027 新学期
清香は無事に、アレースの住人三人から家政婦として合格をもらった。夏休みの間は本当に楽しくて、ちょっとだけ生活に余裕もあり、自分のためにお金を使えた一ヵ月だった。
アレースの住人とも、仲良くしてもらっていて今は合鍵を預けてもらえるようにもなっている。
そして、夏休みが終わって今日から大学が始まる。大学の授業が始まっても、一日中授業があるということはそうないので、上手に時間を使いながら家政婦の仕事も続けるつもりだ。
アレースの三人も、学業を優先していいと言ってくれたので、成績も落とさないように頑張っていこうと思っている。それに、学校までも電車で三十分くらいなので、無理なく通えそうだ。
清香は、最初に出会った後も、奏さんのお姉さんである紬さんに色々とアドバイスをもらった。今日着ている服も、彼女に選んでもらったファストファッションのものだ。
夏休みに入る前の清香はすっかり影を潜めて、自分でも少しだけ上を向いて歩けるようになった。髪を切った清香を見た、星志君も奏さんも凄く褒めてくれてとても嬉しかった。それが自分にとって、自信になっていて三人には本当に感謝している。
久しぶりに大学のキャンパス内を歩く清香は、ちょっとだけわくわくしていた。今までは、授業に出てすぐにアルバイトに行って、できるだけ節約を心がけてという生活をしていたから、心に余裕がなかったのだ。
友達を作ろうともしていたなかったので、後期では授業のことを聞ける知り合いくらいは作りたい。そう思ったら、やっと大学生活が楽しく思えてきた。
「もしかして、清香?」
横を通り過ぎようとしている男性から声をかけられる。清香が、声のした方を見ると涼太だった。
「涼太、久しぶり」
涼太ににこっと笑いかける。
「どうしたんだよ? それ」
涼太は、清香の全身をくまなく見て物凄く驚いている。
「夏休みだったから、イメチェンしてみた。どうかな?」
清香は、足を止めて涼太に向き合う。
「どうって……。かっかわ……っていうか、清香らしくないだろ」
涼太が、清香から目を逸らして非難する。
「清香らしくないって何? 今までの地味で田舎臭い方が私らしいって言うの?」
清香は、涼太の言い方に怒りが沸く。誰がどうみたって、前の清香の方が良いはずがないのに……。それが私らしいだなんて、馬鹿にするのもほどがある。
「そうじゃないけど……。清香は、東京に染まって欲しくないっていうか……。素朴なところが良かったのに……」
「もういい。涼太なんて話にならない」
清香は、涼太を振り切って教室に向かおうとして腕を掴まれる。
「ちょっと、離してよ」
「待てよ。それよりも、引っ越したって何なんだよ? こっちに帰って来たタイミングで連絡してくるなんて……。しかも、おばさんにもおじさんにも全く連絡してないんだろ? 心配していたぞ」
清香は、もう一度止まって涼太をにらみつける。
「涼太に言ったら、すぐにうちの親に言うでしょ。それに、こっちでの生活資金は自分で稼いでなんとかしているんだから、両親にいちいち報告するような義務ないし」
「俺だって言いたくて言っている訳じゃ……。どこに引っ越したかくらいは、教えろよ!」
「絶対に嫌。涼太が心配してくれるのは嬉しいけど、正直もうしんどいの。だから、ごめん」
清香は、今まで言ったことがなかった言葉を口にする。涼太のことは、大切だし傷つけたくないから今までずっと我慢していたけれど……。少しだけ自信がもてるようになった清香は、これ以上自分を殺して生きるのは無理だった。涼太には、ショッキングな言葉だったようで顔が引きつっている。
「――――清香……」
「本当にごめん」
清香は、涼太の手をほどくと彼の前から遠ざかる。今日ほど、涼太と学部が違うことを嬉しく思った日はなかった。
休み明け初日のオリエンテーションが終わると、清香はすぐにアレーヌに帰り後期の時間割を練ることに集中した。奨学金を受けている清香は、成績を落とすこともできないし、単位を落とすこともできない。
時間割に無理がないようにカリキュラムを練っていく。勉強すること自体は好きなので、大学の講義を聞くのは楽しい。商学部に通っている清香は、まだ二年生なので総合科目が中心だ。できるだけ幅広く色々な授業を取りたい清香は、時間割とにらめっこしながら取りたい科目を決めていく。
まれに、取りたい科目の時間割が被っていると、どっちにするべきか迷う。そうやって自分の時間割を決めるのも、楽しいなーと思えるようになっていた。
――――「ティロリロリン。ティロリロリン」
清香のスマホが鳴って、急いで画面を覗く。そこには、久しぶりにいちさんと表示されている。
『もしもし? いちさん」
『元気してたー?』
久しぶりの電話だと言うのに、相変わらずのやる気のない声。
『元気だよ。いちさんこそ、久しぶりじゃない?』
『なんだよ。俺から電話なくて、寂しかったとか? まじ、やめろよ』
『そっ。そんなこと言ってないし!』
『どうだかねー』
いちさんが、電話の向こうで煙を吐いている。今日も、安定のたばこ休憩らしい。
『いちさん、今日から大学始まったの。ちゃんと、家政婦と両立して頑張るね』
『あー、そんなの当たり前だろ。住人に協力してもらって身ぎれいになったらしいしな。お前、それルール違反じゃね?』
『えっ? 何で? 手伝ってもらっちゃ駄目なんて、いちさん言わなかった!』
『へー。お前も言うようになったね』
いちさんが、皮肉たっぷりに笑っている気がする。
『でも、一人じゃ多分無理だったのは本当なんで……。今日なんて、折角みんなに可愛くしてもらったのに、前の方が良いとか意味わかんないこと言われた』
清香は、ついつい愚痴をこぼしてしまう。でも、いちさんに愚痴をこぼすのは久しぶりなので許して欲しい。
『はぁー? 誰によ?』
『幼馴染』
『あーあの。過保護君か』
『そう』
清香は、大学で会った時のことを詳しく説明する。いちさんは、いつもと同じように「へー」とか「ふーん」とか適当な相槌を打っている。
『ねっ。酷いよね?』
『アオハルなんじゃね? 馬鹿だねーそいつ』
『いちさん、適当なこと言わないで。アオハルって何?』
清香は、いちさんの何も考えてなさそうな適当な返しにちょっとイラっとする。
『とりあえずさ、過保護君は無視だ無視。大体さ、俺なんて清香のビフォーアフター知らないわけよ。だけど、これっぽっちも何も変わってない訳。中身変わってないんだから、外見は可愛いに越したことないだろ。三人のプロデュースなんだから間違いないだろうし』
いちさんの言葉に、清香は目から鱗が落ちる。涼太に素朴な感じが良かったと言われて、今の自分を否定されてショックだった。
清香だって、この一ヵ月色々なことがあって、前向きになれている自分が好きになりつつあったのに……。ずっと一緒にいた幼馴染に、あんなことを言われて心が痛かった。だから、いちさんの率直な物言いにさっきまで刺さっていた心の棘が抜ける。
『これっぽっちも変わってないってことはないかと……』
中身はそのままだと言われたことが、ちょっと嬉しい。変わってない中身を軽んじることがないから。
『俺に愚痴っているうちは、何もかわってねーだろ』
『おっしゃる通りです……』
清香は、いちさんの言葉にぐうの音もでない。でも、それを辞めろとはいちさんは言わない。いつも、適当な相槌を打ちながら聞いてくれるのだ。
『じゃー、仕事も勉強も上手くやれよ。ちょっと今、新しい課題は思いつかないからまた考えとくわ』
『えっ? だってもう本採用されたのに? まだやるの?』
今後も、試練が続くと聞いて清香は不平を零す。
『当たり前だろ。それが楽しいんだから。じゃーな』
言うだけ言って、プツっと電話が切れる。
「嘘でしょー」
すっかり安心しきっていた清香らか叫び声が上がった。
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