029 秋の食卓
清香は今、奏さん宅で夜ごはんの支度をしている。今日は、一日中大学の授業がある日で、夕方頃にアレースに帰って来て順番に仕事を片づけていた。
アレースで仕事をするようになって、一ヵ月半くらい経つのだが圧倒的に成瀬さんの家に費やす時間が少ない。週に2、3日しか帰って来ないので成瀬さんが心配になってしまう。
部屋の片づけは、時間を見つけて掃除をしに行ったので綺麗な部屋になった。その部屋を見た成瀬さんは、とても喜んでくれた。
そして今日、成瀬さんが帰って来れそうだということなので、週末だし奏さんと三人でご飯を食べようと言われているのだ。
清香も一緒にと言ってもらえて、凄く嬉しくて今日は朝からソワソワしてばかり。普段清香は、仕事が終わった後に自室に帰って一人で食事を食べている。
だから、誰かと食べるご飯は貴重でとても楽しみなのだ。本当なら星志君も入れて、四人でって話だったのだが……。残念ながら星志君は、お仕事だった。
今日の夕飯のメニューは、秋らしくさつま芋ご飯、キノコのお味噌汁、さんまの塩焼き、カボチャの煮物の四品。それと、デザートの柿。時間のかかるさつま芋ごはんから順番に作り、一品ずつ出来上がっていく。
奏さんは、作業中で下には降りて来ていない。
ドラマ製作会社の新道さんの案件後も、度々スマホを放置しているのを見つけることがあって、そんな時は仕方がないので清香が理由を聞くようにしている。
大抵の場合、先方に問い合わせをするか、納期を待ってもらうように交渉すればなんとかなることが多く、清香がマネージャーのような感じになっている。
でもそれも、新道さんの様に清香に感謝してくれる人が多くて、今では仕事の一部になるつつある。感謝されると、自分が役に立っている実感が湧いてくるから、それがモチベーションにつながっている。
「よし、できた! 成瀬さんもお仕事上れたみたいだし、良かった」
清香は時計を見て、七時過ぎていることを確認した。お皿に盛るのはまだ早いと思い、ダイニングテーブルに座って一休みさせてもらう。
いちさんからの最初の契約は、一日八時間労働だった。だけど、頼まれた仕事が終われば別に終了でよいと言われ、無理なく学業と両立できている。
最初は大丈夫か心配だったけれど、三人ともみんないい人で、ここで働かせてもらえて本当に良かったとひたすら感謝だ。
足音が聞こえると思ったら、奏さんが上から降りてきていた。
「できた?」
「はい。成瀬さんも、そろそろ着くと思います」
そんな会話をしていると、清香のスマホが「ティコン」と鳴った。メッセージを見ると、成瀬さんが駅に着いたという知らせだ。
「成瀬さん、駅に着きましたって。料理、お皿に盛りますね」
清香は、椅子から立ち上がってキッチンに戻る。奏さんは、手を洗いに行ったのか一瞬姿が見えなくなったけれど、いつのまにかダイニングテーブルに座っていた。
奏さんは、食器が好きなのか結構色々な種類が取り揃えられていて、料理をお皿に盛るのも楽しみの一つ。デザートも入れた五品を、綺麗にお皿に盛っていく。できるだけ彩どりを心がける。
ダイニングテーブルに、三人分の食事が綺麗に並べられた時を見計らったようにして、インターホンが鳴った。
「私、出ますね」
清香は、玄関に走る。扉をガチャっと開けると、笑顔の成瀬さんが立っていた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。いいなー何かこういうの」
成瀬さんが、ニコニコして玄関の中に入る。
「丁度、ご飯できたところです。奏さんも、もういますよ」
「今日のメニューは何だろ? 楽しみだな」
清香は、先に成瀬さんをリビングの中に促して自分は後から入る。
「奏君、お邪魔します。うわぁー相変わらず、何もない部屋だね」
成瀬さんが、驚きの声を上げて笑っている。
「お疲れ様です。成瀬さん」
奏さんは、いつも通りの無表情で返答している。二人が一緒の空間にいるのは、紬さんのお店に行った以来で何だか新鮮だ。
「成瀬さんは、手を洗って来て下さい」
「はいはい」
清香に言われた成瀬さんは、荷物を置くと大人しく洗面所の方に向かった。三人がテーブルに着くと、成瀬さんが感嘆の声を上げる。
「凄いね。ご馳走じゃん。今日も美味しそうー」
「ありがとうございます。秋の食材で料理してみました。さつま芋ご飯と、きのこのお味噌汁、さんまの塩焼き、カボチャの煮物、それと柿です」
「うんうん。早速、食べよう」
三人は、それぞれ「いただきます」を言うと料理に箸を付ける。成瀬さんも奏さんも、顔をほころばせて美味しそうに食べてくれる。清香は、この瞬間が一番幸せだ。
実家にいる時は、家族のためにご飯を作っていたけれど、こんな風に美味しそうに食べてくれる人はいなかった。美味しいのは当たり前だったし、ちょっとでも冷めている物を出したら「料理もまともにできないのか」と怒られていた。それを思い出すと、ここは本当に天国。
「このさつま芋ご飯、美味しー。自分じゃ絶対にやらないからね」
「良かったです。でも、これは本当に簡単ですよ? ただ、さつま芋切って入れるだけですから」
「その、ひと手間が面倒なんだよ……」
成瀬さんは、ご飯を食べ進めながらしみじみと言う。奏さんは、相変わらず黙々と食べている。時折、笑顔が零れているので、喜んでいるのがわかって清香も嬉しい。
「あのっ。今日は、私も混ぜて頂いてありがとうございます」
「えっ。全然だよ。むしろ、今まで清香ちゃんっていつ食べてたの?」
「家に帰ってからですね」
「そうなの? 何か悪いね……」
成瀬さんは、申し訳なさそうな顔になる。
「気にしないで下さい。そういうお仕事ですし。むしろ職場と住むところが一緒って本当にありがたいので!」
「そう? 一緒に食べられる時は一緒に食べていいんだよ?」
「でも私、食費出している訳じゃないですし。食べてもらっている間に片づけとかできるので、本当に大丈夫です」
清香は、成瀬さんににこりと微笑む。住居費用がタダなのに、そこまで甘えてしまうのは申し訳ない。それに、誰かと一緒に食べるのが当たり前になるのも怖い。
実は、三人で食事を摂りながら心の中は楽しさで溢れていて、胸が一杯なのだ。
「たまには、こうやって一緒に食べよう」
奏さんが、ボソッと言う。
「そうだね。せめて、一ヵ月に一回とか一緒に食べられるといいよね。星志君も一緒に四人でさ」
「はい。とっても嬉しいです」
嬉しい提案に、清香ははち切れんばかりの笑顔になる。月に一回、ボーナスデイがあるとなったらその日の為に一ヵ月頑張れる気がする。ご飯を食べながらも、顔がにやけてしまう。
「そんなに嬉しい?」
すかさず、成瀬さんに突っ込まれてしまう。
「嬉しいですよ。だって、四人でお食事なんて楽しそう。今日は、星志君は生番組なんだって言ってました」
「あー、歌番組なんじゃない? テレビ見てみる? 奏君いい?」
成瀬さんが訊ねると、奏さんはコクンと頷く。清香は、席から立ってテレビの前に置かれたリモコンを手に取り電源を入れる。チャンネルをランダムに押すと、歌番組らしきものが映る。
「これですか?」
「あっ、そうだよ。ちょっとつけとこう。運が良かったら見られるかも」
そして、テレビつけっぱなしにしながら、時折、成瀬さんと会話をしながらご飯を食べる。清香が憧れていた、家族団らんってこんな感じだろうかとふと思う。
自分がもし、誰かと結婚して家族を築いたらこんな風に過ごしたい。
「あっ、このグループだよ。星志君もいるね」
大きなテレビ画面に映ったアイドルグループは、クールで格好良い衣装に身を包み、歌う前に司会者と短いトークで盛り上がっている。
星志君にも話がふられて、クールな返答で盛り上げていた。トークが終わると、ステージに上がり歌の準備が始まる。司会から、曲紹介がありイントロの音楽が鳴った。
キラキラ輝くスポットライトを浴びる星志君は、それと同じくらい輝いている。毎日、顔を合わせているはずなのに、全くの別人のように感じる。テレビに映る星志君は、キラキラ輝くアイドルだった。
「星志君って、アイドルなんですよね。何だか信じられない」
清香は、無意識に心の声が漏れていた。
「はは。そんなこと言ったら、星志に怒られるよ」
「だって、あんなにキラキラしてて……。いつも顔を合わせている人じゃないみたい」
成瀬さんが、駄目だよって顔をする。
「星志は、普段はツンツンしているからね。あんな風に、にっこにこ笑顔なんて絶対にしないし。でも、陰で凄く努力しているんだよ」
成瀬さんにそう言われて、清香も思い当たる節があった。体を作るために、食事には相当気を付けている。たぶん、それは努力していることのほんの一部で、清香が知らないことが沢山あるのだ。
「そうですよね。格好いいです」
清香は、テレビに釘付けになっている。
「四人でご飯食べられるの楽しみだね」
成瀬さんが、にこりと笑顔を零す。清香もつられて、笑顔になった。
とても楽しいご飯を終えた清香は、片づけをして残りのご飯を二つに分けた。多めに炊いたさつま芋ご飯は、おにぎりにして明日の朝ご飯にして欲しいと成瀬さんに持たせた。嬉しそうに、タッパーとおにぎりを持って帰ってくれた。
奏さんは、食べ終わった時に「ごちそうさま」の言葉と共に、いつものスマイルをくれて清香の心の栄養が蓄えられる。
成瀬さんも、「奏君ってそんな顔するんだ」ってちょっとショッキングな顔して驚いていた。奏さんの笑顔は、無敵だと言うことを知る。
そして夜、寝る準備を終えた清香のスマホに、涼太からメッセージが届いていた。スマホの画面を見ると、二十五日の予定が書かれている。
十八時に渋谷駅の中央口とある。どうやら、渋谷にあるレストランを予約してくれたみたいだ。清香は、渋谷なんて乗り換えくらいしか行ったことがない。
どんなお店に連れて行ってくれるのか楽しみで、ドキドキワクワクした。
『了解。楽しみにしているね』と返事を書いて眠りにつく。二十歳の誕生日を迎えるまで、あと一週間だった。




