019 星志くんと奏さん
星志君の家にお邪魔して、エプロンを付けるとさっそく料理に取り掛かる。今日の夕飯は、夏野菜のコンソメスープ。カロリーオフの豆腐ハンバーグ。それと白滝ご飯だ。
白滝ご飯は、白米と白滝を一緒に炊く簡単ダイエットレシピ。星志君は、別にダイエットをしている訳ではないけれど、カロリーを気にしているみたいなので、できるだけヘルシーにと心がけた。
最初に、白滝をひたすら細かく切るとお米を研いで一緒に炊き込む。次に、スープとハンバーグに使う野菜を切っていく。
三十分くらいしたところで、星志君が帰って来た音がした。リビングに入って来るなり、すぐに清香に声をかける。
「ただいま」
「おかえりなさいませ。もうちょっと遅くなるのかと思っていました」
清香は、料理の手を止めて星志君を出迎える。
「奏さん来るって言うから、速攻帰って来た」
「すみません。勝手に呼んでしまって」
「いや、めっちゃ嬉しいから許す。一緒に仕事したことあるんだけど、そんなに親しくしている訳じゃないから」
なんだか、いつもツンケンしていたはずの星志くんが、年相応の十代の男の子でびっくりだ。清香に対して、まだ心を許していなかったけれど、普段の彼はこんな感じなのかもしれない。
「準備できたら、呼ぶことになっていますから。あと三十分くらいです」
清香は、作りかけの料理を見ながら言う。
「じゃあ、俺、シャワー浴びちゃうわ」
そう言うと、嬉しそうに自分の部屋に上って行った。清香も、止めていた手を動かして料理の続きを始める。切るものが終わったので、後は野菜を煮込んでハンバーグのタネを焼くだけだ。
やがて室内に、ハンバーグの焼けるいい匂いが漂い始める。我ながら美味しそうな匂いだと、自画自賛だ。
食器の準備を始めていると、炊飯器から音が鳴りご飯が炊きあがったのがわかる。炊飯ジャーを開けて、白米と白滝をさっくりと混ぜる。混ぜてしまうと、白滝の存在は薄れ入っているかわからない。
「すげーいい匂い。もしかして、ハンバーグ?」
シャワーを済ませた星志君が、キッチンを覗きに来た。タオルで髪を拭いているが、今日はちゃんと服を着ているので目のやり場に困ることもない。
ジーパンにTシャツと言うラフな格好だけれど、すごく雰囲気がある。イケメンは何を着ていても格好良いということを、このアレースに来て知った。
「はい。今日は、豆腐ハンバーグと夏野菜のコンソメスープと白滝ご飯です。ヘルシーなので、ちょっと遅い時間の夕飯ですが大丈夫だと思います」
「白滝ご飯ってなに?」
「そのまんまです。白滝と白米を一緒に炊いたご飯です。普通の白飯よりもカロリーオフなんですよ」
「へー凄いなっ」
今日の星志君は、ご機嫌でにこにこしている。いつもこんな感じでいてくれると、清香も接しやすくて嬉しいのだけれど……。これを機に、なんとか打ち解けてもらいたい。
「では、そろそろ奏さんを呼びますね」
清香は、ポケットから自分のスマホを出して電話を掛ける。すると約束通り、すぐに奏さんが出てくれた。夕飯の準備ができたことを伝えると、今から行くと言われ電話が切れた。
「これ、運べばいいのか?」
盛り付けが終わったお皿を指して、星志君が聞いてきた。今まで、清香の仕事を手伝ってくれることなんてなかったのに驚きだ。
「私、やりますから、星志君は座っていて大丈夫ですよ」
「奏さん、もう来るんだろ? やるよ」
星志君は、両手にお皿を持ってダイニングテーブルに運んでくれる。清香も、それならばと、まだ出していなかったコップを出した。料理が運び終わり、ダイニングテーブルに夕飯の準備が整ったら丁度インターホンが鳴った。清香が出ようと玄関に足を向けようとしたら、その前にすばやく星志君が駆けていく。
なんだか、少年みたにワクワクしている星志君がとても可愛い。きっと可愛いなんて言ったら、怒りそうなので言わないけれど……。
清香が、キッチンに戻って後片付けを始めていたら二人がリビングに入って来た。二人とも、いるだけで目を引く容姿なので、部屋の空間が一気に華やぐ。
清香は、自分だけが場違いな気分になってくるけれど、そんな感情は心の奥に押しやって無心でお皿を洗う。
「清香」
星志君に呼ばれ、清香は顔を上げた。
「はい?」
「もう、食べていいんだよな?」
「もちろんです。温かいうちにどうぞ」
わざわざ、星志君が清香に許可をとってくるなんて思わなかった。自分の家で、星志君のお客さんなのだから清香なんて気にしなくてもいいのに……。気にかけてくれる気持ちが嬉しくて、はじけるような笑顔になる。
「「いただきます」」
二人が手を合わせて、食べ始める。星志君は、ご飯の説明をしているようで楽しそうな笑顔だ。奏さんは、いつもと同じ無表情だけど食べる手は止まっていない。
星志君が話していることに、奏さんはたまに相槌を打っている。全然タイプの違う二人だけれど、星志君が奏さんを尊敬しているのが見えて微笑ましい。こんなに楽しそうに話す星志君の顔を見ていると、ファンの子たちの気持ちがわかる。
テレビに映っていた時の笑顔とはまた違うけれど、屈託なく話す顔にキュンキュンする。
(これは、アイドルを見ている一視聴者の感想だから仕方ない)
清香は、汚れたフライパンに視線を戻すと浮ついている心を締め出した。洗い物が終わり、ダイニングテーブルの方に視線を移すと、そろそろ食べ終わりそうな気配だ。
清香は、買って来た桃を冷蔵庫から取り出して皮をむく。自分では高いから果物は買わないけれど、栄養を考えたらビタミンも大切なのでできるだけ果物を出すように心がけている。二人とも、果物を出すとちょっと喜んだ顔をするので嫌いではないはずだ。
切った桃を二つの皿に均等になるように乗せた。それを、ダイニングテーブルまで運ぶ。
「今日のデザートは桃です」
桃の乗ったお皿を、テーブルに置く。星志君はもう食べ終わっていたみたいで、奏さんにしゃべりかけていた。
「ああ、ありがとう。この白滝ご飯って、全然白滝の味しないな。普通のご飯でびっくりした。これで、カロリーオフならいいな」
「それは、良かったです。そしたらこれからは、星志君のご飯は白滝ご飯がいいですか?」
「そうだな。その方がいいかもな」
星志君は、桃に手を伸ばして一かけら口に入れる。美味しそうにもぐもぐと頬張っている。美味しそうに食べてもらえると、やはり作り甲斐があるので清香も嬉しい。自然と顔も笑顔になる。
「そういえば、星志君が奏さんと一緒にお仕事したって言うのは、曲を書いてもらったってことなんですか?」
「そうなんだよ。奏さんって人気だから、曲提供してもらうの難しいんだぜ」
「へー。そうなんですね。今度、聞いてみますね」
清香は、何の悪びれもせずそう答える。だけど、その返答が面白くなかったのか、星志君がむすっとした顔になる。
「お前まさか、カナデって歌手知らないの? ネットでバズって凄い人気なのに?」
「奏さんが、作曲家っていうのはこの前教えてもらったおですが……。歌手もしているんですか? 全然知らなくてすみません……」
「お、おまえ……。まじかよ……」
星志君が、驚愕したような顔をしている。そんなに人気だなんて……清香も居たたまれない。でも、エンタメ系のネタは本当に知らないのだ。
「すみません……。私、本当にSNSとかテレビとか摂取してなくて……。見ちゃうとそれで時間が経っちゃうから……」
「清香の息抜きは何なの?」
ずっと黙っていた、奏さんが訊ねる。清香は、息抜きと聞かれて何も思い浮かばない。家にいて、空いている時間は大学の勉強をしているし、集中力が切れてどうにもならなくなると、オンラインでボードゲームをしていたのだ。そう考えると、息抜きがボードゲームなのかと思いいたる。
「オンラインでするボードゲームですかね……。大学の勉強とは違う頭の使い方だから、気分転換になるっていうか……」
「ふーん」
奏さんは、清香が言ったことに対して特に否定的なことは言わなかった。自分でも今どきの若者ではないと諦めはあるし、東京に染まれないのが嫌になることもあるのに。
「真面目か? 少しは、こう、流行りに乗ってみるとかないのかよ?」
「流行り……」
清香は、自分が今流行っていることに夢中になっている想像ができない。福岡にいる時は、ずっと父親から女は真面目で地味なのが一番だと言われ続けてきた。
ちょっとおしゃれに気を遣ってみるものなら、誰に媚びを売るつもりなのだと怒られる。女にお金を使うなんてもったいないと、髪にリボン一つ付けるのも許されなかった子供時代。父親の言葉がずっとあって、自分でも嫌になるのだけど枠からはみ出せない。
「清香は、ご飯が上手いからいいよ」
奏さんが、桃を食べながらそう言ってくれた。世間を夢中にさせるほどの曲を作って歌う奏さんが、いいよって言ってくれて凄く気持ちが軽くなる。そのままでいいって言って貰えて凄く嬉しい。
「まあ、確かに……。ご飯は美味しいし、他の仕事も丁寧で助かっているけど……」
星志君が、清香を褒めてくれるなんて思ってなかったのでちょっとじーんとしてしまう。最初に会った時が嘘みたいに、どんどん柔らかくなっている。
「でもさ、なんつーか、もう少し、可愛くしたらいいと思うぞ? 服とかさ……。清香、可愛くない訳じゃないんだからさ……」
星志君が、歯切れ悪く言葉にする。最後の方は、もにょもにょしていて聞き取れなかった。でも、星志君に言われて思い出したことがあった。
「星志君! そうだった、忘れるところだった。服とかって、どうしたらちゃんと東京っぽくなりますか?」
「何だよ、突然」
「いちさんに、ここで働くなら最低限の綺麗な服装とメイクをしろって言われてしまって。私、ファッションとかメイクってわからなくて……」
清香は、自分の姿が恥ずかしくなってしまう。良く考えたら、この二人を前によく自分みたいな田舎者が立っていられると考えてしまったのだ。
「星志、言ったからには協力したげなよ」
奏さんが、可笑しそうに笑ってそう言った。奏さんの零した笑顔に驚いたのか、星志君が一瞬止まっていたのがわかる。清香も同じ気持ちだったからだ。
奏さんの笑顔って、男女問わずに破壊力があるんだって星志君を見て確信した。
「も、もちろんです」
星志君が動揺しつつ返事を返す。どうやら、星志君は奏さんには弱いらしく、二人の関係を見ていてほっこりした清香だった。
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