第二十話 二人の決意は揺るがない、エンジェル最後の戦い?
「それは……ライクもそう決めたの?」
“≪アタシたち≫って言ったでしょ?”
と、今度はさかさまになりながらトガニンが大きくなる姿を見続けていたライクが言った。この状態、もしも彼女たちが生きている時であったのならば、鉄格子の一番上に足を引っかけて、鉄棒にぶら下がっているかのような形になっていたのだろう。
そんな事、どうでもいいことであるが。
“アタシたちの覚悟は最初から決まってた”
「ていうより、諦めていたって言った方がいいんじゃないかしら?」
“確かに……”
ライクは、リリの言葉に不敵に笑いながら体制を立て直して眼下にある町々を見ながら言う。
“アタシにとって、大切なのはこの町じゃない。あの学校で、生きている人たちの未来だった”
“……”
あの学校で、生きている人たちの未来。ソレは、神江女子高等学校の生徒の事。つまり、自分の同級生や先輩たち。そして、来年入ってくるはずの後輩たちの事。
過去の出来事で全てを失い、≪神江家に来た≫ライクにとって、守るべきものは本来はなかった。あったとすれば、自分の人生でどのくらいの人の人生を救えるか。そんな、救世主願望にも似た何か。
だから、彼女は精一杯の努力をした。精一杯の生きる力で多くの未来を保護し、そして繋いできた。
それが、ライクという少女の生き方だった。
そんなもの正しくないと分かっていた。誰かの生のために生きるそんな生活なんて正しくない。本来は自分自身を大切にしなければならないという事は最初の頃から分かっていた。
でも、自分にはそんな権利がない。だから、彼女は、地獄に堕ちる前にせめて善行の一つは積みたいと、たくさんの未来を守りたいと願って、≪不良生徒≫となって、学校の仲間たちを守ってきた。
子供とは純粋なものだ。まだ世の中の事をほとんど知らず、自分自身の行いが善であるのか、悪であるのかの判別もできない。故に、この国にあの法律ができたと言ってもいいかもしれない。
少年法。そして、刑法第41条。
ライクは救われた。まだ、この世界に存在していられる、そんな権限をもらった。本来だったら数年前にはなくなっていたはずの命を救ってもらった。
だからこそ、彼女は今ある自分の命で救えるだけの命を救おうと決心したのだ。
だから―――。
“アタシは死んじゃった。もう、この世界に干渉しちゃならない”
『でも、エンジェルとして転生できるじゃないでしゅか!』
と、ようやく彼女たちに追いついたダーツェ。彼女はさらに言った。
『確かに人間としては死んでしまったかもしれましぇん。でも、エンジェルとしてなら、まだ人助けができるじゃないでしゅか! ライクしゃんの過去に何があったかなんて、私には分かりましぇん。でも、エンジェルとして戦っていればいつかは善行を積んで天国に』
“それじゃ、ダメなんだよ!”
『ッ!』
一喝。ダーツェは、ライクからそこのしれない恐ろしさを感じた。その背後に、獅子のような、悪魔のような顔を浮かべるオーラを背にしたライクは、ダーツェから顔を背け、虚空に向けて微笑みながら言う。
“言ったでしょ。前に。人間は生きているうちに何ができるかが試されているんだって。私は命を失った。一度しかない、大切な、命を。その命をもって助けられなかった命を助けられるのは人間じゃない、エンジェルだなんて……アタシは納得がいかない”
『な、なにを言っているんでしゅ?』
ダーツェは、ライクの支離滅裂な言葉に困惑するしかなかった。彼女の狂っている価値観を理解できる物なんてそうはいないかもしれない。しかし、もしもその価値観を共有できる人間がいるとするのならば、それもまた狂人であるのあるのかもしれない。
そう。
“確かに”
「おっしゃるとおりね」
二人の、狂人仲間と同じように。
『ふ、二人も同じなんでしゅか? 相手が自分の、人間の力じゃ倒す事の出来ない化け物だからって、だからって今生きている命を見捨てるんでしゅか!?』
「私は、二人のように馬鹿じゃない。勝てるって思える相手じゃなくちゃ、向かって行かない。それが、長生きする秘訣なのよ」
“そして私はバカだった。何年も息を殺して生き続けて。いざ復讐を決意したらいつの間にか相手は死んでて。生きる目的を失った。そんな私に唯一残っていた希望が……ライクだった。そのライクが死んで、私は希望を失って、命も失って……私たちには何も残されていない”
“アタシたちは人間だから強く生きることができた。エンジェルは人間じゃない。ただの、化け物だから”
『ばけ……』
なんとも大胆な発言をするものだ。ダーツェは呆れて言葉も詰まってしまった。
化け物、怪物。つまり、ライクは、いやホコリも、きっとリリもエンジェルの力とはつまり、トガニンと同じ力であると考えているのか。現世に降りて来た地獄からの脱獄者と、その脱獄者を送り返すためのエンジェルの力を同族であると、そう考えているのか。
違う。ダーツェは、そう断言することができなかった。
エンジェルのみがトガニンに対抗することができる。その言葉に嘘なんてないから。この世界のどんな兵器を、どんな生きる希望を使ったとしてもトガニンを倒す事なんて敵わないから。
生の願望をどれだけ詰め込んだ機械であったとしても、死を強いるための卑劣な兵器を使ったとしても倒す事の出来ない、人の命じゃ歯が立たない相手。故に、閻魔大王はその抑止力としてエンジェルという物を作った。
だが、その使用者がここまで生に対して枯渇している人間だったなんて。
エンジェルを、怪物呼ばわりするなんて。
“怪物を怪物が倒すなんて、そんなのテレビの世界でのおとぎ話。たくさんの苦悩の果てに手に入れた覚悟。アタシたちは、その覚悟どころか、苦悩するための頭も失った”
“私たちは生きていない。生きていない化け物が世界に干渉しちゃならない。一度命を失った怪物が、世界に関わるなんてこと、あっちゃならない”
「死した者が世界に干渉する。ソレは、この世の摂理に反する行為」
““「なら、私たちはこの世の摂理を守る」””
何故だ。どうしてエンバーミング・グロスはこの二人を適合者に選んだのだ。
どうして、ここまで生きるのを諦め、今生きている命を諦めるような人間たちをエンジェルに選んだのだ。
一体どこで間違いが起こってしまったのだろう。
自分が飛んだ範囲が間違っていたのだろうか。
本当は適合者として適任の人材が他にもいて、でも適合者としては一番最悪な人間たちを選んでしまったのだろうか。
一番、この世界を守るのにふさわしくない人たちを選んでしまったのだろうか。
世界を守るという言葉にそぐわない人間を選んでしまったというのか。
自分の見る目がなさ過ぎたのだろうか。いや、考えてみれば最初からライクの狂気性は自分の目でしっかりと見ていたではないか。あんな少女を、適合者として選んでしまった自分のミス。
自分が、こんな人たちをエンジェルとして選んでしまった。
なんと、愚かな事か。
“まぁ、そう心配しないでって、あのトガニンを地獄に送り返す事だけはするから”
“えぇ、それが私たちがエンジェルとして選ばれたケジメって奴よ”
そう言うと、二人は手をつないだ。エンバーミング・グロスを挟んで、手を。
怖い、と言ったら嘘になる。だって、自分たちは恐れという感情を殺して生きて、死んだのだから。
そんな感情とうの昔に捨てて来たと思っていた。でも違うのだ。死の恐怖と、その先にある恐怖が実際にあることを知った今、彼女達に生きていく理由なんて何もなかった。
その時、トガニンが動き出した。
≪ア〝あ〝あ〝あ〝あ〝あぁぁぁぁぁぁ!!!!≫
どうやら力を蓄え終えたようだ。遠くからでもその雄たけびが聞こえ、そして警官たちが一斉に発砲してる姿が見て取れる。
だが、やっぱりトガニンには一切効果はなく、当たった銃弾が、そして飛び散った薬莢が地面に落ちて行く。
“時間切れ、か”
“えぇ……逝くわよ、ライク”
“うん、ホコリン……”
そう言うと、二人は一緒にビルから投げ落りた。まるで、夢遊病の患者が空を飛べると勘違いをしてその身を投げ出してしまったかのように。夢の中に出てくる鳥と同じように、翼を羽ばたかせると信じているかのように。
そして、二人は―――。




