第十九話 攻撃可能範囲
穏やかな街並み。
少しの商業的なビルと、日常的な象徴の家々が並ぶという少し異様な光景。しかし、それがこの町の特徴でもあった。
近代的な街並みと、昔ながらの街並み。それが混在している状態は、この地に住む人々によって守られてきた異質な光景。
今、その光景の中にさらに異質なものが舞い降りて来た。
電動のこぎりのように回転しながら落下している、シスターアメンドである。
「ハァァァァァ!!!!」
彼女の回転は、地面に近づくにつれてさらにその速さを増す。もはや、彼女の身体が見えないくらいに速く、鋭く、そして光り輝いていた。
果たして、その光は地面で待っているトガニンに向けて一直線に向かう。その身体を、切断するために。
しかし。
≪ウオォォォ!!!≫
甲高い音と、衝撃が、町を襲う。その瞬間、近くのビルの窓ガラスの全てが割れ、そのビルの中に入っているオフィスに大量のガラス片が飛び散る。
その様は、まるでダイアモンドダストであるかのように煌びやかで、それでいてそれでも人を殺すことができる凶器であるという相反する特徴を持っているがために、何か異質なものを感じた。
「ッ!」
やっぱり、ダメだったか。アメンドはしかし、落胆することはなかった。元から一撃で倒せる敵ではないことは重々承知。
彼女の長いリーチを持った攻撃は、トガニンのとても短いドスによって防がれてしまったが、これは想定内の事。なぜならば、もしこの程度の攻撃で倒せるような相手だったら、パニッシュやクライムがわざわざ敵を分散してくれるなんてことないから。
「フッ! ヤァァァ!!!」
だから、アメンドは防がれたその直後、すぐに地面に降り立つと真正面からトガニンに向かって行った。
だが、ここでまたしても彼女の戦闘経験の少なさが仇となる。
「しまっ!」
改めて言うが、彼女の武器は鎌。そして、言うまでもないことだが、その鎌の射程距離と言うのは、鎌の先端に付いている刃の部分。そこでしか、敵にダメージを与えることができないのだ。彼女もソレを分かっているつもりだった。
しかし、踏み込みが強かったのだろう。彼女は、そのリーチの長さを上手く扱うことができず、刃のない鎌の柄の部分でトガニンの事を殴ってしまった。
結果、トガニンにあまりダメージを与えることはできず、さらに最悪なことにそのドスの有効射程距離内に自ら足を踏み入れてしまった。
これが、クライムの言っていた、≪距離感注意≫のさしたるものだったのだろう。
見ると、トガニンは既にそのドスを構えて、自分を刺し貫こうとしているかのよう。
マズイ。彼女の頭がそう考えた瞬間だった。
「クッ!」
まるで、本能が彼女を逃がしてくれたかのようだった。そのドスは、彼女の顔のすぐ横を通り過ぎる。いや、正確に言えば彼女が顔を少しだけ動かしたおかげでそのドスに貫かれずに済んだのである。
そして、アメンドはそれから一秒もしない間にトガニンの腹部に足を置くと、トガニンを足場として背後に跳んだ。
だめだ。やっぱり、自分には鎌なんて物使えない。
考えてみれば、鎌と言う物を武器として使用している奇特な人間が果たしてこの世界に何人いるのだろうか。いたとしても鎖鎌とかいろいろな工夫を施した物として使用している人間がほとんどで、自分のように文字通り長い射程とその射程以外には全くと言っていいほどに効果のない普通の鎌を使う人間はまずいない。
要約すると、自分が使っている鎌という武器は、本来上級者向けの高度な武器であって、自分のような戦闘の素人が使うにはあまりにも難易度が高すぎるのだ。
まぁ、戦闘の素人と言っても彼女はすでにその鎌を使ってトガニン三体、賽の河原の鬼数十体と戦っているので、どちらかと言うとまだ自分の戦闘スタイルを確立できていないと言った方が正しいのかもしれないが。
「この刃さえなければ……」
そう、敵にダメージを与えることができる部位がその刃の部分である事、それが一つのピースであった。
なのに、彼女はおかしなことを言う物だ。その刃がなければ、等と。
では、刃がなければどうすればいいのか。
答えは、もう出ていた。
「スーハー……フッ!」
アメンドは、一度深呼吸をすると、その場に鎌を振り下ろした。
鎌の先端の刃は、地面に突き刺さると一度禍々しい紫色の光を帯びた後に、鎌の柄、つまり棒から取り外される。
そして、アメンドはただの棒となった≪元・鎌≫の柄を構えると言った。
「今回は、この棒で相手をします!!」
と。そう、鎌のリーチが長くて柄の部分に当たってしまうのであれば、その柄自体を武器として使えばいい。
髑髏のイタクに形作られた毒々しい棒を持つ純白のシスター。鎌の時点でもシュールだったのにここまでくると滑稽に見えてしまうのは、彼女のコケンと言う物に関わるから言わない方がいいのだろうか。
とかく、彼女とトガニンの戦いは再開する。
一方その頃、ビルの屋上に辿り着いた拳銃を持つトガニンは、ビルに降り立った瞬間にその頭に銃弾を受ける。
「思った通り、射程距離圏内に入るために来てくれたわね」
それをなしたのは、パニッシュである。
パニッシュは、さらに胸元から散弾銃を取り出すと言った。
「さっきの攻撃で貴方の拳銃の有効射程距離は把握したわ。なら、その外側から攻撃すればいい」
と言いながらパニッシュはその引き金を引いた。瞬間、何発もの細かな銃弾がトガニンの身体を襲う。
「でも、そうなったら自分の射程に入るように動くに決まってるわ」
と言って、もう一度散弾を発射したパニッシュは、不敵な笑みを浮かべて言う。
「ホント、私の策にまんまとはまってくれて、面白いくらい」
と。
銃と銃。同じ武器を用いる者同士の戦い。しかし、その本質は全くと言っていいほどに違う。
トガニンの使用している拳銃は単発式のオートマチックの拳銃。故にその有効射程距離も短く、一発一発の感覚が広い。
しかし、パニッシュの使用する拳銃は、彼女の考えた通りのあらゆる種類の拳銃が出現するため、スナイパーライフルからロケットランチャーまでたくさんの拳銃、拳銃と言っていいものかどうかというほどの種類の物を出すことができる。
つまり、その分だけ攻撃方法は多岐にわたるという事だ。ならば、この勝負はすでに目に見えていたと言ってもいいだろう。
「フッ! お次はこれよ!」
と言って散弾銃を投げ捨てたパニッシュが胸元から出したのは、二丁の拳銃だった。こちらもまたトガニンの拳銃と同じ単発式の拳銃ではある。という事は、パニッシュは自ら優位性と言う物を放り投げたのか。
「ハッ!」
いや、違う。彼女には自信があったのだ。
トガニン程度の攻撃に当たる自分ではないと、確固たる自信が。
果たして、彼女の思った通りだった。
「銃口の向きと引き金を見てれば、その射線が分かる!」
瞬間、花火が咲いたかのような音が響き渡った。だが、パニッシュはその刹那の時間を見極めて弾を交わしてトガニンの懐に潜り込む。そして―――。
「ハッ!」
下から上に蹴りを繰り出してトガニンから拳銃を奪うと、無防備となったその身体に何発もの銃弾を思見舞いする。
≪ウォォォォォ!!≫
その鳴りやまぬ雨のような銃弾の嵐に、トガニンがひるみ、後退しようとした。
「逃がさないわよ」
だが、パニッシュはペロ、と唇をなめるとトガニンが逃げようと後ずさりしていた方へと瞬間的に移動し、その両こめかみに銃口を引っ付ける。そして言うのだ。
「パーティーはまだまだ始まったばっかりよ」
と、まさしく、狂気な人間による狂気な宴は、これからが本番であったのだ。
その瞬間、二度の爆発音が鳴り響いた。




