028 恋の難しさ
本格的に授業が始まり、学業とアルバイトで忙しい毎日を送っていた。一限から授業がある日は、早く起きて授業に行き、午後はお昼ご飯や掃除をしにアレースに戻ってくる。
その逆の日もあり、頻繁に大学とアレースの行き来をしていた。それでも、今までの大学生活よりは、比べ物にならないくらい楽しくて充実している。
大学でも、周りを見回す余裕が生まれて、同じ学部の人と顔見知りになり、会えば少し話しをするようにもなった。
今日は、大学は午後からなので、午前中のうちに星志君の家の掃除や洗濯をする予定だ。いつもと同じように、インターホンを鳴らしてから家の中に入らせてもらう。すると、彼女が来ていたようで、二人はリビングでテレビを見ていた。
「おはようございます」
清香が二人に声を掛けると、星志君からは「おはよう」と返事があったけれど彼女からは何もない。最初に会ってから、何度か会うことはあったけれど、顔を合わせれば一応挨拶くらいはしていたのだが……。今日は、なんだが二人の雰囲気もおかしい。
誰かお客さんがいる時は、透明人間に徹しようとできるだけ存在感を消している。今日は、何かあったのだろうかと心配になってしまった。
「星志君、お昼は二人分作りますか?」
一応、清香は気を利かせて聞いたつもりだったのだけど……。
「私の分はいいわ。もう、帰るから」
彼女が、おもむろに立ち上がり自分の鞄を持って星志君の方を向いた。
「星志、今日は帰る。突然、来ちゃってごめんね」
星志君が立ち上がって、彼女を見たのだけど一瞬だけ面倒そうな顔をした気がする。すぐにいつも通りの笑顔を彼女に向けていたけれど……。
「俺も、ごめん。最近忙しくて自分に余裕がなくてさ……。送ってあげられないけど……」
「大丈夫、一人で帰れるから」
星志君が、すまなそうな顔をして彼女を玄関まで見送っていた。リビングから二人が出てしまうと、清香はピリピリしていた空気が離散した気がしてホッとする。
先に掃除をしてしまおうと掃除機を取り出してかけ始める。掃除機特有の大きな音が出て、リビングの端から掃除を始めた。しばらくすると、星志君がリビングに戻って来てソファーにどかっと腰を下ろした。
「はぁーうぜー」
聞き捨てならない言葉が聞こえる。何事? と思いながら、掃除機をかけつつも星志君の方を見てしまった。
「最近さー、なんかうざくて。今日も、いきなり来ちゃったとかマジ勘弁って感じで……」
独り言なのか、清香に向かってしゃべっているのか判断に困る。清香は、とりあえず、聞かなかったことにしてそのまま掃除機をかけ続けていた。
「おい、何かないのかよ?」
星志君が、今度は完全に清香に向かってしゃべってくる。そんなこと言われても……。誰かと付き合ったことがない清香は返答に困る。
「んー。会いたかったんじゃないですか?」
「そうじゃなくて……。前までは、俺の邪魔にならないようにって、必死さがあったのにさ……。女って、慣れてくると遠慮がなくなるのってなんでなんだろうな?」
「…………私にはちょっと……」
「だよなー。清香に聞いてもしょうがないよなー」
星志君が、物凄く失礼なことを言ってくるけれどその通りなので仕方がない。だけど、星志君の物言いには清香だって引っかかる。好きな人のこと、邪魔だって思うことがあるっていうことが衝撃的。
「星志君は、好きな人でも邪魔に思うことあるんですか?」
「俺さー、俺の都合考えてくれないの嫌なんだよなー。一気に冷める」
星志君の彼女に対する感情を聞いていると、辛くなってくる。自分に置き換えて考えたら悲しい。まるで、いらないって言われているみたいに聞こえるから。
「喧嘩しないで下さいね……」
清香は、そういうのでやっとだった。その後は、もうその話をすることはなく清香は淡々と掃除と洗濯を終わらせた。
お昼ご飯も、星志君の家で奏さんの分と二人分を作って、それぞれの家のダイニングテーブルに用意をしてきた。食べ終わったら、流しに置いて下さいとお願いをして清香は大学に向かった。
大学に行く電車の中でも、さっきの星志君の話が頭の中を回っていてもやもやしてしまう。清香が、そんなこと言わないでと説教する資格なんてないし……なんだかなと心がすっきりしない。あの彼女さん、大丈夫だろうかと心配していた。
それでも、大学に付いて授業が始まれば、そっちに集中することになるのでいつのまにか心のもやもやもどこかに行っていたけれど……。
清香は、五限の授業を聞き終わり次の教室に移動していた。すると、久しぶりに聞く声に呼び止められた。
「清香!」
振り向くと、涼太が後ろから清香を追って走って来ていた。
「涼太、どうしたの?」
「どうしたのって……。夏休み明けに会って以来、全然顔見ないから心配していたんだぞ。メッセージも相変わらず、素っ気ないし」
「そう? でも、学部違うから元々そんなに会わなかったじゃん」
「はぁー。なんで、そんなに冷たくなっちゃったんだよ……。この前は俺が悪かったよ。清香が、いきなり変わっててびっくりしちゃったんだよ」
涼太は、必死にこの前のことを弁解してくる。清香は、涼太に冷たくしているつもりはないのだけど……。今まで、自分でも気づかぬうちに、涼太に対して卑屈になっていて何事も穏便にすませようと、作り笑いを張り付けていたのかもしれない。
今の清香は、言いたいことをそのまま言う自分で接していた。
「もう、いいよ。気にしてないから。私、この後も授業あるから行くね。ごめん」
清香が、涼太を振り切って歩きだそうとしたら止めらた。
「ちょっ、ちょっと待って。これだけ、約束させて。二十五日、清香誕生日だろ? 二人でお祝いしたいから予定明けといて。レストラン予約しとく」
「えっ? 突然どうしたの?」
去年も涼太がお祝いしてくれたけれど、清香の家で清香が作ったご飯を一緒に食べただけだった。ケーキは買って来てくれたけれど……。
「だって、記念すべき二十歳の誕生日だろ? ちゃんとお祝いしたいじゃん」
「うーん」
涼太は、真剣な顔で清香を誘う。涼太の気持ちはもちろん嬉しいけれど……。いつまでも、幼馴染に依存するような形でいいのか考えてしまう。
「清香、俺に祝わせてもらえないか?」
涼太が、祈るような顔で清香を見てくる。そんな必死に、自分の誕生日を祝ってくれると言ってくれる人を断ることができそうにない。
「わかった。楽しみにしといていい?」
「やった! もちろん。ディナー予約しておくから詳細決まったら連絡する。じゃーな、引き留めて悪かったよ」
「うん。こちらこそありがとう」
清香が、にこりと微笑むと涼太も嬉しそうに笑って手を振っていた。




