第二十一話 知らない力
「ヒィぃ!!!」
アメンドは恐怖した。トガニンにではない。突如としてカタカタとその顎を鳴らし始めた、自分の持つ鎌の柄、いやもうその刃を外したからただの棒か。
とにかく棒から響き始めた骨と骨同士が嘲笑う様にカタカタと響く音と、そしてそれと同時に手の中に感じる違和感のような物。
元から変だと変だとは思っていたこの骸骨の装飾であったが、まさかここで自立稼働するなんて思ってもみなかった。
とにもかくにも、これはあまりにも怖いし不気味だし、正直自分の趣味には会わない。
「えい!」
アメンドは、もう一度棒を振ると、十数個の骸骨―正確に言うと頭蓋骨―を棒から取り外した。
「あぁ、怖かった……とりあえず、これで……」
自分も予想だにしていないことが起こってしまったが、とにかく、これでなんとかその棒で戦えるようにはなった。
そう、鎌のリーチが長すぎて戦い辛いのならば、鎌で無くしてしまえばいいのだ。すなわち、別の武器に帰ればいい。それがこの棒である。
「行きます!」
アメンドはそう意気込むと棒に力を入れてトガニンに≪一人≫が突撃する。
≪ガァァァァ!!!≫
トガニンは真正面から向かって来たアメンドに向け、ただドスを構えるだけ。そう、この時の彼女の行動ははたから見ればあまりにも短絡的。ただ一直線に敵に向かうだけなら、敵を欺くこともできず、その隙をつくこともできない。ただの大バカ者の発想に過ぎない。そう、それがただの直線での攻撃であるのならば。
≪ッ!≫
トガニンは驚愕した。いなくなった。敵が、エンジェルが。目の前で、突然。自分は確かにエンジェルの胸に向けてドスを刺したはずだ。確かにとてつもないスピードだったが、一直線に向かってきていることもあってその胸にドスを突き刺すことなんて、簡単な事であるはずだった。
それなのに、彼女は突如として目の前から消え去った。一体、これはどういうことか。
「ハッ!!」
≪ガッッ!?≫
と、考えていたトガニンの頭に、突如として重みがのしかかった。そう、アメンドが持つ棒による攻撃だったのだ。
完全に不意を突かれた形になったトガニンは、上体を崩し、前のめりになる。それを見逃さなかったアメンドはトガニンに背後に降りると。
「ハッ!!」
左わき腹。
「ハァッ!」
右わき腹。
「ハァァァァァ!!」
そして最後に突きを喰らわせてトガニンの背仲に棒を突き立てて、そのまま持ち上げた。自分の、真上まで。
その瞬間だった。
カタカタカタカタカタカタカタ!!
「え?」
アメンドにも想定外の事が起こる。
自分が先ほど切り離したはずの骸骨たちが一斉に動き始めたのだ。切り離し、地面に投げ捨てられた骸骨たち。しかし、その全てがひとりでに動きだし、空に浮くと、まるで串刺しにされているかのような状態になっているトガニンに対して口から紫色のビームのような物を吐き始めたのだ。
≪グォォォォォォ!!!≫
そのビームが一番トガニンに効果があったのだろう。トガニンは苦痛の雄たけびを上げ始めた。
一方で、その骸骨たちの下の持ち主であるアメンドはと言うと。
「怖いですってだから!!」
装飾品の一部扱いだった骸骨の突然の奇行にただただ恐怖するしかなかった。
『何なのかしらね、アレ?』
『なんだか、ララさん、アメンドさん、分身しませんでしたか?』
『まず、最初にトガニンに向かって行ったのは霊体が作り出した幻でしゅね』
『幻?』
『そうでしゅ』
と、空中からことの次第を見守っていた天使三人衆。まるでプロレスの実況と解説のように見えるのは気のせいではあるまい。
とにかく、ダーツェは言った
『エンジェルは元々霊体の塊でしゅ。その霊体の塊からごく一部を放出することによって、分身を作り出すことができるようになるんでしゅ』
『随分簡単にできるのね』
『そう言えば、アメンドさんが賽の河原に来た時も』
そう、あの時もそうだった。確か、自分が鬼によって人質にされて、アメンドはその動きを封じられたはずだった。
それなのに、気が付いたときにはもう一人アメンドが現れて自分を拘束していた鬼の首を刎ねるという殺戮を行っていた。今考えてみれば、あれもまた今回のソレと同じ原理だったのだろうか。
「ふぅ、やるねぇアメンド」
と、こっちはこっちで観客のようにビルの屋上からアメンドの戦いを観察していたクライムとパニッシュ。その戦いぶりに歓喜しているクライムをよそに、その隣にいるパニッシュは険しい顔つきを崩さないでいた。
「でも、問題はこれからよ、クライム」
「分かってる。でも、あの子だったら、大丈夫」
「何の根拠があって……」
「だから……」
大丈夫だって。その言葉は、地面から伸びた光が遮ってしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
どうしよう。ここから、どうすればいいのだろう。
確かに、自分はトガニンを弱らせるところまではいった。でも、ここからが問題だ。
確か、クライムの話によると現世の世界で何の罪も犯していないトガニンを地獄に送り返すためには≪私刑≫の執行が必要になるのだとか。
私刑。死刑ではなく、私刑。自分の身勝手で、判決を下すことも、その罪を論議することもなく行われる身勝手の極意。
自分自身が相手に自分勝手に罰を与える行為そのものが私刑と言う名前のリンチ。これが子供同士のソレだったらイジメと言う名前の暴行、狂気、そして罪となってしまう。
果たして、自分にそんな権利あるのだろうか。
いや、ある。エンジェルとなった今であれば、自分は、トガニンに、罰する権利が、ある。
ある、ある、ある。わけない。だって、そもそも自分がエンジェルとして戦っていること自体自分勝手な理由。自分が、生き返りたいがために戦っているなんて言う身勝手な理由なのだ。それなのに、現世の世界で罪を犯していないトガニンを勝手に地獄に送り返すなんてこと、していいのだろうか。
でも、もしトガニンを罰することなくそのまま放置していたら、必ずどこかで犠牲者が出てきてしまう。そうなる前に何らかの処理をしなければならないことも確か。
そう、自分が手を汚すことでしか得られない事由があるのならば。自分は。
自分は。
自分は。
―――。できない。
やっぱり、自分には、そんなひどい事、できない。そんな、前の学校であの子が受けたような傷を他人に強いることなんて、できるわけがない。
そんな事、あの子を助ける勇気も持てなかった自分がいう事ではないと思う。でも、それでもやっぱり自分は。
「ッ!」
その時だった。トガニンが、目の前に降りて来て自分に向けでドスを突き立てようとしていた。
至極当たり前の事である。自分がトガニンに使用した武器はただの棒。その先端に刃物も拘束する道具も付けてないただの棒である。それだと言うのに、トガニンがただただ無駄に骸骨からの攻撃を受け続ける意味なんてあるのだろうか。
いや、ない。
間違いなく彼女は好機を逃してしまったのだ。トガニンを地獄に送り返す、その好機を。自分に、覚悟がなかったから。あの時のように。
あの時のように。
あの時、勇気を出せなかったように。
「まだ、間にあう!!」
もう、見捨てたりなんてしない。その瞬間、トガニンのドスを拙い棒使いで右にそらしたアメンドは思う。
そうだ、まだ間に合うのだ。誰も死んでいない。誰も苦しんでいない。誰も、傷ついていない。あの時出すことができなかった勇気を今出せば、このトガニンが他人を傷つけるようなことをしなくなるのだ。
そのためだったら、自分は。
でも、どうすれば。
「アメンド……アメンド、か……」
その時だ。彼女は胸元に揺れている十字架を手に持った。そして―――。
「二度と命は失わない、失わせない。私が命の番人となる」
彼女の決意が、完了した瞬間だった。