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001 突然の倒産

メリークリスマス!

久しぶりの連載です。よろしくお願いします。

 都心の一等地に佇む、超高級メゾネットタイプのテラスハウス。四世帯分の建物は、スタイリッシュで見るからに高級そう。今日から自分の仕事場兼、住まいがここになるのかと思うと足が竦む。

 だけど、切羽詰まっている清香は、ここで引き返す訳にはいかなかった。メールの案内に従って、とりあえず一番手前のインターホンを鳴らす。どんな人が住んでいるのだろうと、緊張で顔がこわばる。


 一度深呼吸をして、インターホンからの応答を聞き漏らすまいと顔を近づける。だけど、なかなか応答が得られない。不在だろうかと一歩足を後ろに引いた瞬間、ガチャリとドアが開いた。


「わっ。びっくりした」


 いきなりドアが開くと思わなかった清香は、驚き固まってしまう。そこに顔をのぞかせたのは、物凄く格好いい男性だった。髪が明るい茶髪で、目力の強い端正な顔立ちをしている。顔を覗かせた瞬間は笑顔だったのに、清香を見るとにこやかだった表情が一瞬で冷めた。


「誰あんた? 俺、田舎臭い女に興味ないんだけど?」

「えっ……」


 清香は、突然の言葉に理解が追い付かずにフリーズしてしまう。何も答えない清香に苛立ちを感じたのか、その男性はバタンとドアを閉めてしまった。

「田舎臭い女」が自分を指しているのだと理解できた瞬間、顔が真っ赤に染まり恥ずかしのと悔しいのが一緒に襲ってくる。その場から逃げ出そうと、肩にかけていたトートバッグの持ち手を握りしめ、走り出そうとしたところでスマホの着信音が鳴った。


 清香は、すぐさまポケットに入れていたスマホを手に取ると、着信画面を確認する。画面には一理(いちり)の文字が浮かぶ。すぐに電話をとって声を出す。


『もしもし、いちさん? 私、田舎臭い女って言われた……』

『は? 田舎臭い顔なの? 知らなかった』


 清香は、泣きそうな声なのに、いちさんは相変わらずおちょくった声。でも、彼の声を聞いたら、何だか気持ちがホッとしてしまうから不思議だ。

 そもそも、こんなことになったのは、いちさんのせいなのにと数時間前のことを思い出していた。


 ――――時は、三時間前に遡る。


 いつもと同じようにオープンに間に合うように、九時半にバイト先のパン屋の従業員入口に立つ。ドアの取っ手に手をかけて回すも扉が開かない。


「あれ? 今日って休業日じゃないよね?」


 清香は、仕方がなくお店側の出入口に向かった。向かった先のガラス扉が見えると、何か張り紙がしてあるのに気づく。

(えっ? やっぱり休業日なの? シフト確認し忘れた?)

 清香は、何て書いてあるのだろうと足早に自動ドアに近づく。殴り書きのように書かれた手書きの張り紙には『倒産しました』とだけ記されていた。


「嘘でしょ?」


 驚きのあまり、肩にかけていたトートバッグを地面に落とす。何も考えられない清香は、その場から動けずにただ立ち尽くすことしかできない。


 パン屋の前で立ち尽くしている女性は、土田清香(つちだきよか)といい十九歳の大学生。九州の田舎から出てきて一人暮らしをしている。父親との折り合いが悪く、大学の進学を反対されたため家出するように田舎を出てきている。

 大学費用は奨学金で、その他の費用は全部をアルバイトのお金で賄っている。もちろん一つのアルバイトで足りる訳もなく、二つを掛け持ちしている苦学生だ。

 お金のない清香は、化粧っけもなくいつも同じ服を着まわしているような地味っ子。一度は染めてみたいと夢見る髪は、真っ黒の地毛で伸ばしっぱなしの髪を一つにくくっている。可愛いとか美人とか言われたことはないので、顔も人並み。せっかく東京に出てきたというのに、いつまでもあか抜けない田舎娘のままだった。


 そんな清香のアルバイトの収入は、パン屋が大半を締めている。それが突然の倒産だなんて……。今月の給料日はもうすぐだ。まさか振り込まれないなんてことはないよね? そう思ったら軽いパニックに陥る。

 田舎から出てきて大学とバイトで忙しく、東京に出て来てから親しい友人を作っていない。だから、こんなことになっても相談相手がいない。


「えっ? どうするの? どうしたらいいの?」


 清香が、自動ドアの前で行ったり来たりを繰り返していたら、パン屋で一緒に働いている正社員の男性がやってきた。


「あっ、土田さん。どーしたの? 従業員入口開いてないんだけど……」

「田中さん! たっ、大変なんです! 見て下さい!」


 清香は、自動ドアの貼り紙を指差して見せた。


「はっ? 倒産? だって昨日まで普通に営業してただろ?」


 田中さんも聞いていなかったようで、かなりの衝撃を受けている。徐にスマホを取り出して電話をかけはじめた。


『プルループルループルルー』


 相手方の呼び出し音だけが鳴り続けているようで、いつまで経っても電話が繋がらない。


「くそっ! オーナーに繋がらない! こんなこと、嘘だろ?」


 田中さんがイライラしだし、怖くなってくる。そうこうしている間に、他の従業員も集まりだしみな一様に驚いている。

 店舗の鍵を持っている店長が来たので、店の中に入ってみるもレジの中はすっからかん。お釣りとして用意しているお金も金庫の中から消えていた。オーナーとの連絡がいつまでたっても取れず、その場は解散するしかなくなった。今後のことがわかり次第、連絡するということでその場を後にした。


 清香は、頭の中が真っ白で何も考えられない。東京に来て1年とちょっと。後ろを振り返らずにガムシャラに働き、なんとかかんとか大学に行くことができていたのだ。

 どうして神様は、自分にばかり試練を与えるのだろうと呆然とする。気がつけば、最寄りの駅まで歩いていた。

 今日はお店が閉まる二十時までのシフトだったので、ぽっかり時間が空いてしまった。本当だったら新しい仕事でも探しに行くべきなのだろうが、現実を受け入れられない清香は、駅の改札を前に立ち尽くしてしまう。

 頭の中は、どうしようで埋め尽くされていて、できるなら泣いてしまいたい。だけど、泣いてもどうにもならないことを知っている清香は、表情を無くし悲しみや悔しさに蓋をする。


 ――――『ティロリロリン。ティロリロリン』


 鞄の中のスマホから着信音が鳴る。午前中に電話が鳴るなんて珍しい。もしかして、パン屋からかもしれないと清香は、慌ててスマホをとった。

 待受け画面に出た名前は『一理』えっ? いちさん? こんな時間にどうしたんだろうと不思議に思いながら通話ボタンを押した。


『もしもし?』


 いちさんの、いつものやる気のないくぐもった声だった。彼は、清香の唯一の息抜きであるオンラインゲームで知り合った人。アカウント名が一理だから、「いちさん」って勝手に呼んでいる。それに、オンラインと電話だけの仲なので、友達と言っていいのかちょっと微妙……。知り合ったのは、東京に来てからだからもう一年半の仲。それなりに仲が良いと私は勝手に思っている。


『いちさん? ねえ、私どうしよう?』


 こんなタイミングで、いつも愚痴を聞いてくれるいちさんからの電話だったから、私は我慢していた気持ちが零れてしまう。


『は? なんなんだよ。いきなり』


 いちさんは、私の突然の泣き言にうざそうに返事を返してくる。


『なんかよくわからないんだけど、バイト先のパン屋さんがいきなり倒産してて……。今日は仕事できなくて、時間があいちゃって……。私このままじゃ、家賃も光熱費も払えないよ……』


 清香は、思ったことをそのまま口に出していた。この東京では誰にも相談できる人がいなくて、寂しく怖くて心細くてどうしていいかわからなくて……。いちさんの声を聞いたら、縋ってしまうのをとめられなかった。


『清香ってさ、相変わらず運がないな。呪われてるんじゃね?』


 いちさんは、馬鹿にしたように呆れた声を出す。彼との電話はいつもこう。いつも突然電話をかけてきて、何だかんだと私の話をうざそうに馬鹿にした調子で聞いてくる。

 たぶん、普通の人なら怒ってもう電話なんか出ないだろうし、ましてネット上での知り合いだから簡単に切ってしまうはず。だけど、現実に知り合いも仲良くしている友人もいない清香は、彼にとってみたらただの暇つぶし相手だったとしても、私の話を聞いてくれるだけで嬉しかった。


『ねえ、私。どうしよう……。いつもギリギリだから、お給料入ってこなかったら今月の家賃払えないよ……』

『…………はぁー』


 清香は自分の気持ちを言葉に出していたら、段々と我慢していたはずの涙がせりあがってきていた。泣いても仕方がないのに……感情の高ぶりを抑え込めない。

 いちさんは、私の泣き言に呆れたのか沈黙と共に溜息を吐いている。こんなこと、突然いちさんに言ったってどうにもならないのに……。しかも、電話で泣くなんてもっと呆れられる……。


『……いちさん、突然ごめ』

『清香さ、家政婦できる?』


 清香が謝ろうと謝罪を口にしようとしたら、それに被るようにいちさんから質問が飛んでくる。


『えっ? 一応、掃除洗濯炊事はできるつもりだけど……』

『じゃーさ、今から言う住所のところに行って家政婦やれよ。ただ、条件があるんだけど、絶対に家主を好きになるなよ。仕事だと完璧に割り切れ。家主に迷惑をかけることがあれば、速攻クビにする』


 清香は、言われた内容が突然過ぎて、何をどう返事すればいいのかすぐに言葉が出てこない。


『おい。聞いてんのかよ?』

『き、聞いてるよ。でも、突然過ぎて……。もちろん仕事は仕事として割り切って働くけれど……。私なんかでいいのかな? あと場所とか大学通えるところだとか……給料だとか……』


 強引なところも、いつものいちさんなんだけど……。流石にこれは速攻承諾していいことなのか考えてしまう。


『仕事さえきっちりしてくれれば、給料や福利厚生はきちんとする。とりあえず一週間お試しな。詳しいことはメールで送っておく』


 それだけ言うと、私の返事を待たずにプチンッと電話が切れてしまった。私は、スマホを手に事の成り行きの速さに完全に固まってしまった。


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本日のみ5話。

明日から1話ずつ全33話。毎日更新していきます。

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