014 星志君の食事作り
それから二日がたった。この二日間で、星志君と奏さんの連絡先を交換して一日の仕事の要望を、前日にメールでもらうことにしてもらった。基本的には、掃除と洗濯と食事作りだ。
ただ、食事がいる時といらない時があるようなのでその都度連絡を貰う形に落ち着いた。
奏さんに関しては、スイッチが入ったようでほとんど部屋から出てくることがない。ほおっておくと何も食べずにいるので、清香がおにぎりやサンドイッチを作って差し入れをしている。後で、食器をとりに行くと空の食器が廊下に出ていたので、ちゃんと食べてくれているようで嬉しかった。
成瀬さんは、二日前に朝ご飯を作ったっきり会っていない。家に帰って来ていないみたいで、どうしたのだろう? とそろそろ心配になっていた。メッセージを送ると言っていたのに、それもない。そもそも、何をしている人なのだろう? と疑問だ。
それでも、清香の家政婦として働くお家は三軒あるので割と忙しい。今日は、奏さんの曲の締切日なので内心ではドキドキしている。二日で曲ってできるものなのか、全くわからない。でも、新道さんにやると言ってしまったし、いちさんとも無理やり約束させられてしまったし、何とか頑張って欲しい。
今日は、まずは星志君に朝ご飯を作るところから始まった。二軒とも、ポストに鍵を入れてくれる形式になったので、インターホンを押した後それを使って家に入る。
もう、これは合鍵みたいなものではないのか? と考えなくはないが……。何とかならなかった時の主張として、取って置こうと思っている。
鍵を取り出して、玄関を開けて中に入る。「おじゃまします」と声をかけて入ると、奥からテレビが付いている音がした。
「おはようございます」と挨拶をしながら、リビングに入ると星志君がソファーに座ってテレビを見ていた。大画面のテレビには、アイドルの星志君が写っている。テレビに映っている人が、すぐそこにいる不思議……。でも、すごく真剣に見ているから、茶化す気分にもなれない。
「あのっ、今日の朝ご飯は何が良いですか?」
清香は、念のため希望を聞く。一応、ご飯でもパンでもどっちでもいいように準備はしてきていた。
「あっ? ああ。パンかな」
星志君が、テレビを見たままで返事をした。清香は、了解とばかりにエプロンを付けてキッチンに立つ。星志君には、できるだけヘルシーな食事がいいと言われている。やはり、体型維持に気を付けているみたいだ。
清香は、サラダとスープの準備を始めた。星志君の家の冷蔵庫の中も、昨日のうちに食材を買っていれておいたので完璧だ。そして、三軒分の食事を一回で作るお許しも出ているので、奏さんの昼食も一緒に作るつもりでいる。
お金に関しては、お互い様になるから別に構わないと言っていた。成瀬さんからはまだ聞いていないけど、星志君が大丈夫と言うので仮決定ではあるけれど……。それもあって、清香は三軒の食費が同じくらいになるように上手にキッチンを使っていくつもりだ。
サラダのための生野菜をざくざく切っていく。続いて、スープのためのキノコを手でちぎり、昨日の夜に作ったゆで卵を冷蔵庫から出す。清香は、無心でどんどん料理を進めていた。
卵サンド用の中の具を作っていたら、何かの視線を感じて顔を上げた。するとすぐそばで、星志君が清香をじーっと見ている。
「あっ、あの何か?」
「いや、朝から凝ったもん作っているなって」
「えっ? そうですか?」
清香は手元を見て首を傾げる。自分では、そんなに手の込んだ料理を作っている感覚はなかったから。
「朝パンっていったら、食パンぐらいだと思うだろ?」
星志君が、ちょっと呆れたような顔をする。
「えっ? もしかして、朝はそんなに食べないですか? 星志君ぐらいの年の男の子なら、しっかり食べないとお昼までお腹すいちゃうと思って」
「お前さ、どこの田舎のおばさんだよ?」
そう言って、星志君がいきなり無邪気な笑顔を零すもんだから、清香はその笑顔に衝撃を受ける。だって、いつもぶすっとしているし、言うことが冷たいし……。テレビに映っている時の星志君が、突然顔を出してちょっと頬が赤い。
「おばさんじゃないから!」
清香は、視線をずらして誤魔化す。いきなりその笑顔はズルい。
「まあ、いいや。食べたら出かけるから、早くな」
星志君は、着替えるためか二階に上って行ってしまった。清香は、完全に星志君の姿が見えなくなったのを確認して、その場にしゃがみ込む。
「いきなり、アイドルスマイル見せんでー。心臓に悪か」
小さく独り言を呟くと、よしっと気合を入れた。星志君の顔をみるに、嫌そうではなかったので、美味しいのを作ろうと作業を再開した。
ダイニングテーブルに、朝食をセットすると丁度星志君が上から降りて来る。その姿が、完全にオーラを纏っていた。色の薄いサングラスをかけて、ジーパンにTシャツ姿なのだけれど様になっている。
最初から格好いいとは思っていたけれど、やはり普通の人とは違う雰囲気だった。
「おお、いいじゃん。美味しそう」
清香が、ぽんやりと見惚れていると星志君がダイニングテーブルに腰かける。いかんいかんと、清香は頭を振る。
「飲み物は何にしますか?」
「水でいい。冷蔵庫に入っているから」
清香は、言われた通りにミネラルウォーターをコップに入れて持っていく。「いただきます」と言うと、星志君は卵サンドを手に取って食べ始める。何も言わずに、どんどん食べてくれる。感想はくれないけれど、嫌じゃないってことがわかるので十分だ。
清香が、キッチンの片づけをしていると「うまかった」と言う声が聞こえた。星志君を見ると、満足げに手を合わせていた。
「良かった。好みがあるから、味がものたりなかったりしたら言ってくれて大丈夫ですから」
「いや、清香が作るのは好きだよ。原さんも美味しかったけど、ばあちゃんだったから洒落た物は出てこなかったし」
素直に褒めてくれるので、清香は顔がにやけてしまう。昨日、一昨日はずっとツンツンしていたのに、どうしたのだろう? ってちょっと不思議。今日は、機嫌がいいのかしら?
「そう言ってもらえると、凄く嬉しいです。ありがとう。何か食べたいものとかあったら、メッセージ送っといてもらえれば、できる限り対応するので」
「ああ、わかった。じゃー俺行くから。また鍵はポスト入れといて」
「はい。いってらっしゃいませ」
清香は、丁寧に腰を折って挨拶をする。家政婦たるもの、お見送りは大切だ。星志君は、そんな清香の態度にちょっと面食らったようだった。部屋から持ってきた、黒のキャップを被るとスタスタと玄関の方に行ってしまう。
「よし、次は洗濯と掃除だ!」
清香は気づかなかったけれど、新妻みたいな挨拶にちょっと耳を赤くしていた星志君だった。




