第六話 猟奇殺人はまだ続く
ベテラン刑事の寺尾にとって、自分の人生とは事件とともにあったと言ってもよいだろう。
その事件の大小には確かに差はあった。だがたとえどれほど小さな事件であったとしても、そして大きな陰謀が渦巻く事件であったとしても、彼にとってはそのどれに対しても文字通り命を懸けてでも解決するべきものであると言う矜持が備わっていた。
例え、非番の日に出くわしたスリであったとしても、凶悪な殺人事件が起ころうとも、彼は臆することなく犯人を追い続けて数十年。
そんな彼にとって、ここまで激動の、そして最悪な二日間はなかったと断言する
最初は、住宅街で起こった猟奇殺人事件。
その次に発生したのが、高校生の男性と、そしてまだ小学生の幼い女の子の死。
二つの目の事件に関しては、同じ日に、河川敷というほとんど同じ場所で発生したという事から見て同一犯による犯行の可能性が高いと警察は見ていた。しかし、その犯人像もまだ把握できていないという始末で、警察の対応は後手後手に回っていた。
これらの事件が同一犯であるという事はまず考えたくない。だが、ここまで狂気的な殺人事件が偶然連鎖することは統計学的にもあり得ない。したがって、凶悪な殺人鬼がこの町に入り込んだもしくは、存在していた。その可能性がある。
彼にとって、この町は愛すべき町。それは、彼自身が生まれ育ったという事もあるが、それ以上に彼には市民の生活を脅かす巨悪を成敗したいという強い意思があった。
故に、彼は戦うのだ。この凶悪な殺人事件を引き起こし、市民の生活を脅かす巨悪を逮捕し、法廷へと引きずり込むために。
そんな決意を新たにした二日目の夜。河川敷にて引き続き捜査をしていた寺尾に入ったのは、またしてもこの町で凶行が発生したとの報告であった。
彼の決意をあざ笑うかのように発生した新たな事件の現場に向かった寺尾は、果たして、膝から崩れ落ちるかと思うほどの衝撃を受けた。
「な、なんだこれは……」
そこに並んでいたのは遺体を入れた袋だった。もう夜も深まった時刻であるため、警察が用意したライトで照らされている中、とてもどでかいブルーシートの上に並べられていた遺体袋。
その数、十四体。
唇を噛みしめた寺尾は、膝をつくとその遺体たちに向けて手を合わせる。
すまなかった。貴方たちを守ることができなくて、すまなかった。そう、心の中で懺悔しながら。
一体、何名もの人間の命がこの二日間で消えたのだろう。
自分たちが不甲斐ないばかりに、こんなにも多くの人命が失われるなんて。
罪なき者たちの生命を奪う凶悪犯が、まだ潜伏しているなんて。
これは、俺が解決するべき事件だ。
寺尾は、覚悟を新たにするとスッ、と立ち上がりその場で捜査をしていた警官に話を聞くことにした。
もう二度と、同じような犯行が繰り返されないためにも。
「どうやら、トガニンはもういないみたいね」
“そうみたいだね”
スマホを耳に当てたリリの言葉に返答するライク。リリは警官たちが現場の周辺に貼ったテープの外側の野次馬に混じって現場の様子を見ていた。
彼女たちがここに来たのは、当然この事件がトガニンの犯行であると、ダーツェから教えられたからである。
河川敷での事件の犠牲者の幼馴染、鳴を介抱していたリリも彼女を自宅に送った後に合流し、事件現場に来た者の、トガニンはどうやらすでに立ち去った後の様で残っていたのは大量の死体のみだった。まぁ、ダーツェのトガニンレーダー(ライク命名)自体ほとんどあてにならないような代物なのでこうなるのも無理はないが。
「ホコリは?」
“現場の中に入って捜査中”
現場の空き地自体は周囲からブルーシートで囲まれて見えなくなってしまっている。それほど凄惨な現場だったという事だろうか。
しかし、現在幽霊であるライクやホコリにはそんなこと関係ない。現在ホコリがブルーシートの中に入って詳しい事件の概要を警官たちから≪盗み聞き≫している最中なのだ。
本当はライクが行こうと考えていたのだが、ホコリからそれを固辞されたが故の対応だった。
慣れている人間からしてみれば、いや幽霊からしてみれば自分の方が適任であるのに、やっぱりホコリも図太い人間であるもものだ、と考えていた時だった。
“お待たせ”
『今戻ったでしゅ!』
と、ホコリとダーツェがブルーシートの中から現れた。さっさと情報を共有したいところなのだが、周りの野次馬の喧騒が邪魔となって集中することなんてできない。
リリは、なんとかその中をかいくぐって外に出ることに成功する。こういう時は、幽霊であるライクやホコリ、そして天使見習いのダーツェがうらやましいと思ってしまう。
その後、事件現場から離れた町の路地裏にまでやってきたリリ。考えてみれば、まだ近くにトガニンが潜んでいるかもしれないのに、随分と大胆な隠れ場所であるような気もしないではないが、それは今はおいておくとしよう。
「それでホコリン、どうだったの?」
“……被害者は十四人。大木に首を括られて死んでいたそうよ”
“全員が? だとしたら、結構怖い絵ずらだったわけねぇ……”
と、ライクはやや笑みをこぼしながら言う。
“被害にあった人間の年齢、性別はバラバラ。下は中学生、上は七十代のおじいさんまで色々だそうよ”
「ふぅん……」
リリはそれを聞くと、スマホを取り出して検索を始める。
検索ワードは、≪木≫≪首吊り≫≪大量殺人≫。
そして、ヒットした。
「あったわ。多分この事件の犯人ね」
と言いながら、リリはライクたちに自分がネットで検索したサイトを見せる。それは、この日本でかつて起こった事件を掲載しているサイトであった。
“五十年前の事件か……近隣住民を次々と殺し、木に吊り下げた事件が発生……”
“犯人は逮捕された後、留置所で自殺、ね……”
『間違いないでしゅ。この事件の犯人が、今回のトガニンでしゅ』
トガニンは生前犯した罪と似た犯行を行うという性質を持っている。故に、今回のように奇怪な事件こそ、検索したらヒットする事件が出てくるはずなのだ。
果たして、やはりその事件はあった。この町とはまた別の町で発生した事件。
五十年前に発生した連続殺人事件の記事が。きっと、この事件の犯人がトガニンとなって再び殺人を繰り返しているのだろう。
それが、彼女たちの共通認識となった。
“さて、問題はそのトガニンが今どこにいるか……だけどね”
“やっぱり、こればかりはトガニン自身が犯行を行わないと分からない、っていうのがネックね。首吊りだけに”
そう、自分たちにはトガニンが今いる場所を知る方法はない。あるとすれば、再びトガニンが人殺しをするという最悪の結果の後に見つけるという事。
あるいは―――。
『トガニンが巨大化した時、でしゅね』
トガニンが謎の巨大化現象を起こしたとき。その時こそが、トガニンのいる場所を知るもう一つのチャンスだった。
しかしこちらもこちらでそもそもダーツェ自身にもトガニンが巨大化する原因が分からないが故に確かな事ではない。
結局のところ、地道に探し回るのが一番、という事なのかもしれない。
“地道、ねぇ……”
“まぁ、私たちはいいとしても、リリは、ねぇ?”
「ん?」
と、ライクとホコリの二人はリリの方を向いた。一体何が言いたいのだろうか、とダーツェは困惑した様子だが、しかしリリはどうやらそのアイコンタクトで彼女たちが何を言いたいのか察している様子で、首を振って呆れながら言った。
「分かったわよ。夜遅くまで出歩いてたら補導されるってことでしょ? 帰るわよ」
考えてみれば、今は深夜な上にこの事件が発生して警察が大挙している現状。もしも町中をそんな夜中に女子高生一人が歩き回っていたら補導されることなんて間違いなし。
残念だが、彼女たちの調査に同行するのはまた明日になることになるようだ。と、リリは路肩に止めてあったバイクに向かう。
「あ、そうそうララちゃんの事だけど」
と、その直前である。リリは、踵を返して二人の霊を見る。
ララが成仏してしまったこと、戻って来れるかどうかは定かではないという事は既に彼女には伝えていた。故に、彼女は聞いた。
「もしもララちゃんが戻って来なかったら、二人はどうするの?」
と。
ライクは、リリと逆方向に浮かび上がると言った。
“聞かなくても、分かってるでしょ?”
ただ、それだけを言って空を飛んで行ってしまった。ホコリ、ダーツェもまた彼女について行く。
一人残されてしまったリリ。といっても、この様子を普通の人間が見ていれば、あるいは独り言をつぶやいているだけの変人にみられるかもしれない。
そんなリリは、バイクにまたがると今度こそ独り言を呟く。
「ララちゃん、貴方が戻らないと、この町は……」
バイクを発進させたエンジン音と共に、激動の二日目は終わりを告げた。




