華やかな金色の液体が注がれたシャンパングラスは、それだけでおしゃれだ。
「星志は、サイダーな」
成瀬さんはどこから持ってきたのか、グラスの一つに透明のサイダーを注ぐ。
「俺だけ、サイダーって……」
「あと二年、我慢だな」
残念そうに星志君は、サイダーの入ったグラスを受け取っている。ボソッとしゃべる奏さんの前に、成瀬さんがシャンパングラスを置いた。
「はい。清香ちゃん。清香ちゃんは、病み上がりだから一口だけね。味見してごらん。初心者用に甘口にしたからね」
どこまでも気の利く成瀬さんは、いちいち格好よい。「ありがとうございます」とグラスを受け取った清香は、どんな味なのだろうとウキウキしていた。
「では、清香ちゃんの二十歳の誕生日を祝って乾杯!」
四つのグラスが、カチンッと合わさる。清香は、ゆっくりとグラスを口に運び一口だけ口にする。冷たい炭酸が喉を通過すると、なんとも言えない複雑な味を感じる。
アルコールの刺激が口の中に広がり、ちょっと顔をしかめる。
「どう、清香ちゃん?」
成瀬さんが、清香の感想を心待ちにしている。
「正直に言ってもいいですか?」
「いいよ」
「美味しいのか、わかりません」
「あっはっはっは。素直でよろしい」
成瀬さんは声を出して笑い、奏さんはすでにシャンパンを飲みほしている。
「やっぱり清香は、お子ちゃまだな」
星志君は、サイダーの癖に偉そうに言う。
「また、そう言う意地悪言わない。さー食べよう。清香ちゃんが何が好きかわからなかったからさ、とりあえずパーティーと言えばな定番にしてみました」
「嫌いなものないので大丈夫です! どれも美味しそうで、どれから食べたらいいか、迷っちゃいますね!」
成瀬さんは、お兄さんみたいに星志君を窘めてくれる。二人のそんな関係性も、なんだか面白くて微笑ましい。こうやって四人で集まるのも初めてだから、なんだかとても新鮮だ。
みんなと一緒の空間が嬉しくて、清香の口角はずっと上がりっぱなしだ。
――――「ティロリロリン。ティロリロリン」
料理を食べ始めたところで、清香のポケットの中にあるスマホが鳴った。画面表示には、「一理」と書いてあった。
「あっ、いちさんだ。ちょっと出てもいいですか?」
「どうぞ」
奏さんが、返事をしてくれて二人も頷いている。
「食べてて下さいね。ちょっとだけ話してきます」
清香は席を立って、リビングを出ると玄関に続く廊下で電話に出た。
『もしもし、いちさん?』
『ぼっち、誕生日してんの?』
いつもの、いちさんの適当な返事が返ってくる。
『もう、一人じゃないよ! いちさんが、教えてくれたから、みんながお祝いしてくれてるよ。本当にありがとう』
『なら、良かったな』
いちさんが、ふーと息を吐く。今日も変わらず煙草休憩だ。
『うん。本当に嬉しい』
清香は、心を込めてそう言った。もうさっきから、胸が一杯で油断したら泣いてしまいそうなのだ。
家族から、あんな風に盛大にお祝いしてもらったことがない。清香の家族の中心は父親で、彼の言うことが全てだ。父親が、清香の誕生日祝いをよしとしないから、毎年ちょっと豪華な食事だけだった。
プレゼントなんてなかったし、ケーキを買って来てくれることもなかった。その癖、自分や兄の誕生日は盛大にお祝いするから質が悪い。思えば、母親の誕生日もお祝いしたことがなかった。なんであんなに、男ばかりを敬いたがるのかさっぱり理解できなかった。
『なあ』
『うん』
『じゃー、今度は俺を祝ってくれよ』
『えっ?』
いちさんの突然の要求に、意味がわからなくて訊ね返してしまう。
『俺もさ、今日、誕生日なのよ。九月二十五日。三十歳の誕生日』
『嘘?』
にわかには信じられなくて、清香の声は大きくなってしまう。
『嘘じゃねーし。信じないなら別にいいわ』
『ちょっちょっと。ごめんなさい、信じます。でも、こんなことってあるんだ……』
誕生日が同じ人なんて、初めて会った。驚き過ぎて、若干放心している。
『ほら、歌って』
『えっ? 歌?』
『誕生日を祝うと言えば、歌しかないだろ。ほら早く』
いちさんが、急かして来るから歌わざる得ない。何でいきなり歌? って思わなくもないけれど、今自分ができることはそれしかないので腹をくくる。
清香は、リビングを気にしながらも「ハッピ、バースデイ」と歌い始める。いちさんは、清香の歌を黙って聞いていて時折、たばこを吸っている。
『いちさん、三十歳のお誕生日おめでとう。同じ誕生日だなんて嬉しい』
清香は、最後まで歌い終わると祝福の言葉を述べる。
『おう。俺もさ、履歴書見た時に驚いたんだよね。だから、今日も覚えてたんだよ。お前、熱出したって聞いたからさ。まさかぼっち誕生日か? って』
いちさんが、ちょっと笑っている。
『いちさん、笑ってるでしょ。相変わらず、運悪いやつだなって』
『よくわかったな』
いちさんが、クスクス笑っている。清香は、酷いと口を尖らせるけれど……。
『でもさ、俺が清香の誕生日、覚えててやるからいいだろ? 多分この先ずっと、縁が切れたとしても、同じ誕生日の清香は忘れないな』
いちさんの言葉に、深い意味なんてきっとない。だけど、それでも、清香の心のど真ん中にいちさんの言葉が突き刺さる。こんなこと言われて、嬉しくない訳がないし、さっきからずっと抑えている感情が溢れ出てきそうだ。
『うん。私も、いちさんの誕生日、忘れないと思う。ねえ、いちさん』
『なんだよ?』
『色々ありがとう。私どうやって、いちさんにお礼したらいいんだろう……』
『別に、お礼なんていらねーし。また、楽しい話を聞かせてくれれば』
いちさんの声が、楽しそうだ。ちょっと複雑さはあるけれど、でもいちさんには感謝しかない。東京での生活に耐えられたのは、いつも話を聞いてくれたいちさんがいたからだ。
「清香ちゃーん! ケーキ切るよー」
リビングの方から、成瀬さんの大きな声がする。
『ケーキだってよ。もう切るぞ』
『あっ待って。いちさん、お誕生日おめでとう。三十歳が、素敵な一年になりますように。また、電話待ってます!』
『ああ。清香も、もう風邪引くなよ』
いちさんの優しい言葉が聞けたと思ったら、すぐにプツンッと切れてしまった。清香は、嬉しくて感情が高まり目頭が熱い。
今にも涙が零れそうだったけど、グッと堪える。みんなの元に戻るなら、折角なら笑顔でいたい。
温かなリビングの明かりが、ちょっとだけ空いている扉から漏れている。清香は、その光り輝く空間に向かって大きな声で返事をする。
「はーい! 今、行きます!」
人生で一番幸せな誕生日を迎えた清香は、嬉しさに胸を弾ませながら、はち切れんばかりの笑顔になる。扉の中の三人が、自分を待っていてくれていることが凄く嬉しい。
ちょっと意地悪ないちさん。自分勝手だけど憎めない星志君。マイペースだけど真剣な奏さん。そして、とても優しい理想のお兄ちゃんな成瀬さん。彼らと過ごす今を大切にしたい。
ここアレースは、清香がずっと欲しかった自分だけの居場所になった。
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